発売日: 2016年4月22日
ジャンル: インディーポップ、シンセロック、パワーポップ、ニューウェーブ
概要
『Helter Seltzer』は、We Are Scientistsが2016年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、
そのタイトルが示す通り、「Helter Skelter(混乱)」と「Seltzer(水の泡)」を掛け合わせた造語で、
バンドの遊び心とポップセンスが全開になった、“炭酸のような混乱”をテーマにした作品である。
前作『TV en Français』(2014年)で見せたギターロック+パワーポップのバランスをさらにポップに寄せ、
今作ではシンセの比重が増し、80年代ニューウェーブ的な輝きと現代的なプロダクションが融合している。
プロデュースにはかつてArctic Monkeysなどを手がけたMax Hartも関与し、
明快なメロディ、厚みのあるキーボード、そして疲れた心に効くような軽やかさが、アルバム全体を包んでいる。
また、メンバー自身が「自分たち史上もっとも“美メロ”を意識した」と語っており、
“音楽の快楽性”を純粋に追求した作品とも言える。
全曲レビュー
1. Buckle
バンドらしいユーモアとポップセンスが炸裂するオープニング。
「締めつけてくれ、僕を抑えてくれ」という歌詞が、恋愛における自己制御と快楽のせめぎ合いを表す。
カラフルなシンセとダンサブルなリズムが癖になる。
2. In My Head
本作のハイライト。
記憶と妄想、未練と幻覚が交差するような歌詞とともに、シンセとギターが夢のように溶け合う名曲。
タイトルどおり“頭から離れない”中毒性が魅力。
3. Too Late
レトロなドラムマシンとスロウなテンポが印象的。
“手遅れだった”という結論を淡々と歌うことで、逆に胸に響くポップ・バラードに仕上がっている。
泣き笑いのバランス感が絶妙。
4. Classic Love
陽気なシンセポップと共に届けられる、どこか時代遅れな恋愛観へのノスタルジア。
“クラシックな愛”を讃える一方で、その不器用さや滑稽さも微笑ましく描く。
5. Waiting for You
タイトルの通り、“待つ”ということに対する苛立ちと希望の両面を、軽快なメロディで包み込む。
コーラスの多重録音が耳に心地よく、ライブでの多幸感を想起させる。
6. Headlights
最もエモーショナルなナンバー。
暗闇の中で“ヘッドライトだけが見える”という情景が、不安と微かな希望のメタファーとして作用する。
ピアノの美しさが際立つ1曲。
7. We Need a Word
We Are Scientists特有の“言葉の欠如”をテーマにしたインテリポップ。
「何か名前をつけないと、この関係が壊れそうだ」と歌いながら、言語化の限界と不安定な関係性を見事に表現。
8. Want for Nothing
穏やかなテンポの中で、“もう何も望まない”という空虚と平穏の間を漂うような一曲。
退屈さを美しさに昇華する構成が印象的。
9. Forgiveness
リズミカルなビートと切ないメロディが絡む、“赦し”をテーマにしたミッドバラード。
どこか80年代のAORやブルー・アイド・ソウルの香りも漂う。
10. Waiting for You (Reprise)
静かなアウトロ。
アルバム前半のハイライト曲をインストゥルメンタル的に再構築し、余韻とともに幕を閉じる。
この“帰ってくる感覚”が作品全体を包み込む。
総評
『Helter Seltzer』は、We Are Scientistsが**自らのキャリアを笑い飛ばしながらも、
音楽的には極めて洗練されたポップ作品を作り上げた“成熟期の決定打”**である。
彼らはもう焦らないし、叫ばない。
その代わりに、さりげなく鋭く、滑らかに、そして抜群にポップに、
日常のすれ違いや後悔、妄想や願望をメロディに変換する技術を極めた。
過去作のエネルギーが“爆発”だったとすれば、
今作は**“炭酸の泡のように弾けて消える儚さ”**。
その軽さと切なさが共存する“ヘルター・セルツァー”の名は、
まさに今のWe Are Scientistsを象徴している。
おすすめアルバム
- Phoenix『Ti Amo』
シンセポップとメロディの甘さが近く、洗練された軽快さを共有。 - Bleachers『Gone Now』
80年代の感覚を現代的に解釈したポップセンスが共鳴する。 - The 1975『I Like It When You Sleep…』
ポップと哲学、ユーモアとエモーションの交差点にいる感覚が似ている。 -
Passion Pit『Kindred』
明るい音像と内省的テーマのバランスが近似。 -
Two Door Cinema Club『False Alarm』
シンセとギターの融合、そして“踊れる憂鬱”という感覚において兄弟的作品。
ファンや評論家の反応
『Helter Seltzer』はリリース当時、**「We Are Scientistsらしさが最もよく出ている」「過去作のエッセンスを集約したような作品」**としてファンに受け入れられ、
特に「Buckle」や「In My Head」はライブでも定番化していった。
批評家からは、“何気ない日常を切り取る職人芸”や“力まない快作”として高く評価され、
前作以上に“ポップバンドとしての完成形”に近づいた作品として再評価が進んでいる。
『Helter Seltzer』は、感情の泡立ちとその消失までを、美しく、軽やかに描いた小さな傑作である。
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