I’d Run Away by The Jayhawks(1995)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「I’d Run Away」は、The Jayhawksが1995年にリリースしたアルバム『Tomorrow the Green Grass』に収録されている代表曲のひとつであり、バンドの繊細な叙情性と美しいハーモニーを体現した名バラードである。タイトルが示す通り、歌詞の中心には「逃避」のモチーフがあり、語り手は愛する人との関係の中で、自分の心の弱さと向き合いながら、それでも“離れたくない”という想いを吐露していく。

この楽曲における「逃げ出したい」という感情は、恋愛の終わりや葛藤だけでなく、より深い人間的な矛盾をも示唆している。相手に対する深い愛情があるからこそ、関係が壊れることへの恐れ、そして時に自分自身からも逃げ出したいという衝動が、抑制された言葉とメロディの中に潜んでいる。

そして最後には、何度でも“戻ってきてしまう”——それが本当の気持ちなのだということを、まるで照れ隠しのように、やさしく淡いトーンで告白する。Jayhawksらしい“静かなセンチメンタリズム”が、ここでも鮮やかに表れている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「I’d Run Away」は、マーク・オルソン(Mark Olson)とゲイリー・ルーリス(Gary Louris)の共作であり、Jayhawksの最も美しいコラボレーションのひとつとしてファンに愛されている。この曲が収録されたアルバム『Tomorrow the Green Grass』は、バンドが90年代アメリカーナ・シーンの中心に躍り出た作品であり、特にこの楽曲は、ポップ寄りのメロディと内省的な歌詞が高く評価された。

当時、マーク・オルソンはシンガーソングライターのヴィクトリア・ウィリアムスとの結婚を機に、音楽的にも私生活的にも大きな転換点にいた。そうした“愛”と“変化”がせめぎ合う心理が、この曲に色濃く影を落としている。恋愛のなかで見える不安定さ、だけど離れられない感情——その微妙な機微が、歌詞にもメロディにも繊細に織り込まれている。

また、本楽曲はライブでもしばしば演奏され、ハーモニーの美しさと感情のこもったパフォーマンスで、リスナーの心を掴み続けている。メンバーの離脱と再結成を経た今でも、この曲はJayhawksの「核」として位置づけられる存在である。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「I’d Run Away」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

You could be my unintended / Choice to live my life extended
君は“選んだわけじゃない”人生の伴侶だったかもしれない——でもその分、生きる理由になった

You could be the one I’ll always love
君こそが、ずっと愛し続ける唯一の人かもしれない

I’ll be there as soon as I can
できるだけ早く、君のもとへ行くよ

I would run away
それでも、僕は逃げ出したくなる

I would run away with you
だけど——君と一緒なら、逃げ出したって構わない

引用元:Genius Lyrics – I’d Run Away

4. 歌詞の考察

「I’d Run Away」は、一見すると逃避をテーマにしたラブソングのように見えるが、実際は非常に複雑で繊細な心理描写に満ちている。ここで語られる“逃げたい”という感情は、愛することの重さ、自分の弱さ、そして現実と向き合うことの怖さを背景にしている。

“君となら逃げ出しても構わない”というフレーズには、愛がすべての障壁を越えていく力になることを信じたいという希望と、しかしそれは同時に“理性の放棄”であるという危うさも滲む。つまりこれは、恋愛の持つ“甘さ”と“脆さ”の両面を描いた作品であり、Jayhawksらしい詩的かつリアリスティックなバランス感覚が光る。

さらに、楽曲全体を通して、明確な結論や答えは提示されない。感情は曖昧で揺れており、それがかえってリスナーにとって“自分の物語”として重ねやすい構造を作り出している。この“決して言い切らない”繊細さこそが、Jayhawksの詞世界の大きな魅力であり、聴き手の記憶や体験に寄り添うような存在となっている。

※歌詞引用元:Genius Lyrics – I’d Run Away

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • To Be Alone With You by Sufjan Stevens
    愛と孤独のあいだで揺れる静かな告白。静けさと切なさが共通。

  • She’s in It for the Money by Ron Sexsmith
    現実的な関係の中に見える微かな希望と愛の感情を描く。
  • I Am Trying to Break Your Heart by Wilco
    意識と無意識が交錯するラブソング。複雑な内面が共鳴する。

  • If You See Her, Say Hello by Bob Dylan
    離れた相手への未練と愛を静かに綴るバラード。感情の揺らぎが共通。

6. “逃げる”ことでしか言えない愛のかたち

「I’d Run Away」は、愛を語るには時に“弱さ”や“逃避”という言葉が必要になることを教えてくれる楽曲である。正面からでは伝えられない感情、言葉にすると壊れてしまいそうな想い——そうした繊細な感情のすべてが、この曲には詰まっている。

Jayhawksはこの楽曲で、恋愛を理想化することなく、それでもなお「誰かと共にいること」の価値を信じようとする。その視線はとても優しく、少し不器用で、だからこそ聴く人の心に静かに残る。愛とは、逃げたくなるような瞬間も含めて、なお“共にいることを選ぶ”こと。その美しさと痛みを、Jayhawksは淡い旋律とともに永遠のものとして残した。

そして私たちは、この曲を聴くたびに、誰かと手を取り合って「逃げてもいい」と言えることの尊さを思い出す。愛の正しさではなく、愛のリアルがここにはある。

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