It Runs Through Me by Tom Misch(2018)楽曲解説

1. 歌詞の概要

『It Runs Through Me』は、イギリス出身のプロデューサー兼シンガーソングライター、Tom Mischが2018年に発表したデビュー・アルバム『Geography』に収録された楽曲であり、ヒップホップグループDe La Soulをフィーチャーしたことで注目を集めたナンバーである。この曲は、音楽という存在がどれほど自分のアイデンティティと深く結びついているかを語る「音楽愛の賛歌」であり、Tom Mischのトレードマークであるジャジーなギター、ソウルフルな歌声、洗練されたビートが融合した作品だ。

タイトルの「It Runs Through Me(それは僕の中を流れている)」という表現は、音楽が単なる趣味や職業ではなく、血液のように自身の存在そのものを形成しているという強い想いを表している。歌詞全体を通して、語り手は音楽と自分との一体感、音楽が世界との接点となってくれること、そして言葉では説明できない感覚的なつながりを語っている。

また、曲の後半ではDe La Soulによるラップが挿入され、過去の音楽文化へのリスペクトやヒップホップとの交差点が鮮やかに表現されている。これはTom Mischが築く音楽的世界――ジャズ、R&B、ネオソウル、ヒップホップが一体化した独自のサウンド――の象徴ともいえる。

2. 歌詞のバックグラウンド

Tom Mischは幼少期からバイオリンやギターに親しみ、ロンドン南部で育つ中でヒップホップやジャズ、ソウルといった音楽に深く影響を受けた。SoundCloudでの自主配信を経て注目を集め、2018年のデビュー作『Geography』で一気にその名を広げることとなる。

『It Runs Through Me』は、彼の音楽観そのものを象徴する楽曲であり、ジャズやヒップホップのルーツに対するオマージュが詰まっている。De La Soulを客演に迎えたことは、Tom Mischが単なる“おしゃれな宅録系ミュージシャン”ではなく、ブラック・ミュージックの伝統に深い敬意を持って向き合っていることを証明した。

この曲の制作には、ライブ感を大切にするTom Mischの哲学が反映されており、実際のレコーディングでもセッションミュージシャンを起用し、プログラミングではなく“鳴らされる音”へのこだわりが貫かれている。そのため、楽曲には心地よい“グルーヴ”と即興的な“余白”が感じられ、それが歌詞の「流れ」の感覚ともシンクロしている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

I love the way it flows
この音楽の流れる感じが大好きなんだ

It shows, as I know, I’m not alone
その流れが教えてくれる、僕は独りじゃないって

この冒頭のラインでは、音楽との一体感が直接的に描かれている。音楽が孤独を癒し、他者とのつながりを感じさせてくれる存在であることが語られている。

Music is the language of us all
音楽は、僕たち全員の言語なんだ

But I don’t need a dictionary
でも辞書なんていらない

Because I feel it
なぜなら、僕は“それ”を感じるから

ここでは、音楽が言語の枠を超えた“感覚”として存在していることが強調される。理屈ではなく、体と心で通じ合える普遍的なメディアとしての音楽が表現されている。

You won’t understand unless you hear it
君には、この音を聴かないと分からないよ

この一節は、音楽が“説明できないもの”であるという矛盾を逆説的に示している。つまり、音楽とは聴くことでしか理解できない「体験」なのだという思想が込められている。

引用元:Genius – Tom Misch “It Runs Through Me” Lyrics

4. 歌詞の考察

『It Runs Through Me』は、自己の存在と音楽がどこまで不可分かをテーマにしている楽曲であり、いわば“音楽に愛された人間の自己紹介”でもある。語り手は、自分が音楽を愛しているというより、「音楽が自分の中にある」「自分は音楽でできている」と語る。それは傲慢な自己陶酔ではなく、むしろ謙虚な表明であり、「だからこそ、自分の感じていることは音楽でしか伝えられない」という切実さが込められている。

この楽曲はまた、“言語の限界”を超える手段としての音楽の役割を強調する。人はしばしば言葉で気持ちをうまく表現できず、誤解やすれ違いが生まれる。しかし音楽であれば、感情をそのまま伝えることができる。Tom Mischのヴォーカルとギターのフレーズは、その考えをまさに体現しており、歌詞に頼らずとも、メロディとコード進行で心の奥に直接届くような構造になっている。

そして、De La Soulのラップ・パートでは、ヒップホップというジャンルを通じてどれだけ人が言葉に命を吹き込めるかが提示され、Tomのジャズ的なアプローチと美しく交差する。過去と現在、UKとUS、ジャズとヒップホップの対話――それこそがこの曲の大きなテーマのひとつでもある。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Get To Know You by NAO
    ソウルフルで浮遊感のある音世界。音楽による“つながり”を描いた楽曲。

  • Pretty Little Fears by 6LACK feat. J. Cole
    ビートと語りの融合、そして感情の濃度を音楽で描くという点で共鳴する。

  • Weight by Brockhampton
    ラップとジャズ的要素が溶け合う独自の音楽世界。内面の描写も共通する。

  • Tadow by Masego & FKJ
    即興性とグルーヴに満ちた演奏と、言葉を超えた音楽体験が楽しめる名演。

6. 音楽が血管のように“流れている”という実感

『It Runs Through Me』という曲の核心は、“音楽が血液のように体内を流れている”という感覚の共有にある。Tom Mischの落ち着いた声、柔らかなギター、揺れるようなビート、そしてDe La Soulの知的でリズミカルなフロウ――すべてが、「音楽こそが自分のすべてだ」という真実を美しく語っている。

この曲を聴くことは、「誰かに理解してもらえない気持ちを音楽が代弁してくれる」という体験でもあり、また「言葉では説明できないけれど、分かり合える」瞬間の喜びでもある。Tom Mischは、音楽が“伝えるための手段”ではなく、“存在そのもの”であることを、この曲を通して私たちに教えてくれる。


歌詞引用元:Genius – Tom Misch “It Runs Through Me” Lyrics

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