アルバムレビュー:Flip Your Wig by Hüsker Dü

発売日: 1985年9月24日
ジャンル: メロディック・ハードコア、オルタナティブ・ロック、パワーポップ


ノイズはメロディに、怒りはポップに——Hüsker Düが“うた”を掴んだ瞬間

Flip Your Wigは、Hüsker Düがパンクの爆発力とポップの構築美を最もバランスよく結晶させた、キャリア上の転機であり、オルタナティブ・ロックの進化を決定づけた作品である。

前作New Day Risingで見せたメロディ志向をさらに押し進めながら、パンクの初期衝動を完全には失わず、むしろノイズの中に“美しさ”を見出していく。
これは、もはや“ハードコア・バンドがポップをやっている”のではなく、“感情の音楽としてのポップ・パンク”が確立された瞬間なのだ。

プロデュースは初めて完全にバンド自身の手にゆだねられ、レーベルSSTからの最後のリリースとなる本作は、インディーからメジャーへの移行期における重要な記録でもある。
Bob MouldとGrant Hart、ふたりのソングライターのバランスがもっとも輝いていた時期とも言える。


全曲レビュー

1. Flip Your Wig

軽快なドラムとキャッチーなリフで始まるタイトル曲。
そのタイトルが象徴する通り、頭が“吹っ飛ぶ”ほどの高揚感。
Hüsker Düが新たな次元に達したことを知らせるオープニング。

2. Every Everything

Grant Hartらしい、シンプルでポップな小品。
甘さの中にある不安定さが魅力的に響く。
“すべては何かの一部”という哲学的含意も感じられる。

3. Makes No Sense at All

本作の代表曲にして、Mould節全開のメロディック・アンセム。
パンクの緊張感とポップの親密さが完全に融合した名曲。
90年代以降のパワーポップ系バンドに大きな影響を与えた。

4. Hate Paper Doll

ハートによるメロウで幻想的なトラック。
“紙人形”というモチーフに、壊れやすさと虚構が重ねられる。
ヴォーカルの柔らかさと不穏な響きが印象的。

5. Green Eyes

Bob Mouldが歌う個人的な恋愛ソング。
シンプルな構成ながら、切実なエモーションがにじむ。
短くも心に残る一曲。

6. Divide and Conquer

社会的メッセージが込められた、政治性を帯びたトラック。
“分断して支配せよ”というフレーズが、80年代アメリカの空気を捉える。

7. Games

浮遊感のあるミッドテンポ。
タイトル通り“ゲーム”のように続く関係性の空虚さがテーマか。
ポップだが底に影を落とすような一曲。

8. Finding Out

速さと勢いに満ちたパンク・ナンバー。
真実を“知ってしまう”という瞬間の衝撃と痛みを表現している。

9. Crystal

8ビートに美しいギターフレーズが乗る、幻想的なナンバー。
タイトルの“クリスタル”は、壊れやすい真実、または幻影の象徴にも思える。

10. If I Was a Baby

ハートらしい、チャイルディッシュな視点とポップな感覚が共存する。
無垢さと逃避、両方の願望が混じり合う不思議な小品。

11. Nothing but You

メロディの起伏が美しい、恋愛に焦点を当てたラブソング。
Mouldのストレートな歌心が光る。

12. Flexible Flyer

タイトルの“フレキシブル・フライヤー”は、自由や移動の象徴。
軽やかなビートの裏に、孤独と不安が潜んでいる。

13. Private Plane

ラスト直前にして、やや浮遊感のあるトラック。
自分だけの“プライベートな逃避空間”を求めるようなムードが漂う。

14. Keep Hanging On

アルバムの終わりにふさわしい、静かな決意を感じさせる一曲。
“耐え続ける”という言葉が、全編を通してのテーマを回収するように響く。


総評

Flip Your Wigは、ハードコアの激情とポップの親密さ、その両極を見事に調和させたHüsker Düの最高傑作のひとつである。
前作までのラフさを残しつつも、メロディや構成への意識が格段に高まり、オルタナティブ・ロックの地平を開拓する礎となった。

Bob Mouldの怒れるメロディと、Grant Hartの内省的ポップネス。
それぞれがぶつかり合いながらも、奇跡的なバランスで共存している。
この緊張感こそがHüsker Düの真骨頂であり、本作はその頂点を記録した一枚といえる。

インディーシーンからメジャーへの扉が開かれようとしていた時代。
このアルバムは、ただの通過点ではなく、“表現としてのパンク”の完成形のひとつとして今も語り継がれるべき作品である。


おすすめアルバム

  • Tim / The Replacements
     メロディと破壊衝動の間で揺れるミネアポリスのもうひとつの名盤。

  • Warehouse: Songs and Stories / Hüsker Dü
     バンド末期に到達した、より広がりあるポップの集大成。

  • Copper Blue / Sugar
     Bob Mouldのソロ・プロジェクトによるパワーポップの傑作。

  • Bee Thousand / Guided by Voices
     ローファイとポップの奇跡的融合。インディー感覚を継承した名作。

  • Bakesale / Sebadoh
     90年代オルタナの繊細な衝動を記録した、親密さと不安定さの象徴。

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