発売日: 2016年12月9日
ジャンル: ポップ、アダルト・コンテンポラリー、クラシカル・クロスオーバー
概要
『In Symphony』は、シンガーソングライターAlbert Hammondが自身の代表曲をシンフォニック・アレンジで再構築したアルバムであり、キャリアの集大成ともいえる作品である。
2016年、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオにて録音された本作では、Albert Hammondの名曲群――「It Never Rains in Southern California」「The Free Electric Band」「The Air That I Breathe」など――が、壮麗なオーケストラとともに新たな深みと重みを伴って甦る。
単なる“リマスター”や“再録音”ではなく、原曲のメロディを尊重しながらも、人生経験を重ねた歌声とクラシックの重厚さが加わることで、かつての若さに宿っていた情熱を、成熟の温かさで包み込むような再創造が行われている。
収録された多くの楽曲は、他アーティストへの提供曲としても広く知られており、Hammondがいかに世界的なヒットメイカーであったかを再認識させる内容にもなっている。
全曲レビュー
1. It Never Rains in Southern California
キャリア最大のヒット曲を、壮麗な弦楽とともに再構築。
かつての切迫感は落ち着きへと変化し、今やこれは“人生を振り返る歌”へと昇華している。
木管とストリングスの入りが、まるで映画の序章のよう。
2. The Free Electric Band
自由な生き方と夢追いの精神をテーマにした代表曲。
テンポは抑えめになっており、若さゆえの勢いが“温かな思い出”へと変化している。
オーケストラがその自由さにクラシックの品格を添える。
3. The Air That I Breathe
Holliesへの提供曲としても知られるバラード。
原曲の美しさを保ちつつ、ここではより深く、しっとりとした表現に。
管弦楽の厚みが、愛の余韻を広げていく。
4. When I Need You
Leo Sayerの大ヒットとして有名なバラードを、自身で歌唱。
オーケストラの包容力が加わり、**「必要なときにあなたがそばにいる」**という言葉が、人生の真理のように響く。
5. Give a Little Love
優しく、希望に満ちたメッセージ・ソング。
ピアノと弦楽による柔らかなサウンドに、Albert Hammondの語りかけるような歌声が寄り添う。
“ほんの少しの愛”が世界を変えるという普遍的なテーマ。
6. To All the Girls I’ve Loved Before
Julio Iglesias & Willie Nelsonで世界的に知られるデュエット・ソング。
ソロ・ヴァージョンでの歌唱は、過去を慈しむような大人の視線にあふれている。
7. Estrellita
スペイン語で歌われる短いインストゥルメンタル調の楽曲。
クラシックとラテンが交錯するなか、Hammondのルーツが顔を覗かせる美しい一瞬。
8. Nothing’s Gonna Stop Us Now
Starshipへの提供曲としてお馴染みのヒットナンバー。
オリジナルのシンセ・パワーポップとは対照的に、ここでは堂々たるオーケストラと穏やかなヴォーカルで再構築。
“永遠の誓い”がより誠実に、静かに語られる。
9. One Moment in Time
Whitney Houstonの名唱で知られるオリンピック・テーマ曲。
ここでは彼自身の声で、より“内面の葛藤と乗り越え”を描き出している。
オーケストラが勇壮でありながら抒情的。
10. Don’t Turn Around
AswadやAce of Baseでも有名なナンバーを、より感傷的かつ内省的にアレンジ。
別れと未練を描くこの曲が、オーケストラによって“去りゆくものへの鎮魂歌”へと変化している。
11. 99 Miles from L.A.
旅と距離、そして会いたい気持ちを描いたロード・バラード。
オーケストラの演出が都市と風景を同時に描き出し、原曲以上にシネマティックな印象を与える。
12. Alejate
スペイン語で歌われる哀しいバラードで、別れと距離をテーマにした作品。
言葉の響きとストリングスが絶妙に溶け合い、感情の奥行きを広げている。
総評
『In Symphony』は、Albert Hammondが過去の自作を“いまの自分”として再解釈した、芸術的にも感情的にも円熟の一枚である。
キャリアの中で書き上げた数々の名曲を、ただ懐かしむのではなく、人生を重ねた現在地から改めて歌い直すという行為は、単なるセルフカバーではなく“音楽的自伝”に等しい。
オーケストラと共に鳴らされるこれらの楽曲は、どれもが壮大で、感情豊かで、時代やジャンルを超えて響く“人間の感情”そのものである。
年齢を重ねた声は時に震えながらも、そこに宿る真実味は、若き日の情熱に劣らず深く心を打つ。
このアルバムは、記憶と現在を繋ぐ橋であり、音楽がいかに人の人生と共に歩み続けるかを示す、希有な作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- 『Johnny Cash with the Royal Philharmonic Orchestra』 / Johnny Cash（2020）
同様にクラシカルなアレンジでレジェンドの歌を再解釈した作品。 - 『Duets: Re-Working the Catalogue』 / Van Morrison（2015）
自身の曲を他の歌手とともに歌い直したアルバム。成熟の表現。 - 『The Art of McCartney』 / Various Artists（2014）
ポール・マッカートニーの名曲群をクラシック的に再解釈したトリビュート。 - 『Both Sides Now』 / Joni Mitchell（2000）
オーケストラと共に自身のキャリアを見つめ直した傑作。 - 『The Symphonic Leonard Cohen』 / Leonard Cohen（Posthumous）
文学的かつ重厚な詞世界をオーケストラで表現した試み。
ビジュアルとアートワーク
『In Symphony』のジャケットは、タキシード姿のAlbert Hammondが優雅に微笑み、背後にはフルオーケストラの影が見える。
それはまるで、“音楽という人生の指揮者”となった彼自身の姿を象徴しているかのようだ。
これまで彼が届けてきた歌たちは、いまや弦と管の大海原を航海する壮大な物語へと変貌した。
Albert Hammondの音楽は、終わることなく、より深く、より美しく、響き続けている。
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