アルバムレビュー:Hole Erth by Toro y Moi

※本記事は生成AIを活用して作成されています。


発売日:2024年9月6日

ジャンル:オルタナティヴ・ポップ、エモ・ラップ、インディー・ロック、エレクトロニック・ポップ、ハイパーポップ、チルウェイヴ

概要

Hole Erth は、Chaz Bearによるプロジェクト、Toro y Moiが2024年に発表したスタジオ・アルバムである。Toro y Moiは、2010年の Causers of This でチルウェイヴの代表的存在として注目されて以降、ファンク、ソウル、ハウス、R&B、シンセ・ポップ、インディー・ロック、サイケデリック・ポップを横断してきたアーティストである。彼のキャリアは、一つのジャンルを深めるというより、時代ごとの音楽的身体感覚を取り込みながら、自分の声とプロダクションを更新し続ける過程として理解できる。

本作 Hole Erth は、その中でも特に現代的なサウンドの衝突が目立つ作品である。従来のToro y Moiにあったチルウェイヴ的な霞、ファンクの柔らかいグルーヴ、R&B的な内省、インディー・ポップの軽さに加え、ここではエモ・ラップ、ポップ・パンク、ハイパーポップ、オルタナティヴ・ロック、クラウド・ラップ的な質感が大胆に混ざっている。過去作の滑らかな洗練とは異なり、本作にはあえてラフで、断片的で、インターネット以降の感情の散らかりをそのまま受け止めたような質感がある。

タイトルの Hole Erth は、明らかに通常の “Whole Earth” からずらされた表記として読める。「全地球」を意味するようでありながら、そこには “Hole”、つまり穴、欠落、空洞がある。地球全体を見渡すようなスケールと、個人の内側にぽっかり空いた穴が同時に示されている。これは本作の音楽性にもよく対応している。地球規模で接続されたインターネット文化、ジャンルを越えた音楽の混在、SNS時代の自己表現がある一方で、歌詞や音像には孤独、疲労、依存、自己像の不安定さがにじむ。世界は広がっているのに、中心には空洞がある。その感覚が本作の核である。

Toro y Moiの過去作と比較すると、Hole Erth は特に Boo Boo の内省的な電子ポップ、Outer Peace の軽やかなダンス感、Mahal のバンド的なグルーヴを経た後に、さらに若い世代の音楽語法へ接近したアルバムと言える。だが、単なる流行の追随ではない。Chaz Bearはエモ・ラップやポップ・パンク的な語彙を取り入れながらも、それを自身の長年の特徴である浮遊感、柔らかい声、淡いメロディ、ジャンル横断的なプロダクションに接続している。結果として本作は、Toro y Moiらしいアルバムでありながら、従来のリスナーにとってはかなり異質な作品にもなっている。

音楽的な背景としては、2010年代後半以降のジャンル崩壊が重要である。ラップ、ロック、エレクトロニック・ミュージック、ポップ・パンク、インディー・ポップは、ストリーミング時代において以前ほど明確に分かれていない。若いリスナーは、SoundCloudラップ、エモ、TikTok経由のポップ、ハイパーポップ、2000年代ポップ・パンク、インディーR&Bを同じプレイリストで聴く。Hole Erth は、そうした時代の聴取環境をToro y Moiの視点から再構成したアルバムである。

歌詞面では、恋愛、自己不信、パーティーの後の虚脱、消費文化、オンライン上の自己像、現代的な孤独が中心にある。過去のToro y Moi作品では、感情はしばしば淡く、間接的に描かれていたが、本作ではより直截的で、時に若々しく、時にわざと軽い言葉で不安が語られる。深刻な感情を深刻なサウンドだけで包むのではなく、明るいビート、歪んだギター、ラップ的なフロウ、ポップなフックの中に置くことで、現代的な情緒の複雑さを表現している。

