発売日: 2017年10月20日
ジャンル: R&B、ソウル、オルタナティブR&B
H.E.R.(本名:ガブリエラ・ウィルソン)が2017年にリリースしたセルフタイトルのデビューアルバムH.E.R.は、彼女の音楽キャリアを一気にスターダムへ押し上げた意欲作だ。本作は、彼女の2枚のEP『H.E.R. Vol. 1』(2016年)と『H.E.R. Vol. 2』(2017年)の楽曲を収録し、さらに新曲を加えた全21曲というボリュームのある構成になっている。
本アルバムの最大の魅力は、H.E.R.の圧倒的な才能と独自のアーティスト性が随所に表れていることだ。ソウルフルでありながら、現代的なR&Bのテクスチャを持つ楽曲群は、恋愛の複雑さや内省的な感情を率直に描き出している。彼女の滑らかなボーカルとシンプルかつ深みのある楽器編成が一体となり、リスナーを感情の渦へと誘う。アルバム全体を通して、「声」と「沈黙」のバランスが絶妙で、H.E.R.の音楽が空間を支配する。
トラックごとの解説
1. Losing
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、重厚なベースラインと繊細なピアノのアレンジが特徴。H.E.R.の柔らかな声が、恋愛の中での迷いと失望を丁寧に語る。「I’m losing patience」というフレーズが、関係性の緊張感を象徴している。
2. Avenue
スムーズで都会的なR&Bトラックで、H.E.R.のボーカルがメロディの中で軽やかに舞う。「Why you bother me?」というラインに表れる、恋愛における微妙な駆け引きが共感を呼ぶ。
3. Let Me In
しっとりとしたピアノバラード。歌詞には、愛を受け入れる勇気と不安が表現されている。シンプルな楽器構成が、H.E.R.の繊細なボーカルを引き立てている。
4. Focus
アルバムの中でも特に人気の高い楽曲。恋愛における孤独感と愛されたいという欲求を描く。「Can you focus on me?」という繰り返しのフレーズが胸に響く。ミニマルなアレンジが曲全体の感情的インパクトを高めている。
5. Jungle
Drakeの楽曲「Jungle」のカバーでありながら、H.E.R.の解釈が加わることで、より親密で感情的な作品に仕上がっている。アコースティックなアレンジが、彼女のボーカルの豊かさを際立たせている。
6. Every Kind of Way
ロマンティックなラブソングで、H.E.R.の官能的なボーカルが印象的。「I wanna love you in every kind of way」という歌詞が、愛の深さと多様性を示している。
7. Best Part (feat. Daniel Caesar)
アルバムの中でもハイライトの一つで、カナダのR&Bアーティスト、ダニエル・シーザーとのデュエット曲。アコースティックギターを中心としたミニマルなアレンジが、二人のハーモニーを際立たせる。「You’re my water when I’m stuck in the desert」という詩的な歌詞が美しい。
8. Changes
ジャジーなコード進行が心地よい楽曲で、自己反省と成長のテーマが描かれている。歌詞には、変化を受け入れることの難しさと、それによって得られる解放感が込められている。
9. Free
よりスローテンポで、感情的に訴えかける楽曲。H.E.R.の控えめなボーカルが、自由と解放のテーマを丁寧に表現している。
10. Rather Be
軽快なビートと官能的なメロディが融合した楽曲。恋人と過ごす時間の美しさを歌っており、心地よいグルーヴが特徴。
アルバム総評
H.E.R.は、シンプルでありながら洗練されたサウンドデザインと、H.E.R.の比類なき表現力が際立つアルバムだ。恋愛の喜び、痛み、葛藤といった普遍的なテーマを、新鮮な視点で描き出しており、アルバム全体が一つの物語のように感じられる。ミニマルな楽器編成を活かしながら、彼女の声が感情の中心に置かれている点も印象的だ。
このアルバムは、H.E.R.の音楽的な才能を証明すると同時に、現代R&Bの中で彼女が果たす重要な役割を明らかにしている。ポップ性と芸術性を兼ね備えた作品として、初めて聴く人にも長年のファンにも新鮮な感動を与える一作だ。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
“Ctrl” by SZA
恋愛や自己探求をテーマにしたリリックと、洗練されたR&Bサウンドが共通点。特に女性の視点で語られるストーリーが響く。
“Freudian” by Daniel Caesar
H.E.R.とコラボした「Best Part」を含む、ソウルフルで感情的なアルバム。ミニマルなアレンジと詩的な歌詞が印象的。
“Anti” by Rihanna
アンビエントR&Bやソウルの要素が融合した作品で、H.E.R.の実験的なサウンドに共鳴する部分が多い。
“Songs in the Key of Life” by Stevie Wonder
クラシックなソウルと感情的な歌詞が特徴の名盤。H.E.R.の音楽的ルーツに興味がある人におすすめ。
“A Seat at the Table” by Solange
社会的テーマと個人的な感情が融合した深いアルバム。H.E.R.の内省的なアプローチに惹かれるリスナーに最適。
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