アルバムレビュー:Last Splash by The Breeders

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発売日: 1993年8月30日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ノイズポップ、インディーロック、サーフロック


躍動と眩暈、そしてサーフ・ディストーション——90年代インディの祝祭的解体音楽

1993年、The Breedersが放ったセカンド・アルバム『Last Splash』は、
インディ/オルタナティヴ・ロックの歴史における特異な祝祭の瞬間として知られている。
Pixies解散後にKim Dealが本格的に主導したこのバンドは、Tanya Donelly脱退を経て、
実妹Kelley Dealをギタリストに迎え、新たな化学反応を獲得した。

本作は、前作『Pod』の内省的かつ陰影の濃い空気感を打ち破り、
もっとも“ポップ”で、もっとも“奇妙”な感覚が共存するアルバムとして完成している。
Cannonball』のヒットによりMTV世代にも強い印象を与えつつ、
その実体は、ジャンルの境界をすり抜ける不可思議な“うねり”そのものである。

プロデュースはKim Deal本人とMark Freegard。
不安定な構造、不協和音的なコード進行、ノイジーなギターと甘いメロディ。
破壊とポップが共存する、90年代的美意識の結晶がここにある。


全曲レビュー

1. New Year

逆再生的なイントロに導かれる、混沌の幕開け。
お祝いの歌のようでありながら、不穏で不完全なグルーヴが耳を揺さぶる。
“新年”という言葉が持つ再生と崩壊の二面性をそのまま鳴らしているようだ。

2. Cannonball

彼女たち最大のヒットにして、オルタナ・ロック史上屈指のアンセム。
ベースラインの奇妙な跳ね、口で発するノイズ、破綻すれすれのギター。
そのすべてが崩れかけたポップの美学として完璧に機能している。

3. Invisible Man

ベース主導で進むダウナーなサウンド。
自己喪失や存在の希薄さを歌っているようであり、どこか夢遊病的。

4. No Aloha

ハワイアン調のイントロから一転、ノイジーなビートへと展開。
タイトルが示すように、断絶されたロマンスや記憶の断片が浮遊する。

5. Roi

ドローンに近いノイズギターが延々と続く、実験的で麻痺的なトラック
言葉ではなく質感で語る一曲。

6. Do You Love Me Now?

再録バージョン。
痛切で、湿ったバラードとして、アルバム内の感情的核を担う。
Kim Dealのボーカルが極限まで近く、親密さと寂しさが同居する。

7. Flipside

インストゥルメンタル。
サーフロックとパンクの中間にあるような、荒削りで陽気な騒音の断片。

8. I Just Wanna Get Along

疾走感あるパンク的な一曲。
「仲良くしたいだけ」というフレーズの裏にある皮肉と苛立ちが心地よい。

9. Mad Lucas

重たく粘着質なリズムに、断片的なヴォーカル。
退廃的で夢遊的、まるで水中で聴いているような錯覚を生む。

10. Divine Hammer

Cannonball』に次ぐポップな楽曲で、天真爛漫さと空虚さが不思議なバランスで同居する
“神のハンマー”という言葉のシュールさも魅力。

11. S.O.S.

またしてもインスト。
タイトル通り、信号や合図のように不安をかき立てるノイズの連なり

12. Hag

低音域でじっとりと進む、不穏さが支配するナンバー。
「ハグ(醜女)」という単語の響きが、そのまま音に溶け込むような曲調。

13. Saints

祝祭感とパンク精神が交錯する一曲。
“祝祭(saints)”であるはずなのに、どこか寂れたカーニバルのような哀感がある。

14. Drivin’ on 9

カントリーフレイヴァーを帯びた、珍しいアコースティック路線。
郊外と旅、そして過去へのノスタルジアが柔らかく描かれる。

15. Roi (Reprise)

5曲目のリフレインだが、より解体的に処理され、アルバムの終わりを告げる“溶けかけたノイズ”。


総評

Last Splash』は、破れたポップスの断片を継ぎ合わせたサーフィンのようなアルバムである。
それは“海”というより、泡立ち、砕け、混濁する“液体の世界”
そこではジャンルの名前が意味を失い、代わりに感覚や質感、身体のリズムだけが信じられる

Kim Dealのヴォーカルは終始リラックスしていながら、核心に迫る切実さを帯びている。
彼女が提示するのは「怒り」でも「反抗」でもなく、“私はこういう風にしか存在できない”という不完全な肯定なのだ。

このアルバムは、まさに90年代という“壊れかけた時代”のサウンドトラックであり、
オルタナティヴという言葉の意味を、最も自由に、最も奔放に体現した作品といえるだろう。


おすすめアルバム

  • Belly – Star
    Tanya Donellyによる夢見心地のオルタナ・ポップ。『Last Splash』の姉妹編的存在。
  • Veruca Salt – American Thighs
    甘さと歪みが共存する90年代女性ロックの代表作。
  • Yo La TengoPainful
    静と動、ノイズとメロディの揺らぎ。内面性と音響性の交差点。
  • Sonic YouthDirty
    構造の崩壊とノイズの解放。The Breedersの“破片的美学”と通じる。
  • Blonde Redhead – La Mia Vita Violenta
    女性ボーカルによる不穏で耽美なノイズロック。『Mad Lucas』のような夜の気配を帯びる。

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