アルバムレビュー:Hours… by David Bowie

発売日: 1999年10月4日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、アンビエント・ポップ


終わりの始まり、始まりの終わり——静かなる時の流れに身を委ねて

『Hours…』は、David Bowieが1999年に発表した22作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Earthling』でのエレクトロニックな衝動から一転、内省的で落ち着いたトーンに包まれた作品である。
タイトルの「…」が示すように、本作は時間、喪失、回想、そして再出発といった“境界の揺らぎ”をテーマとしており、ボウイにとって初めて“歳を取ること”を正面から受け止めたアルバムでもある。

1990年代末のデジタル時代の入口にあって、敢えてノスタルジックなギターロックを中心に据えた本作は、未来ではなく“いまここ”にいる自分自身との対話に重きを置いている。
制作パートナーは引き続きリーヴス・ガブレルズであり、サウンドはギター主体ながらもミニマルで、過剰な装飾を排したシンプルさが特徴。

“ロック・スター”でも“異星人”でもない、ただのDavid Bowieとして、“時間”という不可逆の流れを音楽で刻もうとするその姿勢は、静かに胸を打つ。


全曲レビュー

1. Thursday’s Child
優しく、ほろ苦いメロディが印象的なアルバムの幕開け。
過去を振り返りながらも未来に向かう視線を持つ、まさに“木曜日に生まれた者”の内省と希望を歌ったバラード。

2. Something in the Air
冷静さと激情のバランスが絶妙なミディアムナンバー。
崩壊寸前の関係と、その静けさの中に潜む危機感を繊細に描く。ギターの緊張感も秀逸。

3. Survive
「君なしでも生きていける」と繰り返すリリックが切実。
中期ボウイの中でも特に“生”と“喪失”のリアルな感覚が詰まった一曲。

4. If I’m Dreaming My Life
6分超に及ぶ長尺バラード。
夢と現実の境界が曖昧になるような、スロウコア的浮遊感が支配する。

5. Seven
アコースティック・ギター主体のフォーキーな小品。
“七つの恐怖”と“七つの許し”という宗教的・象徴的な世界観を含み、ボウイ流の現代の祈りとも言える。

6. What’s Really Happening?
若手ファンの書いた詩を元に制作された異色曲。
若者とボウイの視点が交錯するリリックがユニークで、やや皮肉も混じるポップロック。

7. The Pretty Things Are Going to Hell
グラム期への自己批評とも言える、鋭いロックナンバー。
華やかな“美しきものたち”が崩壊していく様を見つめながら、ボウイ自身もその列の中にいることを受け入れているようだ。

8. New Angels of Promise
神秘性とドラマ性を兼ね備えた、アルバム中最もスケールの大きいトラック。
信仰、テクノロジー、変革といったテーマが浮かび上がる。

9. Brilliant Adventure
日本的な旋律とミニマルな編成が美しいインストゥルメンタル。
アルバムの中でひときわ静かな“間”を生み出している。

10. The Dreamers
「我々は夢見る者たち」という一節で締めくくられる、希望と絶望のはざまに立つラスト。
瞑想的なコード進行が、余韻の中で静かに響く。


総評

『Hours…』は、David Bowieが“時の流れ”と“老い”を正面から受け止め、そこに逃げずに音楽で対話を試みた、キャリアの中でも稀有な作品である。
それは決して“過去への後退”ではなく、むしろ“時間の真ん中”に立って、立ち尽くすことそのものを肯定するような姿勢がある。

サウンドはあくまでシンプルで穏やかだが、だからこそ、ボウイの声と言葉がじっくりと染み渡ってくる。
未来を語るのでも、過去を美化するのでもなく、「いまここにいる」ことの意味を、静かに問いかけてくるのだ。

『Hours…』とは、“時”を重ねてきた者にしか鳴らせない、柔らかくも重みのある“静かなアルバム”なのである。


おすすめアルバム

  • The Raven That Refused to Sing / Steven Wilson
    死と時間をテーマにした現代プログレの傑作。『Hours…』の精神性と響き合う。

  • The Boatman’s Call / Nick Cave and the Bad Seeds
    内省的で宗教的な静謐を湛えたバラード集。『Hours…』の静けさと感情の深みを共有する。

  • Black Tie White Noise / David Bowie
    90年代ボウイの再出発点。よりジャジーでソウルフルだが、人生後半の自画像という点で通じる。

  • Rain Dogs / Tom Waits
    雑多なサウンドと老成した語り。“変わり続ける男”としてのボウイと重なる部分が多い。

  • Bowie at the Beeb / David Bowie
    初期ボウイのBBC音源集。『Hours…』を聴いたあとに、原点に立ち返る視点としておすすめ。

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