
1. 歌詞の概要
「Girlfriend in a Coma(昏睡状態の彼女)」は、The Smiths(ザ・スミス)が1987年に発表したラストアルバム『Strangeways, Here We Come』からのシングルであり、バンドが事実上の解散を迎える直前に世に出された、奇妙で儚く、そしてどこか笑ってしまうような風変わりなラブソングである。
そのタイトルからもわかるように、楽曲の語り手は“昏睡状態に陥っている恋人”について語っている。しかしその言い回しや口調はあまりに軽妙で、深刻さを拒むようなユーモアと自虐的な皮肉に満ちている。「本当に悲しいんだ。でも同時に、ちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ嬉しい」というフレーズに象徴されるように、この曲は“愛と嫌悪の両義性”を静かに、しかし確実に突いてくる。
内容は一見ブラックジョークにも映るが、そこにあるのは、感情の混乱、人間関係の矛盾、そして“喪失すらも受け止めきれない自己”の物語である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Girlfriend in a Coma」は、1987年にバンドの解散が現実味を帯びてきた頃にリリースされたシングルで、ザ・スミスにとって最後のオリジナルアルバム『Strangeways, Here We Come』の先行曲として発表された。モリッシーとジョニー・マーの不仲が決定的となった時期でもあり、その空気感はこの楽曲にもどこか滲んでいる。
音楽的には驚くほど軽やかで、アコースティック・ギターのシンプルなコード進行と、透明感のあるストリングスによって構成されている。その明るいメロディとは裏腹に、歌詞の内容は昏睡状態の恋人に対して抱く複雑な感情──つまり「死にかけている彼女に同情しつつも、過去の関係には疲弊していた自分」が描かれる。
また、この曲はBBCラジオでは一時的に放送禁止扱いとなった。理由は、歌詞が“病的すぎる”というものであったが、それもまたザ・スミスらしいといえるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、本作の印象的な一節を抜粋し、和訳を添えて紹介する。
Girlfriend in a coma, I know
彼女が昏睡状態にあることは、わかってるI know, it’s serious
本当に深刻なことだって、わかってるさThere were times I could have murdered her
だけど、時々、本当に彼女を殺したくなるほどだったBut you know, I would hate anything to happen to her
でも、彼女に何か起きるなんて、やっぱり耐えられないんだWould you please let me see her?
彼女に会わせてくれないか?
出典:Genius – The Smiths “Girlfriend in a Coma”
4. 歌詞の考察
この楽曲の真骨頂は、“深刻な状況をいかに軽やかに、そして正直に描けるか”というテーマに挑戦している点にある。昏睡状態の恋人というセンセーショナルな設定を前にして、語り手は極端な言葉とともに、自らの矛盾した感情を吐露する。
「殺したいほどだったけど、死なれると困る」という矛盾は、まさに愛と憎しみの紙一重を象徴している。しかもそれを、嘆くこともなく、叫ぶこともなく、ただ淡々と、まるで日常の延長線のように語ることで、逆にその感情の重さが浮き彫りになってくる。
この“淡白さ”は、モリッシーの詩作に共通する技法でもある。悲劇を過剰に悲しまず、むしろ諧謔として語る。そうすることで、聴き手は語り手の“人間くささ”に共感しやすくなるのだ。
さらに、「Would you please let me see her?(彼女に会わせてくれ)」という結びのフレーズが、突然感情の核に触れるような切実さを放っているのも印象的である。すべてを自嘲で覆いながらも、やはり最後には「本当に大切なもの」を失いかけている現実に直面する。その構造こそが、この曲を単なるジョークでは終わらせない力を持たせている。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Death of a Disco Dancer by The Smiths
人生と死、虚無感を抽象的に描いた『Strangeways, Here We Come』の別の名曲。 - I Know It’s Over by The Smiths
愛が終わるときの喪失と自己嫌悪を、劇的かつ静かに綴ったバラード。 - She’s in Parties by Bauhaus
死と儚さ、そして美への耽溺が交錯する、ゴシックなラブソング。 - Elephant Gun by Beirut
別れを祝うような祝祭的なサウンドに、痛みと名残惜しさが隠された逸曲。 - This Is the Day by The The
人生の変わり目に立つ主人公の戸惑いと希望を、陽気なサウンドに包んだ異色の名曲。
6. 愛は時に、矛盾のなかにある──哀しみをユーモアでくるんで
「Girlfriend in a Coma」は、深刻な愛の喪失を、あえて明るいトーンと簡潔な言葉で描いた異色のラブソングである。だが、それがこの曲を「軽い」ものにしているわけではない。むしろ、真剣な悲しみを“茶化す”ことでしか受け止められない人間の弱さや複雑さが、鋭く、そして哀しく浮き上がってくる。
モリッシーは常に“冗談のように語ることで、最も真剣な感情を伝える”という手法を得意としてきた。彼にとって、痛みは笑いと隣り合わせであり、死すらも語りの対象として消化される。だからこそ、「Girlfriend in a Coma」は不穏でありながらも、美しい。
この曲が発するのは、「愛している」でも「悲しい」でもなく、「そういうこと、あるよね」という、ある種の“人生の観照”である。それが人を突き放す冷たさではなく、むしろ“人間的な温もり”として感じられるのが、ザ・スミスの魔法なのだ。
そして聴き手は、ふと気づく──
ユーモアの奥にある、本当の悲しみを。
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