Hallelujah by Leonard Cohen(1984)楽曲解説

 


1. 歌詞の概要

Hallelujah“は、カナダの詩人・シンガーソングライター、**Leonard Cohenレナード・コーエン)**が1984年に発表した楽曲で、彼の7作目のアルバム『Various Positions』に収録されています。この曲は、宗教的な言語と官能的なイメージ、そして深い精神的探求を織り交ぜた極めてユニークな作品であり、リリースから数十年を経てもなお、世界中で愛され続ける“現代のスタンダード”です。

タイトルの「Hallelujah(ハレルヤ)」は、もともとヘブライ語で「神を讃えよ」を意味する言葉。しかし、コーエンはこの語を単なる宗教的賛美ではなく、人間の痛み、愛、裏切り、救済といった深遠なテーマを包含する多層的な言葉として再解釈しました。

彼のヴァージョンでは、**聖書の物語(ダビデ王とバテシバ、サムソンとデリラ)**が引用されつつも、それは単なる宗教的象徴ではなく、人間の愛や苦悩のメタファーとして巧みに再構築されています。結果としてこの曲は、神への賛美でもあり、愛への賛歌であり、敗北と再生を描く魂の讃歌として成立しているのです。


2. 歌詞のバックグラウンド

レナード・コーエンはこの曲の完成に非常に長い時間をかけました。なんと80〜150以上のヴァース(詩節)を執筆したと言われており、彼自身もその完成に「苦しみと執念」を感じていたことを語っています。最終的に1984年のアルバム『Various Positions』には7つのヴァースが収録されましたが、その後もライブで披露されるたびに異なるヴァースが選ばれたり、新たに追加されたりしています。

リリース当初、このアルバムはコロンビア・レコードによって「売れない」と判断され、アメリカでは正式に発売されませんでした。しかし、1990年代に入り**ジョン・ケイル(John Cale)ジェフ・バックリー(Jeff Buckley)**らによるカバーが注目され、徐々に楽曲の評価が高まっていきました。今では、**200以上のアーティストによってカバーされる“21世紀の民謡”**のような存在になっています。


3. 歌詞の抜粋と和訳

Lyrics:
Now I’ve heard there was a secret chord
That David played, and it pleased the Lord

和訳:
「昔、秘密のコードがあったという
ダビデがそれを奏でると、神は喜んだ」

Lyrics:
But you don’t really care for music, do you?
和訳:
「でも君は音楽なんて興味ないんだろ?」

Lyrics:
It goes like this: the fourth, the fifth
The minor falls, the major lifts

和訳:
「こうだよ:4度、5度
短調が落ちて、長調が持ち上がる」

Lyrics:
Love is not a victory march
It’s a cold and it’s a broken Hallelujah

和訳:
「愛は勝利の行進なんかじゃない
それは冷たく、壊れた“ハレルヤ”なんだ」

(※歌詞引用元:Genius Lyrics)

この“cold and broken Hallelujah(冷たく壊れたハレルヤ)”という表現は、完璧な美や救済を求めるのではなく、傷ついた存在の中にこそ真実の賛美があるという、コーエンらしい逆説的真理の象徴です。


4. 歌詞の考察

Hallelujah“は、宗教的な文脈を持ちながらも、完全に個人的かつ詩的な物語として展開されます。そのため、聴き手それぞれが自分自身の経験や感情と重ね合わせて読み解く余地を多く残しています。

✔️ 信仰と懐疑のあいだ

「ハレルヤ」という言葉が繰り返されるにもかかわらず、この曲は決して単純な信仰の賛美ではありません。むしろコーエンは、信仰に裏切られ、愛に傷つき、言葉の意味すら見失った者が、それでもなお“ハレルヤ”と歌う行為の尊さを描いています。

✔️ 音楽理論と神話の融合

「4度、5度、マイナー、メジャー」といった音楽的構造が直接的に歌詞に組み込まれているのは珍しく、そこに聖書の物語(ダビデ、バテシバ、サムソンなど)が混ざり合うことで、音楽そのものが神聖な儀式のように描かれている印象を与えます。

✔️ 官能と神性の境界線

多くのヴァースでは、性的で官能的なイメージが強く描かれます。これはコーエンにとって、「肉体的な愛」と「精神的な救済」が決して切り離されたものではなく、むしろ一体のものとして存在するという思想に基づいています。


5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Famous Blue Raincoat” by Leonard Cohen
     → 内省と赦しをテーマにした手紙形式の名曲。
  • Grace” by Jeff Buckley
     → 神秘性とロマンスが共存するボーカル表現の極致。
  • “Suzanne” by Leonard Cohen
     → 宗教的・詩的なイメージが溢れる初期代表作。
  • “The Mercy Seat” by Nick Cave & The Bad Seeds
     → 宗教と暴力、救済の葛藤を描くダーク・ゴスペル。
  • “Anthem” by Leonard Cohen
     → 壊れた世界に光を見出そうとする祈りのような一曲。

6. 『Hallelujah』の特筆すべき点:個人の傷と普遍の讃美が交差する歌

“Hallelujah”は、以下のような意味で特別な楽曲です。

  • ✝️ 宗教的用語を用いながらも、信仰そのものを問う視点
  • 🎶 音楽理論を詩の一部として組み込む革新性
  • 💔 失われた愛や裏切りを“賛美”として昇華する逆説的構造
  • 📖 歌詞が絶えず変化し続ける“生きたテキスト”である点
  • 🌍 多くのアーティストによって解釈され、再構築されてきた「現代の民謡」

結論

Hallelujah“は、神を信じたことがある人にも、信じられなかった人にも、そして信じたいと願う人にも届く不思議な歌です。

この曲における「ハレルヤ」とは、勝利でも救済でもない。むしろ**“壊れたままでも歌うこと”の尊さ、祈りのかたちそのもの**なのです。

コーエンはこう語りました:

“There’s a blaze of light in every word. It doesn’t matter which you heard: the holy or the broken Hallelujah.”
「すべての言葉には光が宿る。
聴こえたのが“聖なるハレルヤ”であれ、“壊れたハレルヤ”であれ、それでいいのだ。」

その言葉の通り、”Hallelujah”は人間のすべての瞬間を肯定するための、静かな賛美歌であり続けています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました