アルバムレビュー：Juxtapose by Tricky

発売日: 1999年8月16日
ジャンル: トリップホップ、アーバン・ソウル、エレクトロニカ、ポップ・ラップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Juxtapose』は、Trickyが1999年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、彼のキャリアにおいて最も“明快”で“異質”な作品として知られている。

本作は、アメリカ人プロデューサーであるDJ Muggs（Cypress Hill）とGrease（DMXのプロデューサー）という、ヒップホップ色の濃い外部チームとの共同制作によって生み出された。
それまでのTrickyが得意としていたダブ調の幻想性や曖昧な構造から一転、よりストレートなビート、明快な歌詞、ラップ主体の構成が押し出されているのが特徴である。

“Juxtapose”＝「並列、対比」というタイトルが示すように、イギリス的内省とアメリカ的攻撃性、アートとポップ、孤独と社交性などがせめぎ合う構造を持ったアルバムであり、
その意味でTrickyの“二面性”や“分裂的個性”をもっとも表面化させた作品とも言える。

全曲レビュー

1. For Real

打ち込みのドラムとラフなラップが交錯するオープニング。
「本気でやるぜ」というタイトルどおり、Trickyが新しい地平に向かう宣言のようでもある。

2. Bom Bom Diggy

ハードなブレイクビーツと、反復的なフックが耳に残るヒップホップ・トラック。
クラブユースを意識した構成でありながら、どこか不穏なTricky節が滲む。

3. Contradictive

Greaseとの共作による、メロディアスかつファンキーな楽曲。
「矛盾した存在」への自己言及とも読める、Trickyらしいアイロニカルなリリックが光る。

4. She Said

女性視点から語られるラップで、Trickyの内なる“他者”との対話が展開される。
軽快なグルーヴと影のある語り口が絶妙に混ざり合う。

5. I Like the Girls

女性に対するフェティッシュな視線と同時に、それを観察する自意識が描かれる。
一見すると明るいポップ・ラップだが、どこか病的な質感がにじむ。

6. Hot Like a Sauna

ダークなループと肉感的なフレーズが交差するエレクトロ・ファンク。
タイトルどおり、汗と欲望の交錯する熱気を感じさせるトラック。

7. Call Me

ほのかにアール・アンド・ビー調の優しさを漂わせる、意外性あるバラード。
「呼んでくれ」というフレーズに宿る孤独と渇望が、じわじわと染み込む。

8. Wash My Soul

アルバムの中でも特に精神性の強い一曲。
「魂を洗いたい」という願望が、音のミニマリズムと共に美しく響く。
最もTrickyらしい余韻を持ったトラック。

9. Hot Like a Sauna (Remix)

クラブ仕様のリミックス。
より強調されたビートとエフェクトが、原曲の持つ肉体性を倍加させている。

総評

『Juxtapose』は、Trickyが“他者とのコラボレーションを通じて自己を再定義しようとした”、唯一無二の“実験的ポップ”アルバムである。

Massive AttackやMartina Topley-Birdとの関係性から一線を画し、よりヒップホップ・コミュニティ寄りのアプローチをとったことで、それまでの彼のファンにとっては“異物”のように受け取られた。
だが一方で、音楽的にはTrickyのリズム感、言語感覚、空間処理の巧みさが明瞭な形で提示されており、ポップのフォーマットの中でも彼が決して“普通”にならないことを証明している。

ビートはタイトになり、語りは直線的になったが、その奥に潜むパラノイア、不安、孤独、欲望といった主題は一切変わっていない。
むしろ、それらが“明るく装われた構造”の中で浮かび上がることで、より一層Trickyというアーティストの“ズレ”と“真実”が露呈しているとも言える。