1. 歌詞の概要
「Hurricane」は、ロサンゼルス出身のインディーポップ・バンド、Cannonsが2022年にリリースしたアルバム『Fever Dream』に収録された楽曲である。タイトルの通り「ハリケーン(=嵐)」を象徴的に用いたこの曲は、愛や欲望の激しさ、感情の渦巻きの中に身を任せてしまう自己の姿を描いている。
サウンド面ではドリーミーでセクシーなグルーヴが印象的だが、歌詞はその柔らかな音の裏で、暴風のように揺さぶる感情の高まりを描いている。抑えきれない衝動、壊れるとわかっていても突き進んでしまう恋、冷静さを失わせるような引力。そうした“恋の嵐”が、静かでしなやかな語り口で綴られている。
Cannons特有のサイケデリック・ポップの質感に包まれながら、リスナーはまるでその嵐の目に入り込んでしまったかのような、穏やかでいて危うい世界へと誘われていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
Cannonsは、Michelle Joy(ヴォーカル)、Ryan Clapham(ギター)、Paul Davis(キーボード/ベース)からなる3人組で、L.A.のインディー・ポップ・シーンの中で着実に評価を高めてきた。「Hurricane」は彼らがメジャーレーベル(Columbia Records)と契約後のフルアルバム『Fever Dream』に収録された楽曲であり、Cannonsの音楽がより洗練され、夢幻的な美しさをたたえながらも、内面の混乱や苦悩といったエモーションをより強く表現するようになったことを象徴している。
バンドはこの曲を、「自分を失うほどの恋」「破壊と快楽が紙一重である瞬間」をテーマにしていると語っている。ミシェル・ジョイの囁くような歌声と、スローでサイケなリズムは、そのテーマを美しく危ういものとして浮かび上がらせている。
また、「Fire for You」などで見せたような“静かに燃える情熱”とは異なり、「Hurricane」ではより外向きな力強さを感じさせる。とはいえ、その表現はあくまで優雅で、決して粗野にならない。まるで夜の海を襲う嵐のように、静寂と暴力が共存している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“You’re like a hurricane / Spinning ‘round inside my brain”
あなたはまるでハリケーン 私の頭の中で渦を巻いてる“I can’t escape your hold / You pull me in, don’t let me go”
抜け出せないの あなたは私を引き寄せて離さない“All the lights are going low / But I can’t seem to say no”
灯りがすべて消えていく でも私は「ノー」と言えないの“Caught up in your storm again / I know how this story ends”
またあなたの嵐に巻き込まれた この物語がどう終わるかは分かってる
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「Hurricane」は、恋愛の持つ“嵐”のような側面を感覚的に描いた楽曲である。冷静ではいられない、けれども抗えない。そのような愛の渦に巻き込まれたときの感情を、非常に詩的かつ身体的に表現している。
「Spinning ‘round inside my brain(頭の中をぐるぐると回っている)」という表現は、理性が吹き飛ぶような強い衝動を象徴しており、それが「あなた」という存在によって引き起こされるものであることがわかる。さらに、「Say no(ノーと言えない)」というフレーズには、自らの意思で止められない関係性の不穏さ、そして快楽と破滅が共存しているような危うさが込められている。
この曲は、単なる恋愛の喜びではなく、むしろ“破壊的な美しさ”を伴う情熱を描いている。終わりが見えていながらも突き進んでしまう関係、その不可逆性と甘美さを、まるで夢の中で体験しているかのように淡々と歌い上げることで、現実と幻想の境目が曖昧になっていく。
「Caught up in your storm again(またあなたの嵐に巻き込まれた)」という一節からは、これは一度きりの体験ではなく、何度も繰り返される依存的な関係であることが示唆されている。快楽と破滅、愛と自己喪失、そのすべてを甘受してしまう主人公の姿は、リスナーの心の深い場所にまで静かに突き刺さってくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fade Into You by Mazzy Star
甘く幻想的な音像と、恋における沈黙と執着が同居する世界観は、Cannonsの作品と非常に通じるものがある。 - Everything Is Embarrassing by Sky Ferreira
恋愛における自意識の揺らぎと、シンセ・ポップの儚い美しさが共鳴する。 - Genesis by Grimes
電子的でありながら有機的、そして感情の暴風が包み込むようなサウンドスケープ。 - Dark Spring by Beach House
ドリームポップの深淵を覗くような重層的なサウンドと、感情の嵐を表現したリリックが共鳴。 -
Before the World Was Big by Girlpool
静かな感情の高まりとノスタルジア、関係性の境界を模索する姿勢が、Cannonsとシンクロする。
6. 嵐の中心で静かに燃える――Cannonsが描く“感情の力学”
「Hurricane」は、Cannonsが感情の風景をどれほど緻密に描き出すことができるかを証明した楽曲である。そのサウンドは、あくまでソフトで、ビートは深夜の街を歩くようにスムーズで、ヴォーカルはまるで誰かに耳打ちするような親密さを帯びている。
それでいて、そこにはとてつもない力が秘められている。嵐のような恋に呑み込まれそうになる感情。破壊されてもなお求めてしまう衝動。そして、再びその嵐に飛び込んでしまう、繰り返しの構造。それらすべてが、音とリリックの両面で描かれている。
Cannonsの強みは、「強さ」を叫ばずに表現することだ。彼らの音楽は決して過剰ではなく、むしろ引き算によって深い感情の層を浮かび上がらせる。そして、「Hurricane」はその手法の最たる例として、静かなる激情の美しさを私たちに伝えてくれる。
まるで自ら嵐の目に入っていくような、その甘美で危うい感覚――それがこの曲の核心なのである。
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