
楽曲の概要
「REALiTi」は、Grimesが2015年3月に発表した楽曲である。当初は正式なシングルというより、2013年に録音されながら未発表になっていた曲を、アジアツアーの映像とともに公開したものだった。その後、同年11月発売の4枚目のアルバム『Art Angels』に新たなミックスの「REALiTi」が収録された。
作詞・作曲、プロデュース、ボーカルはGrimesことClaire Boucher自身。2015年3月に公開されたデモ版と『Art Angels』収録版では音の仕上げが異なり、デモ版は輪郭が少し曖昧で空間の広いサウンド、アルバム版はドラムやシンセがより鮮明で力強い仕上がりになっている。
歌詞では、変化していく現実を受け入れる難しさや、過去を振り返りながら現在を生きる感覚が描かれる。明るく踊れる電子音の中に不安や孤独が入り込み、「現実」という重い言葉を軽やかなダンスポップへ変えているところが大きな特徴だ。
歌詞の概要
「REALiTi」の語り手は、過去と現在の間で揺れているように見える。以前は物事がもっと簡単だったと振り返りながら、現在では日々の生活そのものが自分を試すものになっていると感じている。
歌詞には、一人でいることへの不安もある。誰かとの関係を失った後の歌として読むこともできるが、特定の恋愛だけに限定されてはいない。以前とは違う場所へ進み、自分自身も変わってしまった人物が、現在の生活に適応しようとしている歌としても解釈できる。
タイトルの「REALiTi」は、通常の「reality」をGrimesらしい表記へ変えたものだ。歌詞では現実が安定した場所として描かれていない。むしろ毎日形を変え、そのたびに向き合い方を学ばなければならないものとして現れる。
それでも、曲は絶望だけには向かわない。現実が難しいという認識と、その中で生き続けようとする動きが同時にある。過去へ完全に戻ることも、現在を完全に理解することもできない。その中間で揺れている状態が曲の中心である。
制作背景・時代背景
「REALiTi」が作られたのは、Grimesが2012年のアルバム『Visions』で世界的な注目を集めた後の時期である。『Visions』は「Oblivion」「Genesis」などを収録し、ベッドルームで作られた実験的な電子音楽とポップなメロディを結びつけた作品として高く評価された。
その成功後、Grimesは次作の制作を進めたものの、完成までには時間がかかった。「REALiTi」は2013年に録音された曲で、本人によれば当初制作していたアルバムに入る予定だった。しかし、その時期の作品群は最終的にアルバムとして発表されず、Grimesは新しい方向で制作をやり直すことになる。
2015年3月に公開された際、Grimesは「REALiTi」について、デモであり、完成したミックスではないことを説明していた。元のAbleton Liveのプロジェクトファイルも失われていたため、公開された音源は残っていたMP3を元にしたものだったという。
ところが、このデモ版は予想以上に好意的に受け止められた。その結果、『Art Angels』には「REALiTi」を改めて作り直したアルバム版が収録されることになった。CDやデジタル版では新しいミックス、アナログ盤ではデモ版が採用されるなど、二つの「REALiTi」が公式作品の中に残る形になった。
『Art Angels』では、Grimesはそれまで以上にギター、ベース、バイオリンなどを自分で演奏しながら、ポップソングとして明快な構成を押し出した。「REALiTi」は『Visions』の夢のような電子音と、『Art Angels』の鮮明で外向きなポップサウンドの間に位置する曲として聞くことができる。
歌詞の抜粋と和訳
“Every morning there are mountains to climb”
和訳:毎朝、越えなければならない山がある。
ここでの「山」は文字通りの登山ではなく、毎日の生活で直面する困難の比喩として読める。大きな危機が一度だけ訪れるのではなく、朝が来るたび新しい問題に向き合わなければならない。
この感覚がタイトルの「現実」と結びついている。現実とは一度理解すれば終わるものではなく、毎日更新されるものだ。曲の反復するビートも、その終わらない日々の感覚を支えている。
サウンドと歌詞の考察
「REALiTi」でまず耳に残るのは、柔らかなシンセサイザーと一定の速度で進む電子的なビートである。特に2015年3月に公開されたデモ版では、それぞれの音の輪郭が少しぼやけ、ボーカルも演奏の中に溶け込んでいる。
この曖昧さが歌詞によく合う。曲の題材は「現実」なのに、サウンドは現実をくっきり描写するのではなく、記憶や夢のように霞んでいる。語り手自身が現在を完全にはつかめていないため、聞き手も少し不安定な空間の中に置かれる。
リズムはその曖昧な空間とは対照的である。ドラムは一定のパターンを繰り返し、曲を止めずに前へ運ぶ。歌詞では過去を振り返っているのに、ビートだけは後ろへ戻らない。この「振り返る歌詞」と「進み続けるリズム」の組み合わせが重要だ。
Grimesのボーカルも、一般的なポップシンガーのように一つの声を中央へ大きく置く方法とは違う。高い声を何層にも重ね、主旋律、コーラス、音色としての声を混ぜている。そのため、誰か一人が目の前で歌っているというより、複数の記憶が同時に聞こえてくるような感覚がある。
この多重ボーカルは『Visions』から続くGrimesの特徴だが、「REALiTi」ではメロディがかなり分かりやすい。実験的な声の処理を使いながら、中心には一度聞けば覚えやすいポップな旋律がある。奇妙な音と親しみやすいメロディを対立させず、同じ曲の中へ入れる彼女の作曲方法がよく表れている。
