
発売日:2017年8月25日
ジャンル:ポップ、R&B、ダンス・ポップ、トロピカル・ポップ、エレクトロ・ポップ
概要
Fifth Harmonyの3作目となるスタジオ・アルバム『Fifth Harmony』は、グループのキャリアにおいて大きな転換点となった作品である。2012年にアメリカ版『The X Factor』から誕生したFifth Harmonyは、Ally Brooke、Normani Kordei、Dinah Jane、Lauren Jauregui、Camila Cabelloの5人組として活動を開始し、2015年の『Reflection』、2016年の『7/27』を通じて、2010年代中盤のガール・グループ・ポップを代表する存在となった。特に「Worth It」や「Work from Home」は、ポップ、R&B、ダンスホール、ヒップホップ的なリズム感を取り入れたヒット曲として、グループの知名度を大きく押し上げた。
しかし本作『Fifth Harmony』は、Camila Cabelloの脱退後、4人体制となって初めて発表されたアルバムである。そのため、作品全体には「再出発」と「自己定義」の意識が強く刻まれている。セルフタイトルであることも象徴的だ。グループ名をそのままアルバム名に据えることで、Fifth Harmonyは、自分たちが何者であるかを再提示しようとしている。これは単なるメンバー変更後の継続作ではなく、グループが主体性を取り戻し、自分たちの声、イメージ、音楽的方向性を再構築するための作品である。
音楽的には、前作『7/27』のような明快なダンス・ポップ路線を引き継ぎながらも、よりR&B色が濃く、全体としては引き締まった印象を与える。派手なポップ・アンセムだけでなく、ミッドテンポのグルーヴ、トロピカルなリズム、ヒップホップ以後のビート感、官能的なヴォーカル・アレンジが中心となっている。2017年当時のメインストリーム・ポップは、EDMの大きなドロップから、より抑制されたトロピカル・ハウス、ダンスホール、R&B、ミニマルなビートへと移行していた。本作もその流れの中にあり、過剰な爆発よりも、リズムの滑らかさとヴォーカルの質感を重視している。
歌詞面では、自立、欲望、恋愛の駆け引き、自己肯定、関係性の主導権が繰り返し扱われる。Fifth Harmonyは初期から「女性の自信」や「主体的な恋愛」をテーマにしてきたが、本作ではそのテーマがより大人びた形で表現されている。前作までの楽曲には、ティーン・ポップ的な明るさや、キャッチーなスローガン性が強く見られたが、『Fifth Harmony』では、より官能的で、時に冷静で、相手との関係を自分のペースでコントロールしようとする姿勢が前面に出ている。
グループのキャリア上、本作は成功と不安定さが同居する時期の作品でもある。Fifth Harmonyは、2010年代の英米ポップ市場において、数少ない大規模なガール・グループとして注目された存在だった。Spice Girls、Destiny’s Child、The Pussycat Dolls、Little Mixなどの系譜に連なりながら、彼女たちはソーシャルメディア時代のファン文化とも強く結びついていた。しかし、メンバー個々の個性が際立つほど、グループとしての均衡を保つことは難しくなる。『Fifth Harmony』には、4人の声をより均等に配置しようとする意識があり、特定のメンバーに依存しないアンサンブルを作ろうとする姿勢が感じられる。
後の音楽シーンへの影響という点では、本作はFifth Harmonyというグループの終盤を記録した作品であり、同時にメンバーそれぞれがソロ・アーティストとして歩み出す前段階としても重要である。NormaniのR&B/ダンス志向、Lauren Jaureguiの低く官能的な声とオルタナティヴR&Bへの接近、Dinah Janeのパワフルなヴォーカル、Ally Brookeの明るく伸びやかなポップ性は、本作の中でそれぞれ確認できる。グループとしての完成度だけでなく、個々の将来像が透けて見えるアルバムでもある。
『Fifth Harmony』は、巨大なコンセプト・アルバムではない。しかし、グループが4人体制で何を残し、どのような成熟を示したのかを理解するうえで、非常に重要な作品である。ここには、2010年代後半のポップにおけるR&B化、女性グループの主体性、アイドル的なイメージから大人のポップ・アクトへの移行が凝縮されている。
全曲レビュー
1. Down feat. Gucci Mane