Hole Erth は、Toro y Moiのキャリアにおいて賛否が分かれやすい作品でもある。Underneath the Pine や Anything in Return の洗練されたグルーヴ、Boo Boo の夜の内省、Mahal の温かいバンド感を求めるリスナーには、本作の荒さやエモ・ポップ的な要素が唐突に感じられる可能性がある。しかし、Chaz Bearが常にジャンルを移動してきたアーティストであることを考えると、本作は非常に自然な一歩でもある。Toro y Moiは、過去の自分を再演するのではなく、その時代の音楽的な空気を吸い込み、自分の方法で再配置してきた。Hole Erth はその2020年代版である。

全曲レビュー

1. Walking in the Rain

オープニング曲「Walking in the Rain」は、アルバムの導入として、孤独と移動のイメージを提示する楽曲である。雨の中を歩くという行為は、ポップ・ミュージックの中で古くから使われてきた情景だが、本作ではそれが現代的な内省の場面として響く。雨は感情の浄化であり、同時に視界をぼかすものでもある。歩くことは前進でありながら、目的地のない漂流でもある。

音楽的には、Toro y Moiらしい柔らかなメロディ感と、近年のエモ・ポップ/オルタナティヴ・ポップ的な湿度が結びついている。ビートは過度に重くならず、声は音の中に少し沈む。従来のチルウェイヴ的な霞を思わせる部分もあるが、ここではより感情の輪郭がはっきりしており、単なるノスタルジーではなく、現在進行形の不安として聴こえる。

歌詞のテーマは、孤独な移動、過去の関係の記憶、感情を抱えたまま進むこととして読める。雨の中を歩く人物は、何かから逃げているのか、何かへ向かっているのか分からない。その曖昧さが本曲の魅力である。アルバム全体が持つ、世界との接続と個人の空洞というテーマを静かに開く一曲である。

2. CD-R

「CD-R」は、タイトルだけで強い時代感覚を持つ楽曲である。CD-Rは、2000年代の個人制作、ミックスCD、データの焼き付け、安価な記録媒体、インターネット以前と以後の境界を思わせる。Toro y Moiはチルウェイヴの時代から、デジタルとノスタルジーの関係を扱ってきたアーティストだが、本曲ではその記憶がより具体的なメディア名として現れる。

音楽的には、ローファイな質感と現代的なビートが交差する。CD-Rというタイトルが示すように、完璧な高音質や高級なプロダクションではなく、個人的な記録、焼き付けられたデータ、少し劣化した音の記憶が重要である。サウンドにはエモ・ラップ以降の感覚もあり、過去のメディアへの郷愁が現代のフロウと接続されている。

歌詞では、記録すること、忘れられない感情、かつての自分との距離がテーマになっていると考えられる。CD-Rは一度焼くと簡単には書き換えられない記録媒体であり、その点で過去の記憶の比喩としても機能する。変わったようで変わらない感情、古いファイルのように残り続ける関係の断片が、曲全体に漂っている。

3. HOV

「HOV」は、短いタイトルの中に、ヒップホップ文化への参照や、ステータス、自己像、移動のイメージを含む楽曲として聴くことができる。Toro y Moiはラッパーではないが、本作ではラップ以降のフロウ、ヴォーカル処理、ビート感覚を積極的に取り込んでいる。この曲はその方向性を示す一曲である。

音楽的には、従来のToro y Moiの滑らかなファンクやシンセ・ポップとは異なり、より硬質で断片的なビートが目立つ。声の置き方も、メロディを優先するだけでなく、リズムの中で言葉を刻む感覚が強い。エモ・ラップやクラウド・ラップの影響を感じさせながらも、Chaz Bear特有の浮遊感が残っているため、完全にヒップホップへ振り切るわけではない。

歌詞のテーマは、自己演出、成功、移動、現代的なアイデンティティの揺れとして読める。HOVという響きが持つ威勢や記号性に対して、Toro y Moiの声はどこか柔らかく、自己誇示と自己不信が同時に存在している。現代のポップ・ミュージックにおける「強く見せること」と「内側の不安」の矛盾を、コンパクトに示す楽曲である。

