1. 歌詞の概要
「Jupiter 4」は、Sharon Van Etten(シャロン・ヴァン・エッテン) が2019年に発表したアルバム『Remind Me Tomorrow』に収録された、最もダークで内省的、そしてミステリアスな楽曲のひとつです。タイトルは、1970年代のRoland製アナログシンセサイザー「Jupiter-4」に由来しており、同機の持つ幻想的かつうねるような音の質感が楽曲全体に深く影響を与えています。
歌詞では、「ようやく本当の愛に出会った」という歓びと、それを受け止めることへの不安や戸惑いが綴られており、甘美さと暗さが共存する独特のトーンを醸し出しています。繰り返される“Baby, baby, baby”のフレーズは、感情の高まりを抑えきれずに漏れ出す祈りのようでもあり、切望と恐れの入り混じる真実のラブソングとして、多くのリスナーに深い印象を与えました。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Remind Me Tomorrow』の制作にあたり、シャロン・ヴァン・エッテンは自らの人生の大きな転換期にいました。母となり、俳優としても活動し、大学進学という新たな挑戦を経て、彼女の音楽はより野心的で、多層的なサウンドと語りを志向するようになったのです。
「Jupiter 4」は、愛と安定を手に入れたときに初めて湧き上がる不安や脆さをテーマにした楽曲であり、そのインスピレーションは、パートナーと息子に対する深い愛情から来ていると彼女は語っています。「ずっと求めていた愛に出会えた瞬間、私はそれを信じることが怖くなった」という心情を、暗く揺れるサウンドと抑制されたボーカルで丁寧に描写しています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Jupiter 4」の印象的な一節と和訳を紹介します:
“Baby, baby, baby
I’ve been waiting, waiting, waiting
My whole life for someone like you”
「ベイビー、ベイビー、ベイビー
ずっと待ってたの、ずっとずっと
私の人生すべてをかけて、あなたのような人を」
“It’s true that everyone would like to have met
A love so real”
「誰もがきっと出会いたいと思ってる
こんなにも本物の愛に」
“I’ve been waiting for you
I’ve been waiting”
「私はあなたを待ってた
ずっと、待ち続けていたの」
引用元:Genius Lyrics
この曲は、繰り返しの中に感情が渦巻き、言葉よりも音の空間そのものが感情を伝える構造になっています。
4. 歌詞の考察
「Jupiter 4」は、愛に出会ったときの歓びと、それを信じきれない自分の弱さを包み隠さず描いた極めて誠実なラブソングです。語り手は「ずっと待っていた」という表現を何度も繰り返しますが、それは単なる恋愛への渇望ではなく、“心から信じられる誰かに出会いたい”という存在的な願いでもあります。
注目すべきは、歌詞が非常にミニマルであること。通常、ラブソングは感情を詩的に描写しますが、この曲では**言葉の反復と沈黙の“間”**を使って感情の余白を描いており、聴き手がその中に自分の感情を投影できるような構造になっています。つまり、この歌詞はシャロンだけのものではなく、誰もが心の奥に持つ“信じたいけれど信じきれない愛”への不安を代弁しているのです。
また、音の面では重厚なシンセサイザーが揺れ動き、まるで夢と現実の境界を漂うような不安定な浮遊感を生んでいます。これは、愛が現実であると確信したい気持ちと、それが崩れるかもしれないという恐れがせめぎ合う心理状態を、完璧にサウンドで再現しているとも言えるでしょう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Desire by Anna Calvi
欲望と抑制の狭間にあるエモーションをギターと声で描き出すダークなバラード。 - Slow Burn by Kacey Musgraves
穏やかな音の中に感情の繊細な起伏を込めた、静かな愛の歌。 - Suspended in Gaffa by Kate Bush
愛と神秘、到達不能なものへの憧れが交錯する幻想的なポップ。 - Love More by Sharon Van Etten
彼女の過去作の中でも特に感情の深淵を見せるバラード。愛と傷の複雑な関係を描く。 - Heavenly Father by Bon Iver
愛と信仰、無力感をミニマルな構成と音響で描いた神秘的な楽曲。
6. 特筆すべき事項:沈黙のなかで感情を爆発させる“静かなマニフェスト”
「Jupiter 4」は、シャロン・ヴァン・エッテンの音楽的進化と内面的成熟を象徴する1曲であり、これまでの彼女の繊細なソングライティングに、音響的な深みと神秘性が加わった決定的な瞬間を刻んでいます。
この曲は、愛を得た喜びをただ歌うのではなく、それを本当に信じてもいいのかと自問する“人間のもろさ”そのものを美として昇華しており、その表現は非常に稀有です。また、Jupiter-4というシンセサイザーの名称をタイトルにしたこと自体が、この曲が感情と音響の融合によって生まれたことを象徴しています。
**「Jupiter 4」**は、愛という光を見つけたとき、そこに影が生まれることも恐れずに歌った、最もリアルなラブソングのひとつです。シンプルな言葉の奥にある感情の複雑さと、音の揺らぎに宿る揺れ動く心――そのすべてが、聴くたびに新しい感情を呼び起こしてくれる。これは、沈黙と反復、そして音そのものが語りかけてくる、“音響による詩”と呼ぶにふさわしい名曲です。
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