オープニング曲「Down」は、Gucci Maneをフィーチャーしたリード・シングルであり、4人体制のFifth Harmonyを最初に大きく提示した楽曲である。タイトルの“Down”は、「支える」「味方でいる」「関係に乗る」といった意味を持ち、歌詞では相手への忠誠や信頼、恋愛関係の中での一体感が描かれる。過去のヒット曲「Work from Home」と同じく、ミッドテンポのグルーヴと反復的なフックを中心にした構成で、即効性のあるポップ・ソングとして機能している。
サウンドは、ダンスホールやトロピカル・ポップの影響を受けた軽いビートが中心で、2017年のポップ・チャートに合った抑制された質感を持つ。EDM的な大きなドロップではなく、リズムの跳ねとヴォーカルのフックで聴かせるタイプの曲である。Fifth Harmonyの4人は、それぞれ短いパートを受け持ち、グループとしての新しいバランスを示している。
Gucci Maneのラップは、曲にヒップホップ的な重心を与える役割を果たしている。彼の参加によって、楽曲は単なるガール・グループ・ポップにとどまらず、当時のメインストリームR&B/ラップとの接続を強めている。一方で、曲全体は非常に整ったポップ・フォーマットに収まっており、Fifth Harmonyの再出発を過度に重く見せるのではなく、軽快に提示している。
歌詞のテーマは、相手とともにいることへの肯定である。ただし、それは受け身の献身ではなく、自分が選んだ関係に対して自信を持つ姿勢として描かれる。アルバムの冒頭に置かれることで、「Down」は4人体制でもFifth Harmonyがチャート向けポップの機能性を維持していることを示す曲になっている。
2. He Like That
「He Like That」は、本作の中でも特に官能的で、R&B/ヒップホップ的なリズム感が強い楽曲である。タイトルは文法的にはくだけた表現であり、日常会話やストリート感のある響きを持つ。この言い回し自体が、曲のラフで挑発的な雰囲気を作っている。歌詞では、自分の魅力を理解し、それに相手が惹かれていることを冷静に把握する女性像が描かれる。
サウンドは、重すぎないが粘りのあるビートを中心に構成されている。ベースラインとパーカッションは身体的で、ヴォーカルは滑らかに重ねられる。Fifth Harmonyの楽曲の中でも、この曲はダンス・ポップよりもR&Bに近く、グループがより大人の領域へ踏み込もうとしていることを示している。メロディは過度に派手ではなく、むしろリズムに乗る言葉の配置が重要である。
歌詞のテーマは、欲望の主導権である。相手が自分に何を望んでいるかを理解したうえで、それを自分の力として扱う。ここには、ガール・グループにありがちな「好かれたい」という受動的な姿勢ではなく、「自分がどう見られているかを分かったうえで操作する」という能動性がある。この点で「He Like That」は、Fifth Harmonyの成熟したポップ・イメージを象徴する曲である。
また、ヴォーカル面では、4人それぞれの声の質感が曲の官能性を支えている。Laurenの低めの声、NormaniのしなやかなR&B感覚、Dinahの力強さ、Allyの明るい抜けが、短いパートの中で使い分けられる。グループ全体として、声の重なりよりも個々のキャラクターを細かく見せる構成になっている。
3. Sauced Up
「Sauced Up」は、アルバムの中でもパーティー感が強い楽曲である。“Sauced up”は、酒に酔っている状態や、気分が高揚している状態を指すスラング的表現であり、歌詞全体にも夜遊び、解放感、自己演出、仲間との高揚が表れている。Fifth Harmonyの持つ華やかさを、クラブ的な文脈に置いた曲といえる。
サウンドは、軽快なビートと反復的なフックを中心にしている。低音は強いが、全体としては重苦しくならず、ポップ・ソングとしての明快さを保っている。前曲「He Like That」が官能的なR&B寄りだったのに対し、「Sauced Up」はよりパーティー・アンセムとして機能する。とはいえ、EDM的な大爆発ではなく、ヒップホップ以後の抑えたグルーヴに乗せて高揚を作る点が2017年的である。
歌詞のテーマは、一時的な自由である。日常の制約や人間関係の面倒さから離れ、夜の空間で自分たちの気分を優先する。ここでの自由は、深刻な社会的主張というより、身体的・感覚的な解放として描かれる。Fifth Harmonyの音楽では、女性同士の連帯や、グループで楽しむことのエネルギーがしばしば重要になるが、この曲でもその要素が強い。