4. Tuesday

「Tuesday」は、曜日をタイトルにした楽曲である。火曜日は週末の高揚からも、週の終わりの解放からも遠い、どこか中途半端な日である。ポップ・ミュージックでは金曜日や土曜日の祝祭が多く歌われるが、火曜日は日常の停滞や反復を象徴しやすい。本曲では、その地味な曜日感覚が現代的な空虚さと結びついている。

音楽的には、メロディアスでありながら、どこか気だるい。ビートは軽く、サウンドにはポップな親しみやすさがあるが、全体の空気は過度に明るくない。Toro y Moiの得意とする、爽やかさと寂しさの中間にある音像が活かされている。ギターやシンセの配置も、日常の淡い反復を感じさせる。

歌詞では、特別ではない日の感情、何かが起きそうで起きない時間、関係性の停滞が描かれていると考えられる。火曜日というタイトルは、人生の多くが劇的な瞬間ではなく、こうした曖昧な日常でできていることを示している。Hole Erth の中で、派手なジャンル混合の裏にある生活感を支える一曲である。

5. Hollywood

「Hollywood」は、名声、映画、イメージ産業、夢と虚構の中心地をタイトルにした楽曲である。Toro y Moiは長くインディー・シーンの中で活動してきたが、成功や注目の中で自己像がどのように作られるかという問題は、彼の作品にも繰り返し現れる。本曲では、Hollywoodという記号を通じて、見られること、演じること、消費されることがテーマになっている。

音楽的には、ポップな華やかさと、その裏側の空虚さが同居している。ビートやメロディには耳を引く明るさがあるが、サウンドの処理にはどこか人工的な光のような質感がある。これはHollywoodという言葉にふさわしい。表面はきらびやかだが、その光は作られたものであり、近づくと疲労や孤独が見えてくる。

歌詞では、成功への憧れ、イメージの演出、現実との距離が扱われていると読める。Toro y Moiの声は、スター性を誇示するというより、そのイメージを少し冷めた位置から見ている。Hollywoodは夢の場所であると同時に、自分を見失う場所でもある。本曲は、本作の「世界とつながりながら空洞を抱える」感覚を象徴する楽曲である。

6. Reseda

「Reseda」は、ロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーにある地名を思わせるタイトルである。ハリウッドの中心ではなく、郊外的で日常的な地名を置くことで、前曲「Hollywood」と対になるような感覚もある。華やかなイメージ産業の中心から少し離れた場所、生活の実感が残る場所として機能している。

音楽的には、より落ち着いたムードがあり、都市の外れを車で走るような感覚がある。ビートは強すぎず、メロディは淡く、Toro y Moiらしい都市的なメランコリーが漂う。サウンドは現代的でありながら、どこか古いラジオや深夜のプレイリストのような親密さを持つ。

歌詞のテーマは、場所の記憶、華やかさからの距離、個人的な生活圏としての都市である。Hollywoodが見られるための場所だとすれば、Resedaは暮らすための場所である。本作では、そうした場所の差異を通じて、成功と日常、虚構と現実の間で揺れる自己が描かれている。

7. Babydaddy

「Babydaddy」は、家族、責任、親密さ、現代的な関係性を連想させるタイトルである。言葉自体には軽さや俗語的な響きがあるが、その背後には親になること、関係の継続、責任の所在、恋愛と家庭の境界といったテーマが含まれている。Toro y Moiがこのような語を使うことで、私的な生活とポップな軽さが接続される。

音楽的には、リズムの軽快さと、歌詞の持つ複雑な関係性が対照的である。サウンドは遊び心を持ち、声の配置にもラップ的な軽さがある。一方で、テーマとしては単なる冗談では終わらない。Chaz Bearは、深刻なテーマをあえて軽い語感で扱うことで、現代の人間関係の曖昧さを表現している。

歌詞では、恋愛、家庭、責任、自己像が混ざり合う。親密さは必ずしも安定を意味しない。むしろ、関係が複雑になるほど、役割や呼び名が曖昧になる。本曲は、Hole Erth におけるポップな表面と私的な不安の結びつきをよく示す一曲である。

