アルバムレビュー：Lady on the Cusp by of Montreal

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 2024年5月17日
ジャンル: サイケデリック・ポップ、アート・ポップ、エレクトロ・グラム

その“境界線”に立つ者へ——of Montreal、夢と現実の狭間を揺らす新たなサウンド詩

『Lady on the Cusp』は、of Montrealが2024年にリリースする19作目のスタジオ・アルバムであり、これまでの変遷を内包しつつ、新たな語り口を手にした“再生と予言のポップ・アート”である。

タイトルの「Cusp（尖端／境界）」が示す通り、本作は時代、アイデンティティ、精神、肉体、愛、現実と夢——すべての“あいだ”に漂う感情の形を、ケヴィン・バーンズが音と言葉で織り上げた寓話的作品となっている。

音楽的には、『UR FUN』以降の明快なエレクトロ・ポップと、『I Feel Safe with You, Trash』『Freewave Lucifer…』における実験性と断片性をミックスしたような、構築と崩壊のバランスが見事に取れたサウンドが展開される。

また、今回のアルバムではジェンダー流動性や感情の非二元性といった主題がいっそう明確に取り上げられており、“境界”というテーマが音・詞・構成のすべてにおいて貫かれている。

1. Lady on the Cusp
アルバムを象徴する表題曲。夢と現実の裂け目に立つ“淑女”の語りが、グリッターとメランコリーの狭間で踊るように描かれる。儚くも力強い幕開け。

2. Sick Winter
寒気と情熱が交差するようなトラック。シンセとディレイの洪水の中、心の奥底にある“病み”がポップな形で浮かび上がる。

3. Young Hearts Bleed Free
ディスコ・ソウル風の明るいグルーヴに乗せて、恋と自由の共犯関係を描く。失われたユースカルチャーへのオマージュも感じられる。

4. Psychotic Glee Club
タイトル通り、狂気と喜びの紙一重なテンションが支配する。複数のヴォーカルが錯綜し、まるで人格が交錯するような不安と快感。

5. Velvet Illness
ベルベットのように柔らかく、しかし内側に棘を持つ一曲。精神的疾患を抱える者の感覚を、美しい比喩と共に描写する。

6. Ephemeral Tomboy
トランス・ジェンダー的な自己の流動性をテーマにした詩的な曲。名詞の選び方、語順、発語の抑揚すべてに詩心が宿る。

7. Cloud-Fucked Rosary
宗教的イメージとエロスの交錯。雲と祈り珠という相反するモチーフが、性愛と信仰の曖昧さを浮き彫りにする。

8. Mirrorlore
自分自身の物語を、鏡越しに再構築するような中盤のハイライト。音像はきらびやかだが、言葉は極めて内向的。

9. Dying Butterflies Dream of Birth
死と再生の輪廻的モチーフ。バロック・ポップ的な構成と不穏なコード進行が、深い余韻を残す。

10. They Call Me Myth
存在を“神話化”された個人の葛藤。アイデンティティの虚構と現実のズレが、重層的なトラックとともに描かれる。

11. Vagabondage in Pastel Towns
過去のアルバム『Coquelicot』を思わせるファンタジックな語りと現代的エレクトロニクスの融合。旅と喪失の情景が浮かび上がる。

12. Goodbye to the In-Between
“あいだ”に別れを告げるラストソング。静かなピアノから始まり、徐々にノイズとともに感情が崩壊していく構成が圧巻。

『Lady on the Cusp』は、of Montrealが20年以上にわたって追求してきた“分裂と統合”“快楽と病”“詩とノイズ”といった主題を、あらためて“境界”という視点で総括しようとした作品である。

ここには明確なストーリーは存在しない。だが、曲を追うごとに浮かび上がるのは、「変わりゆくこと」「定義されないこと」への肯定である。

これまで以上に柔らかく、そして意識的に曖昧であるという姿勢こそ、本作が今の時代に鳴らされるべき声なのだ。

現代社会における流動的アイデンティティや不安定な感情の居場所を、ポップの中に探すすべての人へ向けて、このアルバムは一つの“音の避難所”となるだろう。