アルバム全体の中では、重いテーマを担う曲ではない。しかし、ポップ・アルバムにはこうした瞬間的な快楽の曲が必要であり、「Sauced Up」は本作のテンポを保つ役割を果たしている。自己肯定をクラブ的な言葉で表現した曲として、Fifth Harmonyらしい華やかさがある。
4. Make You Mad
「Make You Mad」は、恋愛における駆け引きと挑発をテーマにした楽曲である。タイトルは「あなたを怒らせる」という意味を持つが、ここでの怒りは本気の破壊的な感情というより、相手の感情を揺さぶることで関係の主導権を握る行為として描かれている。Fifth Harmonyの歌詞では、恋愛の中で受け身になるのではなく、自分が相手を動かす側に立つ姿勢が繰り返し現れる。この曲もその一つである。
サウンドは、滑らかなR&Bポップを基盤にしている。ビートは抑制され、ヴォーカルのニュアンスが前面に出る。メロディは大きく跳ねるというより、リズムに絡むように進み、曲全体に余裕のある官能性を与えている。アルバム前半の流れの中では、「He Like That」と近い大人びた質感を持つが、より軽い悪戯っぽさがある。
歌詞では、相手を惹きつけ、戸惑わせ、時に嫉妬させることで、自分の存在を強く印象づける女性像が描かれる。この表現は、恋愛における不安定さを楽しむ態度ともいえる。相手に合わせるのではなく、自分の魅力によって相手の感情をコントロールする。その姿勢は、2010年代ポップにおける女性の主体的なセクシュアリティの表現と結びついている。
ヴォーカル面では、囁くようなフレーズと力強いフックのバランスが重要である。Fifth Harmonyは、強いサビだけで押すのではなく、声の質感や間合いによって曲の魅力を作っている。「Make You Mad」は、彼女たちのR&B的な成長を示す曲であり、グループがティーン向けポップからより成熟した表現へ移っていることを示している。
5. Deliver
「Deliver」は、本作の中でも特にヴォーカル・グループとしてのFifth Harmonyの魅力が際立つ楽曲である。タイトルの“Deliver”は、「届ける」「期待に応える」「実力を示す」といった意味を持つ。歌詞では、相手が求めるものに対し、自分たちはそれを確実に与えることができるという自信が歌われる。この自信は、恋愛の文脈で語られながらも、グループ自身の宣言としても響く。
音楽的には、90年代R&Bやガール・グループの伝統を意識したようなアレンジが印象的である。現代的なポップ・プロダクションの中に、クラシックなR&Bのコーラス感覚が取り入れられており、Fifth Harmonyが単なるデジタル・ポップ・ユニットではなく、声の重なりを武器にするグループであることを示している。特にコーラス部分では、4人の声が厚みを作り、アルバム内でも華やかな瞬間を生んでいる。
歌詞のテーマは、パフォーマンスと魅力への自信である。「求められたものを届ける」という表現は、恋愛相手への約束であると同時に、リスナーやファンへのメッセージにも聞こえる。Camila Cabello脱退後、4人体制になったFifth Harmonyが、自分たちはまだ十分に機能し、魅力を届けられると示す曲としても読むことができる。
本作の中で「Deliver」は、ガール・グループ史との接続が最も分かりやすい曲である。Destiny’s ChildやTLC以後のR&Bヴォーカル・グループの流れを、2010年代のポップ文脈に置き直している。アルバム中盤のハイライトとして、Fifth Harmonyの声の強さを確認できる楽曲である。
6. Lonely Night
「Lonely Night」は、アルバムの中で恋愛関係の不満と自立心が強く表れた楽曲である。タイトルは「孤独な夜」を意味し、相手との関係において満たされない時間、期待を裏切られる感覚、ひとりで過ごす夜の寂しさを示している。しかしこの曲は、単に孤独を嘆くバラードではない。むしろ、相手が自分を大切にしないなら、こちらもその関係に留まる必要はないという姿勢がある。
サウンドは、ミッドテンポのポップR&Bを基盤にしている。メロディは親しみやすく、ビートは軽快だが、歌詞には失望や苛立ちが含まれている。この明るさと苦味のバランスが、Fifth Harmonyらしいポップ感覚を生んでいる。深刻すぎず、しかし感情の芯はしっかりしている。
歌詞では、相手が十分に自分を満たしてくれない場合、その夜は孤独なものになるというメッセージが歌われる。ここで重要なのは、女性側が相手の態度を評価し、関係を続けるかどうかを判断する主体として描かれている点である。恋愛の中で傷つく側に留まるのではなく、相手に対して基準を示す。これはアルバム全体の自己肯定的なテーマと一致している。
