発売日: 2013年4月8日（デジタル配信）
ジャンル: アコースティック・フォーク、風刺ソング、ポリティカル・ミニマリズム
概要
『In Memoriam: Margaret Thatcher』は、チャンバワンバが2013年、**バンドの解散後に突如発表した“最後の新曲”**であり、
そのタイトルの通り、イギリス元首相マーガレット・サッチャーの死に寄せた皮肉な追悼歌である。
このシングルは、サッチャーの死去が報じられたその日──2013年4月8日──に合わせてBandcampで無料配信され、
長年彼女の新自由主義政策や労働者階級への抑圧に反対し続けたチャンバワンバの**“最後の抵抗”**として位置づけられる。
バンドは2012年に正式に解散していたが、この一曲のために一時的に再集結。
それは、音楽活動というより歴史に対する返歌／訃報への応答としての側面が強く、
音楽的にはシンプルながら、政治的・文化的にきわめて鮮烈なラスト・ステートメントとなっている。
楽曲解説
In Memoriam: Margaret Thatcher
穏やかなアコースティック・ギターと抑制された女性ボーカルで始まるこの楽曲は、
一見すると物静かな哀歌のように聴こえる。だが、歌詞の内容は極めて辛辣で、
**“忘れることこそが最大の抵抗”**というメッセージが強く込められている。
“She’s not in heaven, she’s not in hell, she’s not in limbo, she’s not unwell…”
“She’s not remembered, she’s not redeemed…”
といったフレーズに代表されるように、
「記憶されるに値しない存在」としてサッチャーを描写し、
死後に“神格化”される政治家たちへの強烈なアンチテーゼを突きつける。
この曲はまた、政治と歴史に対する“感情的記録”としても機能しており、
1980年代に失業、鉱山閉鎖、組合潰しを経験した英国労働者層の怨嗟の記憶を詩的に結晶化している。
音楽的には極限までミニマルだが、
その静けさはむしろ“怒号よりも重く響く”という、後期チャンバワンバらしい表現手法となっている。
総評
『In Memoriam: Margaret Thatcher』は、チャンバワンバというバンドが最後に残した一言として、
音楽史的にも政治文化史的にも、極めて意義深い作品である。
それは、ただの反サッチャー・ソングではない。
むしろ、“権力者を記憶することの危険性”を問う詩的なメタ批評であり、
“忘れる”という行為そのものが、時に最もラディカルな抵抗になりうることを示した楽曲なのである。
本作をもって、チャンバワンバの物語は完全に幕を閉じた。
だが彼らが投げかけたこの問いは、**“歴史は誰のものか？そして誰を記憶するべきか？”**という形で、今も静かに響き続けている。
おすすめ関連楽曲／作品
- Elvis Costello – Tramp the Dirt Down
同じくサッチャーに対する憎悪を直接表現した反骨フォーク。 - Billy Bragg – Between the Wars
労働者階級と反サッチャー世代の代表歌手によるプロテスト・バラッド。 - Crass – How Does It Feel to Be the Mother of a Thousand Dead?
フォークとは真逆の怒号による反サッチャー批判。 - The Mekons – Only Darkness Has the Power
チャンバワンバ同様、左派的英国フォーク・パンクの知性を受け継ぐ存在。 - Pere Ubu – Final Solution
“記憶の抹消”と“文化への皮肉”という点で、詩的共振が感じられる。
最後に
これは単なる風刺ではない。
これは、記憶の倫理そのものへの挑戦である。
そして、それを最後まで歌で行ったチャンバワンバは、
静かに、しかし鋭く、音楽の歴史に楔を打ち込んでいった。
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