1. 歌詞の概要
「I Don’t Like Mondays（マンデーなんて大嫌い）」は、1979年にリリースされたThe Boomtown Rats（ブームタウン・ラッツ）による代表曲であり、ポストパンク〜ニューウェーブ黎明期に突如として登場した極めて異色な社会派ポップソングである。
この曲は、ただの“月曜嫌い”を歌った作品ではない。実際には、同年1月にアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで発生した学校銃乱射事件を題材にしており、犯人である16歳の少女ブレンダ・スペンサーが「だって、月曜日が嫌いなのよ」と発言したことに衝撃を受けたフロントマン、ボブ・ゲルドフが、わずか数時間で書き上げたと言われる。
その内容は、決して扇情的な報道をなぞるものではなく、冷静に、そしてどこか空虚な響きを伴って、暴力と日常の交錯、感情の空洞化といった現代的問題を突きつけてくる。ピアノの哀しげな旋律と、子どもたちのような合唱のリフレインが印象的なこの曲は、70年代末にしては異様に静謐で、むしろ冷えきった“怒りの歌”なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲の着想元となった事件――1979年1月29日、16歳の少女ブレンダ・スペンサーが自宅の窓から通学中の小学生と教職員に向けて無差別に銃を発砲。2人が死亡し、8人が負傷するという痛ましい事件である。
警察に動機を問われた彼女は、「I don’t like Mondays. This livens up the day.（月曜日が嫌いなの。ただ、それだけで退屈な日が少し楽しくなると思ったの）」と語った。この無感情とも取れる発言に対し、ボブ・ゲルドフは大きな衝撃を受け、事件の翌日にはこの曲を書き上げたと言われている。
「I Don’t Like Mondays」はすぐにイギリスで大ヒットを記録し、UKチャートで4週連続1位を獲得。一方で、アメリカでは事件を想起させることから、一部のラジオ局では放送自粛されるなど、センシティブな立ち位置となった。
とはいえ、曲は加害者や被害者に直接の判断を下すわけではない。むしろ、「なぜこんなことが起きるのか」「私たちはそれにどう向き合うべきなのか」という静かな問いを投げかけるような構成になっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
冒頭から、異様な静けさとメロディの美しさが耳を引き込む。
The silicon chip inside her head
Gets switched to overload
彼女の頭の中のシリコン・チップが
オーバーロードを起こした
このサイバネティックなイメージは、感情の欠如、機械化された思考、現代社会の病理性を象徴している。少女は“壊れた”のではない。むしろ“過負荷”を起こしてしまったのだ。
And nobody’s gonna go to school today
She’s going to make them stay at home
今日、誰も学校になんか行けない
彼女がそうさせるんだ、みんな家に留まるしかない
これは被害者側の状況を淡々と、皮肉にも淡々と伝えるライン。語り手は状況を“歌う”だけで、決して感情を煽らない。その無感情こそが、かえって不気味で痛烈である。
Tell me why
I don’t like Mondays
なぜだろう？
月曜日が嫌いなんだよ
このリフレインは、加害者の“理由”として引用されながらも、聴き手にとっては問いかけのように響く。これは果たして正当化なのか、批判なのか、あるいは理解不能という告白なのか。聴く者の姿勢がそのまま歌詞の意味を変えてしまうような、二重構造が存在している。
（出典：Genius Lyrics）
4. 歌詞の考察
この曲の最大の特徴は、“大事件を扱いながらも声高なメッセージを持たない”という点にある。ボブ・ゲルドフは、この曲で怒りをぶちまけるのでもなく、悲しみに沈むのでもなく、むしろ“表情を消したまま”社会の歪みを映し出すという異様な構造を採っている。
この“情緒の空白”が、逆に聴き手の胸を締め付ける。彼女はなぜこんなことをしたのか？という問いに、我々は“月曜日が嫌いだったから”という答えしか与えられない。そしてその答えがあまりにも軽く、あまりにも重い。
つまり、「I Don’t Like Mondays」は、**説明できない暴力に直面したとき、人は何を感じるべきか？**という深い倫理的ジレンマを内包している。曲は、私たちが安易に“理解”してしまうことの恐ろしさ、そして“理解不能なまま放置される暴力”の存在を静かに告げている。
また、歌詞に出てくる「silicon chip（シリコン・チップ）」という言葉は、当時の新しいテクノロジーと人間の精神状態を重ねる暗喩でもあり、メディア、情報、孤独、感情の分断といった80年代以降の社会問題を先取りする視座もそこにある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Police on My Back by The Clash
暴力と追跡、逃走と孤独を描いたアジテーション的ロックナンバー。 - The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
宿命と運命を美しく神話的に描く、叙情性の高いニューウェーブ名曲。 - This Is Not a Love Song by Public Image Ltd.
言葉の虚構性とメディアへの挑発をテーマにしたアイロニックな名曲。 - Wendy’s Rollin’ with the Punches by Prefab Sprout
静かな怒りと哀しみを抱えた社会派バラード。優しさと痛みが共存する。
6. 月曜日が嫌いな理由を、誰も知らない
「I Don’t Like Mondays」は、ただの事件ソングでも、プロテストソングでもない。それはむしろ、“言葉にならない現実”の存在そのものを、音楽として封じ込めた作品である。
日常と非日常の境目がぼやけ、暴力が静かに入り込んでくる。誰も叫ばず、誰も泣かず、ただ歌が流れ続ける──そんな異様な構造こそが、曲の最大の“暴力性”なのかもしれない。
The Boomtown Ratsの「I Don’t Like Mondays」は、感情が壊れた時代の中で、唯一“無言で語る”ことを選んだポップソングである。事件のことを知らずに聴いても美しい。それを知って聴けば、胸が痛む。その二重性が、この曲を今も特別なものにしている。月曜日が来るたびに、この歌の意味が、少しずつ変わっていく。
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