「Lonely Night」は、派手なシングル向きの楽曲ではないが、アルバムの中では重要なバランスを担っている。官能的な曲やパーティー的な曲の間に、感情的な不満と自尊心を描くことで、作品全体のテーマを立体化している。
7. Don’t Say You Love Me
「Don’t Say You Love Me」は、本作の中でも特に感情的なバラードであり、アルバム後半の中心となる楽曲である。タイトルは「愛していると言わないで」という意味を持ち、言葉と行動の不一致に対する強い拒絶を示している。Fifth Harmonyの作品では、自信や官能性が前面に出る曲が多いが、この曲では傷つきやすさと誠実さへの要求が中心に置かれている。
サウンドは抑制され、ピアノや柔らかなシンセを軸に、ヴォーカルの表情を重視している。大きく盛り上げすぎず、声の重なりによって感情を積み上げていく構成である。Fifth Harmonyの4人は、それぞれの声の個性を活かしながら、曲全体として統一された情感を作っている。特に、強く歌い上げる部分と、抑えた表現の対比が印象的である。
歌詞のテーマは、空虚な愛の言葉への拒否である。「愛している」と言うなら、それに見合った行動を示してほしい。そうでないなら、その言葉は自分を傷つけるだけである。このメッセージは、恋愛における誠実さを求めるものであり、同時に自分の感情を安売りしない姿勢でもある。Fifth Harmonyの自己肯定は、派手な自信だけではなく、こうした境界線を引くことにも表れている。
この曲は、4人体制のグループとしてのヴォーカル・バランスを示すうえでも重要である。ポップ・グループにおけるバラードは、声の実力と感情表現が直接問われる場であり、「Don’t Say You Love Me」はその役割を十分に果たしている。アルバムの中で最も切実な楽曲の一つである。
8. Angel
「Angel」は、本作の中でもダークでミニマルな質感を持つ楽曲である。プロダクションにはヒップホップ/トラップ以後の低音感があり、Fifth Harmonyのこれまでの明るいポップ・イメージとは異なるクールな表情を見せている。タイトルの“Angel”は通常、純粋さや善良さを象徴する言葉だが、この曲ではそのイメージが反転される。自分を天使のように見ていた相手に対し、実際にはそう単純な存在ではないと突きつける内容である。
サウンドは非常に引き締まっている。重いビート、空間のあるシンセ、抑えたヴォーカルが組み合わされ、曲全体に冷たい緊張感がある。前作までの大衆的なポップ・アンセムとは異なり、「Angel」はR&Bやトラップの影響を強く受けた現代的なポップとして機能している。Fifth Harmonyの音楽的成熟を感じさせる一曲である。
歌詞のテーマは、理想化された女性像への拒否である。相手が自分を都合よく美化し、純粋で従順な存在として扱おうとするなら、それは誤解である。この曲では、女性が自分の複雑さ、欲望、怒り、冷たさを隠さずに提示する。これは、ガール・グループ・ポップにおける重要な転換である。かわいらしさや親しみやすさだけでなく、近寄りがたい強さや不穏さも表現の一部にしている。
「Angel」は、アルバムの中でも特に2010年代後半らしい曲である。ポップの中心がトラップ的なビート感や低温のR&Bへ移行する中で、Fifth Harmonyがその質感を取り入れ、自分たちのイメージを更新しようとしたことがよく分かる。
9. Messy
「Messy」は、自己の不完全さを認めることをテーマにした楽曲である。タイトルの“Messy”は、「散らかった」「混乱した」「面倒な」「整っていない」といった意味を持つ。ポップ・スターやガール・グループには、しばしば完璧なイメージが求められる。しかしこの曲では、自分は完璧ではなく、感情的で、矛盾していて、時に扱いにくい存在であることを正直に提示する。
サウンドは、アルバムの中でも比較的柔らかく、ミッドテンポのポップR&Bとして構成されている。ヴォーカルは温かく、メロディには親密さがある。派手なダンス・トラックではなく、リスナーに近い距離で語りかけるような曲である。Fifth Harmonyのメンバーそれぞれの声が、ここでは強さよりも脆さを表現するために使われている。
歌詞のテーマは、自己受容と関係性における誠実さである。自分には欠点があり、感情が乱れることもある。それでも、その不完全さごと受け止めてほしいという願いが歌われる。これは「Don’t Say You Love Me」ともつながるテーマである。愛とは、理想化された相手を愛することではなく、相手の混乱や不完全さを理解しようとすることでもある。
