発売日: 1972年11月
ジャンル: プログレッシブ・ロック、ジャズロック、クラシカル・ロック
技巧と叙情の二重螺旋——拡張された“フォーカス”の宇宙
『Focus 3』は、オランダのプログレッシブ・ロック・バンドFocusが1972年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的ビジョンが最も豊かに展開された2枚組の大作である。
前作『Moving Waves』の国際的成功を受けて制作されたこのアルバムは、クラシック、ジャズ、ロックを自在に横断するインストゥルメンタル主体の構成が特徴であり、Focusのスタイルが完全に開花した作品といえる。
Jan Akkermanのギターはエレガントさと情熱を併せ持ち、Thijs van Leerのフルートとキーボードは、バロック的優美さからスペーシーな実験性までを自在に行き来する。
本作は、彼らのサウンドがただ技巧的であるだけでなく、詩的で、構築的で、情感豊かであることを雄弁に物語る一枚なのだ。
全曲レビュー
Disc 1
1. Round Goes the Gossip
英詞のヴォーカルをフィーチャーした珍しい楽曲。
ゴシップの無意味さを皮肉るような内容で、アンサンブルはシニカルかつ技巧的。
2. Love Remembered
アッカーマンのアコースティックギターが主役となる、美しい小品。
柔らかなメロディが夕暮れの風景を思わせるような、叙情の極み。
3. Sylvia
バンド最大級のヒット曲であり、エレガントなギターメロディが印象的な名曲。
フルートとギターがユニゾンする瞬間に、Focusの“調和の魔法”が宿る。
4. Carnival Fugue
三部構成からなるフーガ形式の楽曲で、クラシック的な知性とジャズの遊び心が共存する。
即興と構成のバランスが絶妙。
5. Focus III
シリーズ第三作。流れるようなギターとフルート、そして浮遊感のあるシンセが交差する、心地よい中庸の美。
バンドの成熟と安定感を感じさせる。
6. Answers? Questions! Questions? Answers!
リズムチェンジと音響の対比が見事な9分超のインストゥルメンタル。
タイトルが示すように、明確な解を避けながら音楽そのものに問いを投げかけるような構成。
Disc 2
1. Elspeth of Nottingham
リュート風のギターとフルートが絡み合う、中世風の雰囲気を持つ短編。
民俗音楽の要素とバロック的感性が調和している。
2. Le Clochard
前作『Moving Waves』にも登場した小品の再演。アコースティック・ギターの哀愁が心に響く。
3. Anonymus II
約26分に及ぶジャズロック組曲であり、アルバムの中心を成す大作。
ベース、ドラム、ギター、オルガンがそれぞれソロパートで火花を散らし、まさに“セッションの極地”。
ときにサイケデリックに、ときにクラシカルに展開し、Focusの集団即興能力の高さを証明している。
総評
『Focus 3』は、ヨーロッパ的な音楽的洗練と、ジャズ的な即興性の調和によって、Focusが到達した創造性の絶頂点とも言えるアルバムである。
インストゥルメンタル中心でありながら、旋律の美しさと構成の妙が際立っており、リスナーの感情をダイレクトに揺さぶる“言葉なき叙情詩”の連なりとなっている。
アッカーマンのギターはクラシックとロックの境界を溶かし、ファン・レールのフルートとキーボードは幻想的な彩りを添える。
“技巧の音楽”に陥らず、あくまで“表現としての技巧”に徹したその姿勢が、Focusというバンドを他のプログレ勢から一線を画す存在にしている。
このアルバムは、静けさと熱狂、美と混沌が交錯する“Focusという宇宙”の、もっとも豊穣な記録のひとつである。
おすすめアルバム
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Camel – The Snow Goose
全編インストで語る叙情と構成美がFocus 3と共鳴する。 -
Mahavishnu Orchestra – Birds of Fire
ジャズ・ロックの極北。インプロヴィゼーションの爆発力において共通点あり。 -
Gong – You
スペーシーかつ技巧的なプログレ作品。即興性と幻想性がFocusの「Anonymus II」と近い。 -
The Enid – In the Region of the Summer Stars
クラシカルな構成と壮麗な旋律がFocusの音楽美学に通じる。 -
Jan Akkerman – Tabernakel
Focusのギタリストによるソロ作。バロック音楽とロックの融合が本作の延長線上にある。
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