アルバムレビュー:Key Lime Pie by Camper Van Beethoven

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発売日: 1989年
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、フォークロック、ネオサイケ


甘さと苦さの狭間で——Camper Van Beethoven、最後の”本気”

Key Lime Pieは、Camper Van Beethovenにとって1980年代最後の、そして解散前最後のスタジオアルバムとなる作品である。
前作『Our Beloved Revolutionary Sweetheart』で洗練されたサウンドを提示した彼らは、本作でさらに内省的・批評的な世界に踏み込んでいく。

バイオリン担当のJonathan Segelが脱退し、代わってセッション・ミュージシャンのMorgan Fichterが参加。
これによりバンドの音像はより重厚で構築的となり、David Loweryの歌詞も、風刺というより詩的でシリアスなトーンを増していった。

『Key Lime Pie』という甘く爽やかなタイトルとは裏腹に、内容はむしろ苦味の効いたアメリカ批評である。
ポップの装いの中に、愛と死、夢と喪失が巧みに織り込まれた知的なアルバムである。


全曲レビュー

1. Opening Theme

荘厳なストリングスによるインストゥルメンタル。
まるで映画の序章のように、アルバムの“重さ”を予感させる序曲。

2. Jack Ruby

ケネディ暗殺の実行犯リー・ハーヴェイ・オズワルドを射殺したJack Rubyに焦点を当てた一曲。
アメリカの暴力性と陰謀論への批判が、重厚なロックサウンドに滲む。

3. Sweethearts

ソフトなメロディと共に描かれるのは、ベトナム戦争時代のアメリカ兵とその恋人の姿。
戦争の個人的側面を繊細に描き出す、バンド屈指のリリカルな作品。

4. When I Win the Lottery

語り口調のボーカルがユニークな一曲。
「宝くじが当たったら…」という妄想に、貧困と怒り、そしてアメリカンドリームの瓦解が滲み出る。

5. (I Was Born in a) Laundromat

奇妙なタイトルの背後には、自己と場所、アイデンティティの関係が暗示される。
不穏なリズムとパーカッションが印象的。

6. Borderline

メロウでシリアスなトーン。
心の境界線、あるいは国境に揺れる人間の不安を暗示する、内面的なポップソング。

7. The Light from a Cake

甘く切ないギターメロディが流れる短編のような曲。
タイトルの“ケーキの光”は、儚い幸福や祝祭の終わりを象徴しているかもしれない。

8. June

詩的で静謐な一曲。
“六月”という月が持つ憂いと始まり、終わりが共存するような美しい佇まいをもつ。

9. All Her Favorite Fruit

本作のハイライトとも言える壮大なバラード。
愛と喪失、過去と現在が重なる叙情詩のような世界。
恋人が好んだ果物を通して、喪われた時間を描く——まるで映画のラストシーンのような余韻が残る。

10. Interlude

アルバム中盤の短いインストゥルメンタル。
静かに次の楽曲へと橋をかける。

11. Flowers

明るいメロディとは裏腹に、愛の終焉を描いた曲。
花はその象徴であり、美しさと儚さを同時に帯びている。

12. The Humid Press of Days

スロウテンポのメランコリックなインスト。
蒸し暑い日々の“圧迫感”が、音によって見事に描かれている。

13. Pictures of Matchstick Men

イギリスのバンドStatus Quoによる1968年のサイケデリックヒットをカバー。
オリジナルよりもダウナーで重厚なアレンジに仕上げられており、アルバムのラストに不穏な余韻を与えている。


総評

Key Lime Pieは、Camper Van Beethovenの成熟と崩壊が同時に記録されたような、静かに激しい作品である。

過去作に見られた諧謔性は抑えられ、その代わりにより詩的なイメージと、アメリカという国家の断片を内側から見つめる視線が増している。
政治的な主張というよりも、傷ついた国の片隅から囁かれる、愛と痛みのバラード集とでも言うべきかもしれない。

このアルバムを最後にバンドは解散。
だが、その後のDavid LoweryはCrackerで、再びアメリカーナとロックの交差点に戻ってくることになる。
つまり、この作品は終わりであると同時に、新たな始まりの“種”でもあったのだ。


おすすめアルバム

  • Cracker / Kerosene Hat
    CVB解散後、David Loweryが結成したバンドの出世作。より骨太なアメリカーナロックへ。
  • Cowboy Junkies / The Trinity Session
    静けさと詩情に満ちたアメリカーナの傑作。Key Lime Pieと通じる内省的なトーン。
  • The Walkabouts / Devil’s Road
    アメリカン・フォークとオルタナティヴの中間を歩むバンドによる壮大な作品。
  • Giant Sand / The Love Songs
    荒野と幻想が交錯するサイケ・アメリカーナ。CVBの方向性と重なる部分あり。
  • American Music Club / Everclear
    愛と喪失を詩的に描いた名盤。David Lowery的なメランコリーと親和性が高い。

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