アルバムレビュー:Hail to the Thief by Radiohead

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発売日: 2003年6月9日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、エレクトロニカ、アートロック


不確かな時代への怒りと祈り——Radioheadが描く“盗まれた世界”の地図

2003年、Radioheadは6作目となるHail to the Thiefを発表する。
そのタイトル(“盗人万歳”)は当時のアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュへの政治的皮肉とも受け取れるが、実際にはより普遍的な問い——誰が世界を動かしているのか? 私たちはどこへ向かっているのか?——を投げかける作品である。

このアルバムでは、前作Kid AAmnesiacで打ち立てた電子音響と実験性を継承しながら、再びギターやバンドアンサンブルを中心に据えた“原点回帰と革新の同居”が試みられている。
全体としては不穏で散漫にも感じられるが、それこそが“制御不能な世界”のリアルを反映した結果なのかもしれない。

Radioheadはここで、“世界が壊れていく音”と“それでもなお音楽を鳴らす意味”を同時に提示している。
21世紀初頭の恐怖、不安、希望——それらがすべて混在する地図のような作品なのである。


全曲レビュー:

1. 2 + 2 = 5

冒頭から強烈な政治的皮肉が炸裂する、激情のロックナンバー。
「これは事実じゃない。これはニュースなんだ」というラインは、ポスト・トゥルース時代を予見していたかのようだ。

2. Sit Down. Stand Up.

静寂と爆発が交錯する2部構成。
後半の「雨が降る、雨が降る、雨が降る」という反復が、黙示録的なビジョンを描き出す。

3. Sail to the Moon

トム・ヨークが息子に宛てたとされる美しいバラード。
優しくも不穏なコード進行が、希望と恐れを同時に包み込む。

4. Backdrifts

電子音とビートが漂う浮遊感のある1曲。
社会から取り残されていく感覚を“音の沈黙”で表現しているかのよう。

5. Go to Sleep

変拍子のギターリフとヴォーカルのズレが不安定な現実を映し出す。
歌詞には現代文明への皮肉が込められている。

6. Where I End and You Begin

うねるようなベースラインが印象的な、ダークでメロディックな楽曲。
自己と他者の境界が曖昧になっていく様子を、美しいノイズが包む。

7. We Suck Young Blood

スローで不協和音が支配する、不気味なゴスペル。
搾取社会への批判が、まるで吸血鬼のようなイメージで歌われる。

8. The Gloaming

電子ノイズと重低音が支配するミニマル・トラック。
“薄明かり”というタイトルが示す曖昧な世界を描く音響詩。

9. There There

ラジオヘッドらしいメランコリックなギターロック。
リズムの反復とギターの重ねにより、喪失と願いが音像として積み上がる。
アルバムの中でもっとも明快な“歌”であり、ライヴでも人気が高い。

10. I Will

短く静かな鎮魂歌のような曲。
イラク戦争を想起させるリリックも含み、死者たちへの哀悼と祈りが込められている。

11. A Punchup at a Wedding

ファンク調のリズムに乗せて、嫉妬や裏切りを皮肉に描く。
社会的トピックよりも“個人の感情”が強く滲む異色作。

12. Myxomatosis

轟音ベースとデジタルな歪みが特徴の、攻撃的なナンバー。
“うさぎの病気”にたとえて、情報操作や群集心理を批判する。

13. Scatterbrain

風に散らされるような思考、感情の断片。
ギターのテクスチャーとトムのヴォーカルが溶け合い、忘却の美しさを描く。

14. A Wolf at the Door

アルバムのクロージングを飾る、スポークンワードとメロディの融合。
日常的な恐怖と政治的な怒りが交錯し、詩的で破壊的な余韻を残す。


総評:

Hail to the Thiefは、Radioheadの作品の中でもっとも“断片的で過剰”な印象を与えるアルバムである。

だがその混沌こそが、イラク戦争、情報過多、国家の暴力、ポスト9.11の不安定な世界といった2000年代初頭の空気感を余すことなく映し出している。
このアルバムに通底するのは、「怒り」と「不信」と「それでも生きようとする意志」だ。

整合性よりも現実性。
完成度よりも断絶感。
その選択こそが、Hail to the Thiefを唯一無二の“ラジオヘッド的マニフェスト”たらしめている。


おすすめアルバム:

  • Blur / Think Tank
     政治と個人の混在するポストブリットポップの名作。
  • TV on the Radio / Desperate Youth, Blood Thirsty Babes
     都市的混沌と音の詩学が交差する傑作。
  • David Bowie / Outside
     物語と破片的音響が混在する、Bowieの実験的アルバム。
  • PJ Harvey / Let England Shake
     戦争と国家をテーマにしたポリティカルなアートロック。
  • Thom Yorke / Tomorrow’s Modern Boxes
     The Gloaming以降のヨークのソロ的展開を予感させる作品。

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