8. Madonna

「Madonna」は、宗教的な聖母像とポップ・アイコンとしてのMadonnaの両方を連想させるタイトルである。この二重性は、本作のテーマに非常によく合っている。崇拝される女性像、アイコン化された身体、ポップ文化における神聖化と消費。そのすべてがこのタイトルに含まれている。

音楽的には、ポップなフックと、やや人工的な音像が印象的である。サウンドは明るいが、どこか距離があり、アイコンを遠くから眺めるような感覚がある。Toro y Moiはここで、ポップ・ミュージックの華やかさを完全に否定するのではなく、そのイメージの作られ方を意識しながら再利用している。

歌詞では、理想化、欲望、崇拝、消費の問題が読み取れる。Madonnaという名前は、単なる人物名ではなく、ポップ文化における巨大な記号である。そこに個人的な感情を重ねることで、相手を見ることと、相手をアイコンとして消費することの境界が曖昧になる。本曲は、現代的な視線の問題を扱う楽曲である。

9. Undercurrent

「Undercurrent」は、表面下の流れ、潜在的な感情、目に見えない力を意味するタイトルである。Hole Erth は、派手なジャンル混合やポップなフックを持ちながら、その下には常に不安や寂しさが流れている。本曲は、その隠れた流れをタイトルとして明示している。

音楽的には、比較的内省的で、音の流れが滑らかである。ビートは強く押し出すより、下から曲を運ぶように機能する。シンセやギターの響きは、表面ではなく奥行きを作る。Toro y Moiの声も、感情を直接説明するのではなく、音の流れの中に溶けている。

歌詞のテーマは、言葉にされない感情、関係の下にある不安、意識の奥に残るものとして読める。人間関係には、表面上の会話や態度とは別に、常に見えない流れがある。本曲は、その流れに耳を澄ませる楽曲であり、アルバム中盤から後半にかけて感情の深度を増す役割を担っている。

10. Off Road

「Off Road」は、舗装された道から外れることを意味するタイトルである。これはToro y Moiのキャリアそのものにも重なる。チルウェイヴ、ファンク、R&B、ギター・ロック、シンセ・ポップを経て、本作でさらにエモ・ラップやポップ・パンクへ接近する姿勢は、まさに既定の道から外れる行為である。

音楽的には、少しラフで、自由な動きがある。ビートやギターの扱いには、道路の外を走るような不安定さがあり、整いすぎたポップ・プロダクションとは異なる感触がある。Toro y Moiの過去作の洗練を知るリスナーには、この荒さが意図的なものとして聴こえる。

歌詞では、決められたルートから外れること、予定調和を避けること、自己の方向性を見直すことがテーマになっていると考えられる。Off Roadは自由である一方、危険もある。舗装道路の快適さを捨てることは、自分の居場所を不安定にすることでもある。本曲は、Chaz Bearのジャンル横断的な姿勢を象徴する一曲である。

11. Smoke

「Smoke」は、煙、曖昧さ、消えていくもの、視界を遮るものを意味するタイトルである。Toro y Moiの音楽には、初期から霞やぼやけた記憶の感覚があったが、本曲の煙はより現代的で、少し疲れた空気を持っている。煙は雰囲気を作るが、同時に実体を見えにくくする。

音楽的には、メロウで、少しダークな質感がある。音は大きく広がるというより、空間の中に漂う。ビートは控えめで、ヴォーカルも煙のように輪郭がにじむ。過去のチルウェイヴ的なぼやけ方に近いが、本作ではよりエモ・ラップ以降のメランコリーが加わっている。

歌詞のテーマは、消えゆく関係、記憶の曖昧さ、気分の停滞として読める。煙は何かが燃えた後に残るものでもある。つまり本曲には、すでに何かが終わった後の残り香のような感覚がある。派手な別れではなく、静かに漂う喪失感が表現されている。

12. Heaven

「Heaven」は、天国、救済、理想の場所を意味するタイトルである。本作の中では、非常に大きな概念を持つ曲名だが、Toro y Moiの扱いは単純な幸福や宗教的救済ではない。天国は本当に存在するのか、あるいは消費文化や恋愛、成功の中で作られた幻想なのか。その問いが背景にある。

音楽的には、明るさと浮遊感がありながら、どこか手触りが不確かである。シンセやメロディは上昇感を持つが、サウンド全体は完全な解放へは向かわない。Chaz Bearの声も、天国を確信して歌うのではなく、その場所を想像しながら半信半疑で見つめているように響く。

歌詞では、救済への欲望、理想化された関係、現実から離れたい気持ちが描かれていると考えられる。Hole Erth が空洞や欠落を抱えたアルバムであるなら、「Heaven」はその空洞を埋めるために想像される場所である。しかし、その天国もまた蜃気楼のように不確かである。アルバム後半の精神的な広がりを担う楽曲である。

13. Starlink

「Starlink」は、衛星通信網を連想させる非常に現代的なタイトルである。地球全体をネットワークで包み込むような技術のイメージがあり、アルバム・タイトル Hole Erth とも強く響き合う。世界中が接続される一方で、個人の孤独は消えない。その矛盾が本曲の背景にある。

音楽的には、電子的な質感が目立ち、宇宙的、通信的なイメージを喚起する。ビートやシンセは、地上ではなく空の上を経由する信号のように響く。Toro y Moiの柔らかい声がその中に置かれることで、巨大な技術インフラと個人の小さな感情が対比される。

歌詞のテーマは、接続、距離、テクノロジー、孤独である。ネットワークが発達すればするほど、人はより近くなるはずだが、実際には心の距離が残り続ける。Starlinkというタイトルは、その現代的な矛盾を非常に端的に表している。本作の「地球規模」と「個人の穴」をつなぐ重要な楽曲である。

14. Whatever

ラストを飾る「Whatever」は、諦め、投げやりさ、受け流し、無関心を示す言葉である。アルバム全体が、愛、都市、成功、記憶、オンライン時代の接続、孤独を扱ってきた後、最後に「Whatever」と言うことには大きな意味がある。それは完全な絶望ではなく、情報や感情が多すぎる時代における防衛反応のように響く。

音楽的には、終曲として大きな結論を示すのではなく、やや脱力した余韻を残す。サウンドにはポップな軽さがありながら、感情は完全には晴れない。Toro y Moiらしく、重いテーマを重く終わらせすぎず、少し肩をすくめるような距離感で閉じている。

歌詞のテーマは、答えの不在、諦め、現代的な疲労として読める。世界は接続され、ジャンルは混ざり、自己像は拡散し、感情は常に通知のように押し寄せる。その中で「Whatever」と言うことは、無関心であると同時に、生き延びるための態度でもある。本作の締めくくりとして、非常に現代的な終わり方である。

総評

Hole Erth は、Toro y Moiのキャリアの中でも特に現代的で、ジャンルの境界が崩れた作品である。チルウェイヴ、エモ・ラップ、ポップ・パンク、シンセ・ポップ、インディー・ロック、オルタナティヴR&Bが混ざり合い、滑らかな統一感よりも、インターネット時代の感情の断片性が重視されている。従来のToro y Moi作品の中でも、特にラフで、若い世代の音楽語法に近いアルバムと言える。

本作のテーマは、地球規模の接続と個人の空洞である。「CD-R」では古い記録媒体への記憶が現れ、「Hollywood」や「Madonna」ではイメージ産業とアイコン化が扱われる。「Reseda」では華やかな中心から離れた生活圏が示され、「Starlink」では地球全体を覆う通信網が登場する。しかし、どれほど世界が接続されても、歌の中心には孤独や不安がある。Hole Erth というタイトルは、その構造をよく表している。

音楽的には、過去のToro y Moiの洗練をあえて崩すような場面が多い。Anything in Return の整ったエレクトロニック・ポップ、Boo Boo の夜のシンセR&B、Mahal の温かいグルーヴに比べると、本作はより雑多で、粗く、ジャンルの接合部が露出している。そのため、完成度を滑らかさだけで測ると戸惑うかもしれない。しかし、この露出した接合部こそが本作の重要な点である。2020年代の音楽は、もはやジャンルが完全に溶け合ったものではなく、異なる断片が衝突したまま共存する場所になっている。本作はその感覚を反映している。

