1. 歌詞の概要
「Feel It All Around」は、アメリカ出身のアーティスト、Ernest Greeneによるソロプロジェクト・Washed Outが2009年に発表したEP『Life of Leisure』に収録された楽曲であり、チルウェイブ(Chillwave)という音楽ジャンルの象徴的存在として広く知られる代表作である。
この楽曲は、言葉数が少なく、詩的な構造も極めてシンプルであるが、それによって生まれるのは、時間がゆっくりと流れるような感覚と、過去の記憶に包まれるような夢幻的な情緒である。タイトルの「Feel It All Around(それを全身で感じる)」が象徴するように、物語を語るのではなく、ある特定の“気配”や“空気”を音と声で体現している点が特徴だ。
歌詞は主に、関係性の変化や個人の孤立、時間の経過による感情の漂流といったテーマを内包している。具体的な情景ではなく、曖昧で感覚的な言葉選びがなされており、それがリスナー一人ひとりの感情に余白を与える構造となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Feel It All Around」は、サンプルベースの制作手法と、ローファイな質感、リバーブの強いヴォーカル、そして1980年代風のシンセポップに影響を受けた音像によって、チルウェイブというジャンルの代名詞的楽曲として位置づけられている。実際、本曲は1970年代のイタロディスコ曲「I Want You」by Gary Low をスローダウンしてサンプリングしており、その**“遅さ”と“揺らぎ”が曲全体のノスタルジックな質感を支えている**。
リリース当時、Washed Outは自宅のベッドルームで楽曲を制作しており、いわゆる“ベッドルームポップ”の代表格でもある。音楽メディアPitchforkをはじめとするインディー系媒体で高く評価され、さらにテレビドラマ『Portlandia』のオープニングテーマとして使用されたことで広く認知されるようになった。
Greene本人はこの曲について、「明確なストーリーを語るというより、ある気分を純粋に音として表現したかった」と語っており、それが結果的にチルウェイブのムーブメントと共鳴し、現代の“音楽で感じる記憶”という美学の象徴的存在となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Feel It All Around」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
You feel it all around yourself
それは君の周りすべてに感じられるYou know it’s yours and no one else’s
それは君だけのもの、他の誰のものでもないYou feel the time, it goes so slow
時間が、あまりにもゆっくり流れていくのを感じるYou have no where to go
君にはもう行くあてがない
出典:Genius – Washed Out “Feel It All Around”
4. 歌詞の考察
この楽曲は、“意味”よりも“感覚”を聴かせるタイプの音楽であり、詩のような余白のある歌詞がそれを際立たせている。語り手は誰かに語りかけるように歌いながらも、その言葉はリスナー自身の心象風景と重なっていく。
「You feel it all around yourself」という冒頭のフレーズには、感情や記憶が自分の外側から襲ってくるような感覚、もしくは心の中に拡がっていく感覚が表れている。そして、「You know it’s yours and no one else’s」というラインは、その感覚が非常に個人的なものであり、他人には理解できないほど繊細であることを示している。
「You feel the time, it goes so slow」は、この楽曲の持つ最大の特徴をそのまま言葉にしたような一節であり、チルウェイブというジャンルそのものの美学=“時間の遅延”を詩的に表現している。音楽と歌詞が完璧にリンクした瞬間でもある。
全体として、この楽曲は“物語”を語るのではなく、感情の残響の中で静かに漂うような“心の風景”をリスナーに投げかけている。だからこそ、どんな状況にある人でも、自分自身の感情と結びつけながらこの曲に寄り添うことができる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Midnight City by M83
都市の夜を背景に、感情がふわりと浮かび上がるサイケデリック・シンセポップ。 - Cherry by Chromatics
時間と感情の曖昧な境界を音で描いた、メランコリックなエレクトロポップ。 - Eyes Be Closed by Washed Out
同じくWashed Outによる、夢と現実の狭間を彷徨うような美しいナンバー。 - Weightless by Marconi Union
科学的にも“最もリラックスできる曲”として評価された、空間系アンビエントの金字塔。 - Cold Air by Natalie Imbruglia
過去の痛みと未来への希望を、浮遊感のあるサウンドで描いた隠れた名曲。
6. “感情の記憶を音にする”——チルウェイブの象徴としての「Feel It All Around」
「Feel It All Around」は、Washed Outというアーティストだけでなく、2000年代後半から2010年代初頭にかけての音楽的ムードそのものを象徴する存在である。そこには、スピード社会や情報過多から一歩引き、“音楽の中でだけ時間を止める”という美意識が通底している。
この楽曲が持つ強さは、リスナーに“懐かしさ”や“孤独”を感じさせながらも、決してそれをネガティブに描かない点にある。むしろそれは、「今この瞬間、自分の感覚を大切にしていいんだ」と囁いてくれるような、優しい肯定の音楽だ。
現実に疲れたとき、過去に触れたくなったとき、あるいは何も考えたくない夜。そんな時間に「Feel It All Around」は、言葉ではなく“温度”で寄り添ってくれる特別な1曲となるだろう。あなたの感情の“まわり”をそっと包み込みながら。
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