発売日: 2017年4月21日
ジャンル: ブリットポップ、インディー・ロック
概要
『Kicking Up the Dust』は、Castが2017年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、再結成後の活動を本格的に継続していることを示す、ある種の“更新宣言”とも言える一作である。
2012年の『Troubled Times』で復帰を果たした後、ツアーを重ねながらじっくりと時間をかけて制作された今作では、かつてのブリットポップ的フォーマットから距離を取りつつも、ギター・ポップの美学はしっかりと継承されている。
過去の栄光にすがるのではなく、現代的なロックとしてどう響かせるか——それが本作のテーマでもある。
ジョン・パワーはソングライターとしてさらに成熟し、パーソナルな視点と社会的視野を自然に交差させている。アルバム全体を通して聴かれるのは、“再生”と“継続”の物語である。
サウンド面では、クラシックなバンド編成をベースにしながらも、随所にブルース、フォーク、アメリカーナの要素を取り入れており、Cast本来のメロディ・センスを損なうことなく、より奥行きのある音像が形成されている。
全曲レビュー
1. Kicking Up the Dust
タイトル曲にして本作の旗印。
泥を巻き上げて進むようなエネルギーと、何度転んでも立ち上がる姿勢がにじむ。
シンプルなコード進行ながら、タフでリアルなグルーヴが魅力。
2. Roar
内に秘めた衝動や怒りを、穏やかな語り口で表現する佳曲。
「叫び」は必ずしも大声ではなく、静かでも響くものだという感覚が込められている。
3. Do That
カントリー／アメリカーナの影響を思わせるナンバー。
軽快なテンポとキャッチーなコーラスが印象的で、アルバムの中でも最もポップ寄りの楽曲。
4. Further Down the Road
旅と時間の流れをテーマにした中盤のキートラック。
人生の道のりを振り返るようなリリックと、柔らかいギター・トーンが深い余韻を残す。
5. Paper Chains
比喩的に“紙の鎖”と名づけられた曲は、脆さとつながりの両義性を描く。
繊細なメロディとミニマルなアレンジが、歌詞の儚さを引き立てている。
6. Birdcage
閉塞感を象徴する“鳥かご”を舞台に、解放と抑圧のテーマが展開される。
ファズギターと重めのリズムが楽曲に影を落としつつ、サビでは晴れやかな抜け感も。
7. Every Little Thing You Do
恋愛の些細な瞬間を積み重ねて描いた、優しさに満ちたラブソング。
シンプルな構成だが、バンドの演奏力とジョン・パワーの歌声が絶妙に噛み合い、深い共感を誘う。
8. Baby Blue Eyes
60年代のポップスへのオマージュを感じさせる、ノスタルジックな楽曲。
短い曲ながら、懐かしさと軽やかさを併せ持つ一服の清涼剤のような存在。
9. Out of My Hands
「自分ではどうにもならないこと」に向き合う姿を描く哲学的な一曲。
淡々としたビートが人生の不可逆性を象徴し、終盤にかけての盛り上がりが感情を解放していく。
10. Time Bomb
同名曲が過去作『Troubled Times』にも存在するが、こちらは別曲。
緊張と爆発をテーマにした構成で、アルバムのクライマックスを形成している。
総評
『Kicking Up the Dust』は、Castが“今この時代”に鳴らすべき音を探し出した、静かな革新のアルバムである。
再結成以降、懐古に走るのではなく、自らのスタイルを現代的に更新し続けるという選択をした彼らにとって、本作はその努力の結実とも言える。
かつてのような派手なシングル・ヒットはないかもしれない。だがその分、すべての曲が等価に大切に扱われており、アルバムというフォーマットで語る意味を持ち続けている。
ジョン・パワーの歌詞は、年齢を重ねた人間が持つ優しさと痛み、そしてあきらめきれない希望を、飾らずに表現している。
バンドサウンドも控えめながら芯があり、長く付き合える作品としての強度を持っている。
このアルバムは、派手さではなく深みで勝負する「熟成されたロック」の好例であり、Castというバンドの真の魅力が、むしろ今こそ花開いていることを示している。
おすすめアルバム（5枚）
- Teenage Fanclub / Here
同時代に成熟を迎えたギター・ポップ・バンドの作品。穏やかで豊かな音楽性が共通点。 - Travis / 10 Songs
内省とメロディを丁寧に織り上げた近年の作品で、Castの今と呼応する感覚がある。 - Richard Ashcroft / These People
元Verveのフロントマンによる、時代に向き合ったソングライティングの妙。 - The Coral / Distance Inbetween
リヴァプール出身でCastと親和性の高いバンド。幻想性と土着性のバランスが似ている。 -
Ray Davies / Americana
元The Kinksのレジェンドが綴る、年齢とともに深化した音楽世界。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Kicking Up the Dust』の制作は、2015年から2016年にかけて断続的に行われた。資金調達にはPledgeMusic（当時のクラウドファンディング・プラットフォーム）が用いられ、ファンとの直接的な関係性の中で作品が形作られていった。
ジョン・パワーは本作について「完全に自由な環境で、自分たちが信じる音だけを鳴らした」と語っており、プロダクションにも無駄な装飾はなく、バンド本来の姿がダイレクトに記録されている。
初期のスリルを知るリスナーには穏やかに映るかもしれないが、それこそが彼らの進化なのだ。
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