Chaz Bearのヴォーカルは、本作でも強く感情を押し出すものではない。むしろ、エモ的なテーマやラップ以降のフロウを取り入れながらも、彼特有の柔らかさと距離感が保たれている。これにより、本作は完全なエモ・ラップにも、ポップ・パンクにも、インディーR&Bにもならない。どの要素も通過しながら、最終的にはToro y Moiの曖昧な温度へ戻ってくる。

歌詞面では、過去作よりも時代の記号が目立つ。CD-R、Hollywood、Madonna、Starlinkなど、メディア、アイコン、通信、都市のイメージが並ぶ。これらは単なる固有名詞ではなく、現代の自己像がどのように作られ、保存され、拡散し、消費されるかを示す記号である。Toro y Moiはそれらを批評的に扱いながらも、完全に外側から批判するわけではない。彼自身もまた、その文化の中にいる。その内側からの観察が、本作に説得力を与えている。

日本のリスナーにとって Hole Erth は、Toro y Moiの過去作と比べても評価が分かれやすい作品である。チルウェイヴやファンク、シティ・ポップ的な滑らかさを求める場合、本作のエモ・ラップ的な要素やラフなポップ・パンク感覚は意外に響くかもしれない。一方で、2020年代のジャンル横断的なポップ、ハイパーポップ以降の音響、エモとラップとインディーの融合に関心があるリスナーには、Toro y Moiがどのように現在の空気を取り込んでいるかがよく分かる作品である。

総じて Hole Erth は、Toro y Moiが自らの過去の美学を安全に再演するのではなく、現代の混線したポップ環境へ飛び込んだアルバムである。そこには滑らかな完成よりも、穴、欠落、接続、記号、自己像の揺れがある。地球全体がつながった時代に、個人の中にはまだ埋まらない空洞がある。その空洞を、Chaz Bearはチルウェイヴの霞ではなく、エモ・ラップ、ポップ・パンク、シンセ・ポップの断片を使って描いている。本作は、Toro y Moiの変化し続ける姿勢を示す、2020年代的な問題作である。

おすすめアルバム

1. Toro y Moi – Boo Boo

シンセ・ポップ、オルタナティヴR&B、チルウェイヴ的な内省が強く表れた作品である。Hole Erth の内向的な電子音響の基盤を理解するうえで重要で、「Girl Like You」などに見られる夜の孤独感は本作にもつながっている。

2. Toro y Moi – Mahal

2022年発表のアルバムで、ファンク、サイケデリック・ロック、インディー・ポップを温かいバンド・サウンドでまとめた作品である。Hole Erth とは質感が大きく異なるが、Chaz Bearがジャンルを移動しながら自分の音楽性を更新していく過程を理解するうえで重要である。

3. 100 gecs – 1000 gecs

ハイパーポップ以降のジャンル崩壊を象徴する作品であり、ポップ・パンク、エレクトロニック、ラップ、ノイズ的な音響を衝突させたアルバムである。Hole Erth の雑多なジャンル混合や、インターネット的な感覚を理解するうえで参照しやすい。

4. Jean Dawson – Pixel Bath

インディー・ロック、エモ、ヒップホップ、エレクトロニックを横断する作品であり、Hole Erth と同じくジャンルの境界を曖昧にする現代的なポップ感覚を持つ。感情の荒さとプロダクションの現代性が共存している点で比較しやすい。

5. Blood Orange – Angel’s Pulse

R&B、インディー・ポップ、ヒップホップ、電子音楽を軽やかに横断した作品であり、現代的な都市の孤独や親密さの揺らぎを描く点で Hole Erth と親和性が高い。Toro y MoiよりもR&B寄りだが、ジャンルを固定しないポップ感覚を理解するうえで有効な一枚である。

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