1. 歌詞の概要
「Fast and Frightening(ファスト・アンド・フライトニング)」は、L7が1990年に発表したセカンド・アルバム『Smell the Magic』に収録された最も象徴的な楽曲のひとつであり、彼女たちの攻撃性、ユーモア、そしてフェミニズム的な視点が鮮烈に詰め込まれた爆走ナンバーである。
タイトルが示すとおり、この曲は「速くて恐ろしい」存在――つまり、他者から見れば“手に負えないほど強くて激しい女”について歌われている。語り手はそんな女性を敬意と畏怖を込めて描いており、リスナーを圧倒する彼女の破天荒な生き様とパワーに惹かれていく。
この曲は単なるフィクションではない。L7自身が、男性中心のロックシーンにおいて「速くて、うるさくて、怒っていて、性的で、面倒くさい」とラベルを貼られてきたことへの痛烈なカウンターでもある。だがその“怖さ”を否定するのではなく、誇らしげに歌い上げることによって、L7は「女はこうでなければならない」という社会規範に真っ向から反逆しているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Fast and Frightening」は、Donita SparksとSuzi Gardnerによる共作であり、L7の初期衝動が最も明確に刻まれた一曲である。当時のL7はまだグランジブームの少し手前におり、LAのパンクシーンやRiot Grrrl運動とシンクロするような活動を展開していた。この曲がリリースされた1990年は、まだ女性バンドが“本物のロックバンド”として見られることが珍しかった時代。そんななかでL7は、自らの“過激さ”と“うるささ”をあえて肯定し、パンク/メタルの領域に踏み込んでいった。
この曲で描かれる“彼女”は、おそらくL7のメンバー自身、あるいは彼女たちの周囲にいたリアルな女性像が投影されたものである。バイクを乗り回し、恐れを知らず、男も平手打ちでねじ伏せ、誰の支配も受けない。そんなイメージは、男社会が女性に押しつけてきた“弱さ”の神話を粉砕する。逆に、女が“モンスターのように強い”と描かれることへの痛快なカタルシスが、この曲にはある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
She’s fast and frightening
Hard and tight
That’s right
彼女は速くて恐ろしい
タフで鋼のように引き締まってる
そう、まさにそれShe’s got hand-tooled leather
And all the rest
Her looks could kill
She’s outta sight
手作りのレザージャケットを着こなして
その佇まいは圧巻
視線ひとつで殺しそうな勢い
まったくケタ違いなんだA real heavy trip
She’s fast and frightening
まるでヘヴィ級の幻覚体験みたいだ
彼女は、速くて、恐ろしい
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Fast and Frightening”
ここに描かれる“彼女”は、男性視点のファム・ファタールではない。むしろ、その視点を嘲笑しながら、独自の“恐れられる女”像を構築している。レザーに身を包み、挑発的に歩き、社会的な規範やモラルを破壊するその姿は、L7自身のロック的イデンティティの投影でもある。
サウンド面も、猛烈なスピード感とノイズをまとったギターリフが曲全体を牽引し、まさに“音そのものが走っている”ような構造になっている。
4. 歌詞の考察
「Fast and Frightening」は、L7が“フェミニズムを体現するバンド”であることを最も明確に宣言した楽曲であり、その表現方法はロジックでも政治スローガンでもなく、“存在そのものの痛快さ”にある。
ここに登場する“速くて恐ろしい女”は、決して抑圧された被害者ではない。むしろ、他者を恐れさせる力を持ち、それを隠そうとしない。女性が怒ること、威圧的であること、性的であること、そして制御不能であることを、すべて“肯定”するラディカルなポートレートだ。
それは単に“男をやっつける女”という図式でもない。女が女のままに“怖く”あるということを美徳とするこの曲のスタンスは、90年代以降のガールズ・パンク、Riot Grrrl、さらには現代のフェミニスト・ロックにまで影響を与え続けている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Rebel Girl by Bikini Kill
女の子同士の敬意と欲望を全力で歌う、フェミニズム・パンクの金字塔。 - She’s in Parties by Bauhaus
カリスマ的な女性像の裏に潜む空虚と狂気を描いた、ポストパンクの名曲。 - Miss World by Hole
“完璧な女”の仮面の下にある怒りと自虐を炸裂させたロック・アンセム。 - Not a Pretty Girl by Ani DiFranco
「私は“かわいい女の子”なんかじゃない」と言い放つ、アコースティック・フェミニズム。 -
Spin the Bottle by Juliana Hatfield Three
90年代女性オルタナのユーモアと切なさを兼ね備えた、ポップな異端曲。
6. 恐れられる存在であることの誇り
「Fast and Frightening」は、L7が“怒れる女”であることを、泣き言ではなく“笑いながら”提示してみせた傑作である。この曲には、“世間が勝手に怖がるなら、そのまま怖がらせてやれ”という開き直りと、裏返しの自信が満ちている。
怒りも、速さも、恐ろしさも、それは女性にとってマイナスではない。
それこそが、世界を変えるエネルギーなのだと、L7はこの曲で教えてくれる。
彼女たちが“女の怒り”を“解放のエンジン”へと昇華させた意味を、いま改めて考えることができるだろう。
「Fast and Frightening」は、ただのノイジーなロックナンバーではない。
それは、“怖くて、速くて、美しい女たち”への賛歌なのだ。
他にも『Smell the Magic』の中で描かれる“規範破りな女性像”について掘り下げてみましょうか?
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