「Messy」は、Fifth Harmonyのアルバムにおいて重要な感情的奥行きを与える曲である。自己肯定を強さや美しさだけでなく、不完全さの受容として描いている点で、本作の成熟した側面を示している。
10. Bridges
ラスト曲「Bridges」は、アルバムの締めくくりとして、個人的な恋愛や官能性を超え、より大きな連帯と希望を歌う楽曲である。タイトルの“Bridges”は「橋」を意味し、人と人、場所と場所、考え方と考え方をつなぐものの象徴である。Fifth Harmonyのアルバムの中では、比較的メッセージ性の強い曲であり、分断ではなく接続を目指す姿勢が示される。
サウンドは明るく、開放感がある。アルバムの多くの曲がR&B的な抑制や官能性を中心にしていたのに対し、「Bridges」はよりポップでアンセム的な方向に向かう。メロディは広がりを持ち、コーラスにはグループで歌う意味が強く表れている。ラスト曲として、作品全体を前向きな余韻で閉じる役割を果たしている。
歌詞のテーマは、対立の克服、理解、希望である。橋を架けるというイメージは、単なる恋愛関係だけでなく、社会的な分断や人間同士の距離にも適用できる。2010年代後半のアメリカ社会における分断の空気を考えると、この曲のメッセージはより広い意味を持つ。Fifth Harmonyは政治的な言葉を直接多用するわけではないが、ここではポップ・ソングの形で連帯の価値を提示している。
アルバムの終わりに「Bridges」が置かれることで、『Fifth Harmony』は単なる恋愛や自己演出の作品にとどまらず、グループとしての再出発と、他者との接続への意志を示して閉じられる。4人体制となったFifth Harmonyにとって、この曲は自分たちの内部の結束を示す意味でも重要である。
総評
『Fifth Harmony』は、Camila Cabello脱退後のFifth Harmonyが、4人体制で自分たちのアイデンティティを再提示したアルバムである。セルフタイトルを掲げていることからも分かるように、本作は単なる続編ではなく、グループとしての再定義を目的とした作品である。結果として、アルバムは前作までの派手なポップ・アンセム路線から少し距離を取り、R&B色の強い、より成熟したポップ作品となった。
本作の最大の特徴は、サウンドの引き締まりである。全10曲という比較的コンパクトな構成の中で、ダンス・ポップ、トロピカル・ポップ、R&B、トラップ以後のビート感がバランスよく配置されている。「Down」はチャート向けの軽快なリード曲として機能し、「He Like That」や「Make You Mad」は官能的なR&B路線を示す。「Deliver」ではクラシックなガール・グループR&Bへの接続が見え、「Angel」ではよりダークで現代的なトラップ・ポップの感覚が取り入れられている。アルバム全体として、過剰な装飾よりもリズムと声の質感が重視されている。
歌詞面では、女性の主体性が中心にある。ただし、それは単純な自己肯定のスローガンだけではない。「He Like That」や「Make You Mad」では欲望と駆け引きの主導権が描かれ、「Lonely Night」や「Don’t Say You Love Me」では相手に対して明確な基準を示す姿勢がある。「Angel」では理想化された女性像を拒否し、「Messy」では不完全な自分を受け入れる。つまり本作の自己肯定は、強さ、官能性、拒絶、脆さ、連帯を含む多面的なものとして表現されている。
ヴォーカル・グループとしてのFifth Harmonyを見るうえでも、本作は重要である。Camila Cabello脱退後、グループは声のバランスを再構築する必要があった。『Fifth Harmony』では、Ally、Normani、Dinah、Laurenの各メンバーに比較的明確な役割が与えられ、個々の声の違いが見えやすくなっている。NormaniのしなやかなR&B感覚、Laurenの低くクールなトーン、Dinahのパワフルな歌唱、Allyの明るく伸びる声が、曲ごとに異なる形で配置される。グループ名の“harmony”が示す通り、彼女たちの魅力は声の重なりにあるが、本作ではハーモニーだけでなく、個々のキャラクターを際立たせる方向にも進んでいる。
