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発売日: 1980年3月10日
ジャンル: ロック、ニュー・ウェーブ、パワーポップ、ピアノロック
ガラスの家から石を投げろ——“優等生”ビリー・ジョエルの挑発と再構築
1980年、Billy Joelは『Glass Houses』という少々挑発的なタイトルのアルバムを発表した。
前作『52nd Street』でグラミー賞を受賞し、名実ともにアメリカを代表するシンガーソングライターとなった彼が、敢えて“ロック回帰”と“ポップの軽快さ”を押し出し、自己像を更新しようとした実験作である。
タイトルの「Glass Houses(ガラスの家)」は、英語のことわざ「人のことを批判するなら、自分のガラスの家に石を投げるような真似はするな」から取られており、
これはジョエル自身が“批評家や周囲のイメージ”に対して抱いた苛立ちと反骨精神の象徴でもある。
ギターを前面に押し出したエネルギッシュなロック・ナンバーと、シニカルでキャッチーなリリック。
それでいて、随所にジョエルらしい叙情や語り口も残るという、“ロックアルバムとしての完成度と、ポップ作家としての才覚”が融合した名作である。
全曲レビュー
1. You May Be Right
オープニングからロックンロール全開のヒット曲。
「俺はクレイジーかもしれないけど、それが正しかったのかもな」というフレーズに、ジョエルの自己否定と開き直りが同居する。
パワフルなリフとコーラスが爽快。
2. Sometimes a Fantasy
セクシャルな妄想を軽妙に描くポップロック。
電話越しの空想という80年代的シチュエーションが、ユーモラスかつキャッチーに響く。
疾走感のあるアレンジが気持ちいい。
3. Don’t Ask Me Why
ラテン風味のリズムとアコースティックなアレンジが特徴の異色作。
人生の不条理や恋愛の矛盾を、肩の力を抜いた語り口で描いている。
ジョエルの“語り手”としての側面がよく表れている。
4. It’s Still Rock and Roll to Me
“新しい音楽”ばかりを追い求める風潮へのアンチテーゼ。
「それでもロックンロールはロックンロールなんだよ」という直球なメッセージが、ジョエルの音楽観を鮮やかに示している。
全米No.1を記録した大ヒット曲。
5. All for Leyna
強迫観念に取り憑かれたような恋を描いた、ニュー・ウェーブ調のスピーディなナンバー。
シンセサイザーの使用とリズムのタイトさが、当時のUKシーンを意識させる。
6. I Don’t Want to Be Alone
軽快なポップチューンだが、歌詞はどこか哀愁を帯びた孤独の告白。
恋人との距離感、繋がりの脆さを描くジョエルの観察眼が光る。
7. Sleeping with the Television On
眠れぬ夜、テレビをつけっぱなしで感じる虚無感をテーマにした、都会的なブルーなラブソング。
キャッチーなメロディと、“一人で過ごす夜”のリアルな感覚が絶妙にマッチしている。
8. C’était Toi (You Were the One)
フランス語のフレーズを取り入れた、メロディアスなバラード。
自己嫌悪と後悔の混じる視点で、愛の終わりを見つめる。
ジョエルの繊細な感情表現が味わえる一曲。
9. Close to the Borderline
パンク的なアグレッションが印象的なナンバー。
タイトル通り“ギリギリの精神状態”を描いた、ジョエルにしては異色の攻撃性を持つトラック。
10. Through the Long Night
アルバムのラストに配置された、静謐で幻想的なバラード。
夜を通して傍にいることの意味を、夢の中のように優しく語りかける。
穏やかな終幕。
総評
Glass Housesは、Billy Joelが“優等生的シンガーソングライター”の殻を破り、ロックアーティストとしての意志を明確に打ち出したエポックメイキングな作品である。
全体を貫くのは、“大衆に迎合しない”という強い意志と、“自分のスタイルは自分で決める”という開き直り。
その反骨精神が、彼にとっての80年代の始まりを象徴している。
とはいえ、本作の魅力は単なるロック回帰にとどまらない。
ジョエルの観察眼、語りの巧さ、メロディのポップさがすべて健在であり、音楽的冒険と職人的完成度が共存する奇跡的なバランスがここにある。
ガラスの家に住みながら、堂々と石を投げる。
そんな不器用で勇敢なビリー・ジョエルの姿が、このアルバムには焼きついている。
おすすめアルバム
- Elvis Costello – This Year’s Model
ニュー・ウェーブと語りの妙が融合した名作。ジョエルの“怒れる男”像と共鳴。 - Joe Jackson – Look Sharp!
都会的で知的なロック。Glass Housesのタイトなリズム感と相性が良い。 - The Cars – Candy-O
ポップとパンクのバランスが絶妙なニュー・ウェーブ代表作。All for Leynaの延長線。 - Warren Zevon – Excitable Boy
ユーモアとダークな社会観察が混じる語り手系ロック。ジョエルと精神的な共通点あり。 - Paul McCartney – McCartney II
DIY的実験精神とポップメロディの共存。ジョエルの80年代的変化と比較して面白い。
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