アルバムレビュー:Ferment by Catherine Wheel

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発売日: 1992年6月9日
ジャンル: シューゲイザー、オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ


轟音のなかに咲いた蒼い花——UKシューゲイザーの“密やかな金字塔”

1992年、英国エセックス出身の4人組Catherine Wheelがリリースしたデビューアルバム『Ferment』は、シューゲイザーというジャンルの中で異彩を放つ作品である。
My Bloody ValentineやRideのようなフィードバック・ノイズの饗宴とは異なり、より構築的でギターロック的な志向を持ちつつ、情感の深さと音響的豊かさを融合させた名作である。

プロデューサーにはTim Friese-GreeneTalk Talkのキーボード/プロデューサー)を迎え、その手腕が本作に内的で荘厳な空気をもたらしている。
アルバムタイトルの「Ferment(発酵)」が示すように、静かに内圧を高めていく感情のうねりが全編を貫いており、それはまるで心の奥底で何かが密やかに変質していくような、強く静かな体験である。


全曲レビュー

1. Texture

アルバムの幕開けを飾る、硬質なギターと浮遊するメロディの対比が鮮烈な一曲。
「手触り=Texture」という抽象的なタイトルが、音そのものへの感覚的なアプローチを象徴している。

2. I Want to Touch You

シングルカットされた代表曲のひとつ。
ストレートなタイトルとは裏腹に、抑制された激情がギターのレイヤーに封じ込められている。

3. Black Metallic

Catherine Wheelの代名詞とも言える、8分超の大曲。
“黒く、金属的”な質感を持つこの楽曲は、シューゲイザーというよりポストロックに近い壮大さを備え、静と動、柔と硬の美しいバランスを成している。
ロブ・ディキンソンのボーカルは、まるで内側から燃え続ける溶鉱炉のように熱く、しかし決して叫ばない。

4. Indigo Is Blue

鮮やかなギターメロディと、空間的な広がりを持つ音像が印象的。
“藍色”という抽象的な感情の色が、サウンドにそのまま転写されているようだ。

5. She’s My Friend

ドリーミーなギターが織りなす中で、淡く切ない人間関係が描かれる。
愛なのか友情なのか、その曖昧な関係性がサウンドにも滲んでいる。

6. Shallow

重厚なリフと疾走感のある展開が、オルタナティヴ・ロックとしての側面を強調する。
“浅さ”というタイトルに反して、内面には深い葛藤が感じられる。

7. Ferment

タイトル曲は、まるでアルバム全体のエッセンスを凝縮したような静かな高揚感に包まれている。
変化しつつある自我と感情のざわめきを、音の波として表現するかのような構成。

8. Flower to Hide

ギターの揺らぎが美しいメロディを抱え込みながら、心の内をそっと隠すような静謐さを持つ。
「花を隠す」という詩的なイメージが、壊れやすい感情の防衛線を連想させる。

9. Tumbledown

重力に引かれるようなギターフレーズと、落下する感情のモチーフ。
サウンドは攻撃的でありながら、どこか儚さが漂う。

10. Bill and Ben

一転してややコミカルなタイトルながら、サウンドは濃密でダーク。
童話的な名前の裏に、退廃的な雰囲気が忍ばせてあるようだ。

11. Salt

ラストを飾るのは、静けさと怒りが交錯するエモーショナルなナンバー。
“塩”という言葉が、涙や傷口、浄化などの多層的な意味を喚起させる。


総評

『Ferment』は、90年代初頭のUKロックシーンにおいて、シューゲイザーとオルタナティヴ・ロックの橋渡し的な存在となった作品である。
轟音の中に内省を、ポップの中に崇高さを、そして感情の揺れを丁寧に音へと翻訳するその手法は、今聴いても驚くほど新鮮である。

Catherine Wheelは、本作以降よりグランジ的なロックへと傾いていくが、その出発点である『Ferment』には、彼らが最も繊細で、最も“夢を見ていた”時代のすべてが詰まっている。


おすすめアルバム

  • Ride / Nowhere
    シューゲイザーの金字塔。海のようなサウンドスケープと青春の痛みが共鳴する。
  • Swervedriver / Raise
    シューゲイザーとドライヴィング・ロックの中間に位置する名作。
  • Talk Talk / Laughing Stock
    Catherine WheelのプロデューサーでもあるTim Friese-Greeneが手がけた、内省的な音響の極致。
  • Smashing Pumpkins / Siamese Dream
    分厚いギターサウンドと繊細な感情の同居という点で共通点が多い。
  • The Verve / A Storm in Heaven
    サイケデリックとメランコリーの交差点。『Ferment』と通じる儚く美しい世界観。

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