アルバムレビュー：In the Land Of by Wintersleep

発売日: 2019年3月29日
ジャンル: インディーロック、オルタナティブロック、フォークロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『In the Land Of』は、カナダのインディーロックバンドWintersleepが2019年に発表した7枚目のスタジオアルバムであり、バンドの成熟が静かに結実した作品である。

本作では、前作『The Great Detachment』の骨太なロック路線を踏襲しつつも、フォークやドリームポップ的な柔らかさ、ストーリーテリングに焦点を当てたリリックが加わり、より内省的で情緒的な作品に仕上がっている。
アルバムタイトル「In the Land Of」は、あえて名詞を欠いた詩的な空白を残しており、具体的な場所ではなく“記憶”や“感情”といった抽象的な風景を指しているようにも思える。

また、全体を通して“喪失と再生”“場所と時間”“記憶と未来”といった二項対立を横断するテーマが貫かれており、社会的メッセージよりも個人の内面と静かに対話するようなトーンが特徴である。

レコーディングはカナダとアメリカの複数のスタジオで行われ、アナログ的な質感とデジタルの繊細さが共存。
ミキシングはTony Dooganが引き続き担当し、空間的で深みのある音響設計が聴きどころとなっている。

全曲レビュー

1. Surrender

静謐なピアノとギターのアルペジオが心を静かに包み込むオープニングトラック。
「降伏」というタイトルが示すように、抵抗ではなく受容の感覚が基調をなす。
ヴォーカルの優しい語り口が、リスナーをアルバムの“地”へと誘う。

2. Forest Fire

アルバムでもっともエネルギッシュなナンバーのひとつ。
森林火災という強烈なイメージが、個人の情動や関係の崩壊と重ねられている。
ギターリフとドラムの連携が見事で、燃え広がるような構成が印象に残る。

3. Beneficiary

跳ねるようなリズムと甘やかなメロディが魅力的なミッドテンポの楽曲。
“受益者”というタイトルは、人生における恩恵と代償、あるいは無意識の連鎖を描いている。
Wintersleepにしては珍しく軽快で、親しみやすい。

4. Soft Focus

夢幻的なギターの残響とシンセが交錯する、ドリームポップ寄りの楽曲。
ピントが合わない世界に身を任せるような感覚が、音像にも歌詞にも漂っている。
日常のなかにある非現実のような、美しいぼやけ方が魅力。

5. Into the Shape of Your Heart

メロディラインの美しさが際立つ、アルバムのハイライトともいえる楽曲。
“君の心のかたちに入り込む”という繊細な表現は、他者への共感や自己変容をテーマにしている。
ヴォーカルの抑制された熱量が、切実さをより際立たせる。

6. The Lighthouse

ミニマルなピアノのループと、微細なストリングスが印象的なバラード。
“灯台”というモチーフは、暗闇における希望や指針の象徴として機能する。
非常に詩的な世界観で、アルバムの中心的トーンを体現している。

7. Free Pour

アルバムの中で最もポップな楽曲。
“自由に注がれる”というタイトルは、酒や感情、言葉の流れをメタファーとして用いている。
軽快ながらも、ふとした孤独が滲むリリックが秀逸。

8. Never Let You Go

ラブソング的な温度感を持つ一曲。
“決して君を手放さない”というシンプルな言葉の裏にある不安や執着が、メロディの切なさに投影されている。
ギターのコード進行がじわじわと心に浸透する。

9. Every Grain of Sand

Bob Dylanの同名曲を意識させるタイトル。
一粒一粒の砂が人生や記憶の象徴として扱われ、全体的に静けさと慈しみに満ちたサウンド。
アコースティックの温かみと残響が美しい。

10. Motion

リズム主体のアプローチが新鮮な楽曲。
“動き”というテーマが、人生や関係性の変化と重なり合う。
内面的な焦燥感を、前へ進もうとする力へと変換するような構成が印象的。

11. Wavy Glass

アルバムの締めくくりにふさわしい、幻想的な楽曲。
“波打つガラス”は、現実の歪みや記憶の不確かさのメタファー。
淡くフェードアウトするような終わり方が、余韻を残す。

総評

『In the Land Of』は、Wintersleepの音楽的成熟と、静けさの中に宿る強さを感じさせる傑作である。
バンド初期の荒々しい衝動や中期の政治性といった外向的な要素から一歩引き、より内面の“土地”を丁寧に掘り下げていくような構成となっている。

メロディは緻密に磨かれ、アレンジは繊細でありながら大胆。
楽曲ごとに異なる情景や感情が広がっており、それらを通してリスナー自身の記憶や感情と静かに向き合う時間を提供してくれる。
一見すると地味だが、聴き込むほどに深く、心の奥に染み込んでくるような強さがある。

バンドとしての円熟が、穏やかで確かな筆致によって表現されたアルバムであり、派手な爆発ではなく、静かな継続の美学を貫いた意欲作と言える。
まさに“どこかの土地”で、自分の心と出会うための旅路のサウンドトラックなのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

『In the Land Of』のリリックは、具体性を排除しながらも豊かなイメージを喚起する詩的な表現に満ちている。
タイトルが意図的に“空白”を含んでいるように、本作は“言葉にならない感情”や“場所を持たない記憶”を音楽で描く試みである。

「Forest Fire」では自然災害が個人的崩壊のメタファーとなり、「Wavy Glass」では歪んだガラスを通してしか世界を見られない人間の主観性が描かれる。
これらの歌詞は、政治的ではなく詩的に、“いまここ”の感覚を掬い取ろうとする。

アルバム全体が問いかけるのは、「私たちはどこにいるのか？」という実存的なテーマなのかもしれない。