特にサビでは、タイトルの言葉が反復されることで、抽象的な「現実」という概念が音として身体に残る。哲学的に現実とは何かを説明する曲ではない。むしろ「reality」という言葉を繰り返し歌い、リズムの中へ埋め込むことで、毎日避けられず戻ってくるものとして感じさせる。
デモ版とアルバム版の違いも、この曲を理解するうえで面白い。デモ版は音が柔らかく、各パートの境界も曖昧である。全体が一つの霧のように広がるため、歌詞の孤独や過去への視線が強く感じられる。
対して『Art Angels』版では、低音とドラムの存在感が増し、シンセサイザーもより明確になる。ボーカルの配置も整理され、曲全体が前へ出てくる。同じメロディなのに、デモ版が「現実について考えている曲」なら、アルバム版は「現実の中を動いている曲」に近い印象を与える。
この違いは『Art Angels』というアルバムの方向とも一致する。同作のGrimesは、「Kill V. Maim」や「Flesh without Blood」などで、以前より直接的なドラムやギター、大きなサビを使っている。「REALiTi」をその世界へ入れるためには、デモの霞んだ音をそのまま置くより、輪郭を強める必要があったと考えると理解しやすい。
それでも、アルバム版が単純に「完成版」でデモ版が劣っているとは言い切れない。デモ版が公開されたときに強い反響を得たのは、その不完全さが曲の内容と偶然よく重なったからでもある。失われた制作ファイル、過去に作った曲、アジアツアーの記録という背景まで含めると、デモ版そのものが過去の断片のように聞こえる。
2015年に公開されたミュージックビデオも、上海、シンガポール、マニラ、ジャカルタなど、Grimesがアジアツアー中に訪れた場所で撮影された映像から構成されていた。豪華な物語を作るのではなく、移動中に見た街や風景をつなぐことで、曲にある「変化し続ける現在」という感覚を補強していた。
「REALiTi」は、その意味で完成と未完成の境界にある曲でもある。一度は捨てられた過去の作品が公開され、聞き手の反応によって再び現在へ戻り、さらに別の形で完成した。歌詞が扱う過去と現在の関係を、楽曲そのものの制作過程まで繰り返している。
そしてサウンドの核にあるのは、悲しさを静かなバラードにしなかったことだ。不安や孤独を歌いながら、電子ビートは踊れる速度を維持する。現実が苦しいから止まるのではなく、苦しい現実の中でも身体は動き続ける。この感覚が「REALiTi」を単なる内省的な曲ではなく、Grimesらしいダンスポップにしている。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Genesis」 by Grimes
『Visions』を代表する曲で、柔らかなシンセ、電子的なビート、多重録音された高いボーカルなど「REALiTi」の前段階にある要素を多く聞ける。「REALiTi」より夢の中にいるような感触が強い。
「Flesh without Blood」 by Grimes
『Art Angels』収録曲。「REALiTi」のアルバム版よりさらにギターとドラムを前へ出し、Grimesのポップソングとしての明快さを押し進めている。人間関係から離れていく歌詞も、過去との距離を扱う点でつながる。
「Oblivion」 by Grimes
明るく軽快な電子音の裏側に、不安や危険についての歌詞を置いた『Visions』の代表曲。サウンドの楽しさと歌詞の重さを単純に一致させない方法が「REALiTi」と共通している。
「Bipp」 by SOPHIE
2013年の電子音楽を代表する一曲。Grimesとは音作りが異なるが、人工的で奇妙な音色を使いながら、非常に覚えやすいポップなメロディを成立させている。同時代の実験的ポップの広がりを感じられる。
「Running Up That Hill」 by Kate Bush
電子的なリズムを反復しながら、人間関係や変化について大きなメロディで歌う曲。時代は異なるが、個性的な声、セルフプロデュース的な制作姿勢、実験性とポップさを同時に成立させる点でGrimesにつながる。
まとめ
「REALiTi」は、変わり続ける現実の中で過去を振り返り、それでも現在を進んでいく感覚をダンスポップへ変えた曲である。歌詞には孤独や不安があるが、一定の電子ビートは止まらない。そのため、苦しさに沈むというより、答えがないまま日々を進む感覚が残る。
さらにこの曲には、2013年に録音され、一度は未発表となり、2015年にデモとして公開された後、再制作されて『Art Angels』へ収録されたという特殊な経緯がある。霞んだデモ版と輪郭の強いアルバム版は、どちらか一方だけが正解というより、同じ曲の異なる時間を記録したものとして聞くことができる。
過去と現在、未完成と完成、内省的な歌詞と踊れるビート。その境界を行き来すること自体が「REALiTi」の特徴である。『Visions』から『Art Angels』へ進むGrimesの変化を記録すると同時に、「現実は毎日新しく向き合わなければならない」という歌詞の感覚を、楽曲自身の複雑な制作史まで含めて感じさせる作品である。
参照元
- Grimes『Art Angels』
- 4AD『Art Angels』
- Grimes「REALiTi」公開時コメント
- Pitchfork「Grimes: “REALiTi”」
- Pitchfork『Art Angels』
- The FADER「Grimes: Art Angel」
- NME「Grimes unveils previously unheard track ‘REALiTi’」

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