アルバムレビュー：Ichabod and I by The Boo Radleys

アルバムレビュー

2025.05.07

発売日: 1990年7月30日
ジャンル: シューゲイザー、インディー・ロック、ノイズポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側（Behind the Scenes）
- 関連記事:

概要

『Ichabod and I』は、The Boo Radleysが1990年に自主制作でリリースしたデビュー・アルバムであり、のちのメロディックで実験的な傑作群とは異なる、荒削りでノイジーな“原初の姿”を刻んだ作品である。

リバプールのインディーレーベルAction RecordsからカセットとLPのみで限定リリースされた本作は、バンドがのちに“ブリットポップ期のメロディ職人”として知られるようになる以前、シューゲイザー・シーンの深部でうごめいていた時代の音を閉じ込めている。

ギターの轟音、アンビエントな残響、脱構築的なアレンジ、そしてサイケデリアとポップネスの曖昧な境界。
それらが交錯するこの作品は、My Bloody ValentineやRideといった同時代のバンドの影響を色濃く受けながらも、よりラフでDIY的なスピリットに満ちている。

後にバンドの中心人物となるギタリスト、マーティン・キャリルのセンスがすでに垣間見える一方で、歌詞や歌唱には未成熟な部分もあり、未完成ながらも純粋な“衝動”が記録された一作と言える。

全曲レビュー

1. Alone Again Or

Loveによる1967年の名曲のカバーであり、アルバムの冒頭から異色の選曲。
サイケデリック・ポップの原典を轟音ギターで再解釈する手法に、後年の実験性の萌芽を感じさせる。

2. Hip Clown Rag

ファズまみれのギターと、崩れかけたリズムが絡むローファイ・ナンバー。
混沌とした構成のなかにも、独特のポップ感覚が潜んでいる。

3. Catweazle

サイケデリックなコード進行とフィードバックの嵐が印象的。
タイトルは70年代英テレビ番組の魔法使いキャラクターから引用されており、どこか幻想的な不条理感がある。

4. Sweet Salad Birth

音像は厚いがメロディラインは繊細。
後の『Everything’s Alright Forever』以降に通じる“夢見るポップ”のプロトタイプといえる存在。

5. Swansong

ノイズとセンチメンタリズムが衝突するバラード風トラック。
甘い旋律の背後に歪んだ音の壁が立ち上がり、甘美と混沌がせめぎ合う。

6. Happens to Us All

ベースが主導するグルーヴィな1曲。
ヴォーカルはやや引っ込んでおり、シューゲイズ的美学を感じさせる。
歌詞は日常の些細な瞬間を抽象的に綴っている。

7. Flames

イントロから炸裂するギターの嵐。
曲名通り、燃え上がるようなエネルギーに満ちた短編ノイズ・ポップ。

8. Lump It

ビートはミッドテンポながら、ギターの反復がヒプノティックな効果を生み出す。
構成の面では非常にシンプルだが、重ねられた音の厚みが緊張感を保っている。

9. Spaniard

アルバムのなかでは比較的ポップな部類。
キャッチーなメロディが前面に出ており、のちの『Giant Steps』の作風を予感させる一曲。

10. Song for Up!

アルバムを締めくくるにふさわしい、緩やかでドリーミーな楽曲。
ヴォーカルとギターが溶け合い、うっすらとしたノスタルジアが漂う。

総評

『Ichabod and I』は、The Boo Radleysというバンドの「未完成のままの衝動」を真空パックしたような作品である。

音楽的には、当時のUKインディー・シーンに広がっていたシューゲイザーの影響を強く受けながらも、それを単なる模倣に終わらせず、自分たちの感性で無理やりこじ開けていこうとする姿勢が見て取れる。

のちのメロディックで構築的な作品群に比べると、荒さや録音のラフさは否めない。
だが、だからこそこのアルバムには、後年の作品にはない“瞬間の真実”が宿っている。

まるで、曇りがかった英国の空の下で、ギターとフィードバックだけを武器に世界を塗り替えようとしていた若者たちの記録。

今、The Boo Radleysを振り返るとき、この作品は彼らの「出発点」として、そして“いまだ変質しきっていない美学”として、静かに光を放ち続けている。

制作の裏側（Behind the Scenes）

『Ichabod and I』は、当時大学生だったメンバーたちがリバプールのスタジオで限られた時間と予算のなかで録音した、まさに“DIYスピリット”の結晶である。

レコーディングはアナログ一発録りに近く、制作に使われた機材も簡素なものだったが、逆にそれが本作のラフで荒々しい美学を生み出すことになった。

のちに大きな音楽的飛躍を遂げるThe Boo Radleysの“0章”として、この作品は彼らの出発点であると同時に、UKインディーの一時代を象徴する重要な記録でもある。