一方で、本作にはグループとしての難しさも表れている。アルバムはコンパクトで完成度も高いが、Fifth Harmonyが新たな時代へ向けて大きく飛躍するための決定的な方向性を完全に示したとは言い切れない部分もある。リード曲「Down」は機能的なポップ・シングルだが、「Work from Home」のような圧倒的なインパクトには届かない。また、R&B寄りの成熟路線は魅力的である一方、グループの個性をさらに深く掘り下げる余地も残している。その意味で本作は、完成形というより、次の段階へ向かう途中の作品でもある。
しかし、その「途中」であることこそが本作の意味でもある。『Fifth Harmony』には、メンバーたちがグループとして再び立とうとする緊張感と、個々のアーティスト性が表に出始める予兆が同時に存在している。Normani、Lauren、Dinah、Allyのその後のソロ活動を考えると、本作はFifth Harmonyの終盤であると同時に、それぞれの未来への入口としても聴こえる。
2010年代のガール・グループ史において、Fifth Harmonyは非常に重要な存在である。Spice GirlsやDestiny’s Childが築いた「個性の集合体としてのガール・グループ」というモデルを、リアリティ番組、SNS、ストリーミング時代のポップ市場に適応させたグループだった。『Fifth Harmony』は、そのグループがメンバー変更という大きな局面を経て、より大人のポップ/R&Bへ進もうとした記録である。
日本のリスナーにとって本作は、2010年代後半のメインストリーム・ポップがどのようにR&Bやトラップ、ダンスホール的リズムへ接近していたかを理解するうえでも有効な作品である。派手なEDMポップではなく、抑制されたビート、低音、ヴォーカルのニュアンス、官能的なグルーヴが中心にある。Little Mixのような明るく大きなポップ・アンセムを期待するとやや控えめに感じられるかもしれないが、R&B寄りの洗練を重視するリスナーには、本作の質感は魅力的に響く。
『Fifth Harmony』は、グループが自分たちの名前を改めて掲げた、再出発のアルバムである。そこには、不安定な状況を乗り越えようとする意志、女性としての主体性、声の再配置、そしてポップ・グループとしての成熟がある。グループのディスコグラフィにおいては終盤の作品でありながら、単なる終わりではなく、変化の瞬間を記録した重要な一枚である。
おすすめアルバム
1. Fifth Harmony – 7/27(2016)
Fifth Harmonyの商業的成功を決定づけたアルバムであり、「Work from Home」を収録した代表作。ダンス・ポップ、R&B、トロピカルなリズムを組み合わせ、グループの華やかさとキャッチーな魅力を前面に出している。『Fifth Harmony』の前提となる作品であり、5人体制時代の完成度を確認できる。
2. Fifth Harmony – Reflection(2015)
デビュー・アルバムであり、「Worth It」などを収録。ティーン・ポップ的な明るさと、R&B/ヒップホップ的な要素が混ざり合い、Fifth Harmonyの初期イメージを形作った作品である。『Fifth Harmony』の成熟したR&B路線と比較すると、グループがどのように大人びた方向へ進んだかが分かりやすい。
3. Little Mix – Glory Days(2016)
同時代の英国ガール・グループLittle Mixの代表作。大きなポップ・アンセム、力強いハーモニー、女性の自立をテーマにした歌詞が特徴である。Fifth Harmonyよりも明るく劇的なポップ色が強いが、2010年代のガール・グループがどのように自己肯定を表現したかを比較するうえで重要な作品である。
4. Destiny’s Child – Survivor(2001)
現代ガール・グループR&Bの重要作。強い女性像、精密なハーモニー、R&Bとポップの融合が特徴であり、Fifth Harmonyのような後続グループに大きな影響を与えた。『Fifth Harmony』に見られる自立、恋愛の主導権、グループ内の個性の打ち出しは、この系譜と深くつながっている。
5. Normani – Dopamine(2024)
Fifth HarmonyのメンバーだったNormaniによるソロ・アルバム。R&B、ポップ、ダンス、ヒップホップ的なビートを組み合わせ、Fifth Harmony時代に見えていた彼女のしなやかなR&B志向をより明確に展開している。『Fifth Harmony』を、メンバー個々の未来へつながる作品として聴く際に関連性が高い。

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