
1. 歌詞の概要
「It’s Lulu」は、The Boo Radleysが1996年にリリースした5枚目のスタジオ・アルバム『C’mon Kids』に収録された楽曲であり、同作の中でもひときわ鮮烈な個性を放つトラックである。そのタイトルが示すとおり、この曲は“ルル”という名前のキャラクター、あるいは象徴的な存在を中心に展開される物語となっている。内容は一見すると断片的で抽象的だが、そこには喪失や狂気、そして孤独の感情が色濃くにじんでおり、リスナーの感情を試すような不安定な美しさに満ちている。
この楽曲の語り口は直接的でありながらも詩的で、聴く者の中に“ルルとは誰なのか?”という問いを残す。そしてその答えは、はっきりとは示されない。彼女は実在する人物なのか、それとも作者の心の投影なのか。あるいは“日常の裏側に隠された壊れかけた感情”の擬人化なのか。The Boo Radleysはこの楽曲で、明確な物語を提示することなく、音と言葉の断片で“感情の風景”を描き出している。
2. 歌詞のバックグラウンド
1996年のアルバム『C’mon Kids』は、前作『Wake Up!』で獲得した商業的成功をあえて手放すかのように、The Boo Radleysが再び実験性とアングラ的な精神に舵を切った作品である。この時期のバンドは、ポップ・アイコンとして見られることに強い違和感を抱いており、その反動として非常に先鋭的かつ多層的なアルバムを制作した。
「It’s Lulu」はその中でも特にサイケデリックで不穏な色彩を帯びた楽曲であり、ブリットポップの明朗快活なイメージとは明らかに一線を画している。ギターのディストーションは暴力的にうねり、ベースラインは不安をかき立てるように蠢き、ボーカルは夢遊病者のように感情の空間をさまよう。
この曲で描かれている“Lulu”という存在は、バンドの誰かの実体験に基づくというよりも、幻想的で寓話的なキャラクターである可能性が高い。名前の響きや語感からしても、ルルはどこか非現実的で、夢と狂気の間にいるような存在なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Lulu, it’s you
ルル、それは君なんだRunning naked in the rain
雨の中を裸で走ってScreaming names again
また誰かの名前を叫んでいるYou don’t know who to blame
誰を責めればいいのか、君は分からない
このフレーズには、自己喪失と混乱の感情がにじみ出ている。ルルは社会的な規範から外れた存在であり、それゆえに自由で、同時に破滅的でもある。彼女は“何か”に追い詰められているが、それが何なのかは明かされない。彼女の叫びは、自分の名前すら聞こえないような、空虚な世界に向けられている。
※歌詞引用元:Genius – It’s Lulu Lyrics
4. 歌詞の考察
「It’s Lulu」は、ひとりの女性の物語のようでいて、実は“心の崩壊”や“社会との断絶”といった、より普遍的なテーマが内包された楽曲である。Luluというキャラクターは、誰か一人の姿ではなく、私たちの中の「逸脱した部分」「見て見ぬふりをしている感情」「押し殺した叫び」を象徴しているのかもしれない。
雨の中を裸で走るという描写には、自由や解放のイメージと同時に、無防備さや悲哀が込められている。彼女は“狂っている”のではなく、“現実に適応できなかった”だけなのかもしれない。そう考えると、彼女の姿は一種のカナリア――社会の病理をいち早く察知して反応してしまった存在にも見えてくる。
また、彼女が“誰の名前を叫んでいるか分からない”という点も重要である。それは自己と他者の境界が曖昧になっている状態、あるいは自我の崩壊を示唆している。The Boo Radleysは、そうした精神的崩壊を決してドラマチックに描くのではなく、日常の延長線上にあるささやかな狂気として提示している。だからこそ、この曲は聴く者の深層に静かに忍び込んでくるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- All Apologies by Nirvana
壊れそうな精神と社会への違和感が静かに綴られたグランジの代表曲。 - Caramel by Blur
自己喪失と精神的彷徨を、ゆらめく音像で描いた内省的なバラード。 - She’s Lost Control by Joy Division
制御不能になった精神と、その影にある社会的断絶をクールに描き切ったポストパンクの傑作。 - Leave Them All Behind by Ride
夢想と混乱が交差する、サイケデリック・シューゲイザーの金字塔。 - Yoshimi Battles the Pink Robots Pt.1 by The Flaming Lips
ポップと狂気、ファンタジーとリアルの境界を曖昧にする寓話的な作品。
6. 誰もが心の中に“ルル”を抱えている
「It’s Lulu」は、The Boo Radleysが大衆的なブリットポップの枠組みから逸脱し、自らの芸術性と内的真実に向き合ったことを象徴する楽曲である。音楽としては決して万人受けするものではないが、その内に秘めた痛みと誠実さは、心の奥深くに響く力を持っている。
Luluという名のキャラクターは、たったひとつの物語ではなく、現代社会において置き去りにされた無数の声を集めた存在かもしれない。彼女は叫ぶ。誰に届くか分からないままに。だがその叫びを聴いたとき、私たちは気づくのだ――自分の中にも、誰にも語らなかった“Lulu”がいることを。
この曲は、狂気と自由の狭間にある感情の断片を、美しく、そして恐ろしいほどに静かに描いた名曲である。決して解釈を一つに絞ることはできない。だがそれこそが、The Boo Radleysというバンドの、そしてこの曲の最大の魅力なのだ。
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