発売日: 2008年7月22日
ジャンル: オルタナティブロック、ポストグランジ、ハードロック
概要
『Into the Sun』は、Candleboxがバンドの再結成後、2008年に発表した通算4作目のスタジオ・アルバムであり、10年ぶりの新作として、バンドの成熟と再出発を告げる“穏やかな回帰”の記録である。
1990年代に『Candlebox』『Lucy』『Happy Pills』とリリースを重ね、グランジの影響を色濃く残しながらも、独自のメロディセンスとブルージーなロックで支持を集めた彼らは、2000年に活動停止。
そこから8年を経て再集結し、自主レーベル的環境のもとで制作されたのが本作『Into the Sun』である。
音楽的には、過去のハードロック志向やグランジ的アングストをやや後退させ、よりメロウでアーシー、フォーク的な質感が強くなっている。
ケヴィン・マーティンのヴォーカルはより柔らかく、そして内面的な深みを増し、“怒り”よりも“受容”をテーマにした詞世界が印象的。
結果として、『Into the Sun』は、時代に抗うのではなく、時代のなかで静かに呼吸するバンドの新章を提示している。
全曲レビュー
1. Stand
アルバムの幕開けを飾るミッドテンポの力強いロックチューン。
「立ち上がれ」というシンプルなメッセージに、自己肯定と再出発への意志が重なる。
骨太なリフとケヴィンの声の相性が心地よい。
2. Bitches Brewin’
挑発的なタイトルとは裏腹に、ファンクのエッセンスを感じさせるグルーヴ重視の楽曲。
軽妙で粘り気のあるビートが、新生Candleboxの柔軟な音楽性を象徴する。
3. Into the Sun
本作の表題曲にして、再生、許し、旅路の象徴的なバラード。
太陽に向かって進むというモチーフが、癒しと希望のイメージを喚起する。
アコースティック主体のアレンジと静かな高揚感が胸を打つ。
4. Hard to Breathe
切迫した感情と葛藤をストレートに描いたロックナンバー。
息苦しさを“生きづらさ”のメタファーとして用いた、現代的な苦悩を内包する一曲。
5. Surrendering
“降伏”ではなく“委ねる”という意味でのタイトルが示す通り、力を抜いて前を向く姿勢を描くスローバラード。
ケヴィンの優しさと疲労感がにじむ歌唱が印象的。
6. Underneath It All
内面に潜む不安や矛盾をテーマにした、静かな語り口の楽曲。
ギターのレイヤーと淡いコーラスが、“真実は表面の下にある”というメッセージを支える。
7. Miss You
失った愛に対する誠実な回想ソング。
悲しみを直接的にではなく、淡い寂しさとして描くアプローチが成熟を感じさせる。
8. How Does It Feel
自己投影型の問いかけを通じて、リスナーとの距離を近づけるような感触のある曲。
「それで、あなたはどう感じてる?」という言葉が、今の時代に刺さる。
9. Angel to You (Devil to Me)
二面性をテーマにした、ややアグレッシブな楽曲。
「君には天使でも、俺には悪魔」——愛と憎しみ、理想と現実のギャップをテーマにした対照的構造。
10. Keep on Waiting
希望と絶望の狭間にある“待ち続けること”を描いた、アルバム屈指の叙情曲。
リフレインが美しく、喪失感を優しく包むような余韻を残す。
11. Feels Like the End
ラスト前に置かれたこの楽曲は、“終わりの予感”と“続ける意思”が同居する複雑なトーン。
Candleboxが内面の不安を、成熟したロックとして昇華する手腕が光る。
12. Lovers Dream (feat. Peter Klett)
本作のエピローグにふさわしいデュエット調バラード。
ギタリストのピーター・クレットとの共演により、儚くも美しい“夢のような愛”を描く閉じた空間のような一曲。
フォークロック的な静けさと叙情性が全編を包み込む。

総評
『Into the Sun』は、Candleboxが過去の轟音と痛みから一歩引き、より静かに、より深く“音楽で語ること”を選んだ再出発の記録である。
ここには、かつてのような“爆発的カタルシス”はない。
だが代わりに、“時間の経過”“癒しと受容”“立ち上がりなおすこと”という、大人のロックにしか描けないテーマがある。
グランジ以降、すべてがスピードを増し、感情の密度が失われていくなかで、Candleboxはこの作品で、“遅くていい、深ければ”という価値観を再提示している。
その姿勢は、商業的な大成功を求めない代わりに、音楽が人間の感情に寄り添うべきだという原点回帰にも見える。
おすすめアルバム
- Foo Fighters / Echoes, Silence, Patience & Grace
ハードロックと内省のバランスを追求した成熟作。 - Live / Birds of Pray
叙情性と社会性を併せ持ったポストグランジの好例。 - Our Lady Peace / Gravity
メロディ重視と静かな情熱の共存。 - Collective Soul / Youth
キャリア後期における“誠実なロック回帰”。 - Switchfoot / The Beautiful Letdown
霊性と感情の共振が魅力のミッド2000sロック。
歌詞の深読みと文化的背景
『Into the Sun』の歌詞は、喪失、回復、再出発、赦し、そして“続けること”そのものをテーマとする静かなマニフェストである。
再結成後のアルバムとして、ファンに向けた誠実な再会の手紙であり、同時に自身に対する“やり直しの許し”でもある。
Candleboxは叫ばない。
だがその代わり、静かな声で“まだ信じたい”と語り続ける。
『Into the Sun』は、そんな音楽のかたちが、まだ存在し得るという証拠なのだ。
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