アルバムレビュー:Fancy by Bobbie Gentry

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発売日: 1970年4月6日
ジャンル: カントリーソウル、サザンポップ、ブルース、スワンプロック、バラード


“私はファンシー”と名乗る女の肖像——欲望、解放、そして南部の再神話化

1970年、Bobbie Gentryはアルバム『Fancy』でそのキャリアの最終章に向けた新たな語り口を提示する。
ここで彼女は、自身の最も有名なセルフ・ペン楽曲「Fancy」をタイトルに掲げ、
女性の主体性、性と階級、欲望と代償といったテーマを、サザン・ソウル/カントリー・ポップの枠を越えて描き出した。

本作ではアレンジの幅もさらに広がり、ストリングス、ホーン、ゴスペル的コーラスを取り入れたサウンドが印象的。
バラードからスワンプ・ソウルまでを自在に行き来する器用さと情熱は、彼女の最後の創作期を彩るにふさわしい。
そして何よりもこのアルバムは、“生き抜く女性の物語”を正面から語った作品として、フェミニズム的な視点でも再評価されている


全曲レビュー

1. Fancy

「私はファンシー」——この宣言から始まる物語は、貧困、母親の選択、売春、そして社会的成り上がりを赤裸々に語る。
BoCの筆によるナラティヴは、決して被害者として語らず、むしろ“選ばざるを得なかった女性の誇り”を滲ませる。
レイディ・ソウルとカントリーが混じる重厚な編曲も圧巻。

2. I’ll Never Fall in Love Again

バート・バカラック/ハル・デヴィッドによる名曲のカバー。
アイロニーと甘さのバランスが取れた演奏で、Gentryは恋愛に対する苦笑混じりの諦観を心地よく響かせる。

3. Delta Man

再び“デルタ”をテーマにした自作曲。
ブルージーなリズムと男への愛憎が絡み合う、デルタの濁流のように熱い一曲
ヴォーカルには力強さと哀しみが共存する。

4. Something in the Way He Moves

ジェイムス・テイラーの名バラードを、しっとりとした女性視点で再構成。
抑制の効いた語り口が、かえって情感の深さを際立たせる

5. Find ‘Em, Fool ‘Em and Forget ‘Em

モータウン的な勢いを感じさせるアップテンポ・ソウル。
女の戦略、軽やかな復讐、そして“忘れ去る”ことの美学をコミカルに描く。

6. He Made a Woman Out of Me

性と通過儀礼をテーマにした衝撃作
“彼は私を女にした”という直接的なフレーズの裏に、喪失と目覚め、愛と苦みが複雑に織り込まれている。
スワンプロック的な編曲と重いベースラインが印象的。

7. Raindrops Keep Fallin’ on My Head

名スタンダードをGentryが取り上げた珍しい一曲。
オリジナルの明るさを少し抑えた解釈が、むしろGentryらしい落ち着きと感情の余韻を生んでいる。

8. If You Gotta Make a Fool of Somebody

R&B的ニュアンスの強いカバー。
恋愛における駆け引きと自嘲が、柔らかなヴォーカルとダンサブルなビートに乗って語られる

9. Rainmaker

ハリー・ニルソンによる幻想的な楽曲を、より神秘的でサイケデリックなトーンで再解釈。
雨乞い師=世界を変える存在としての比喩が、Gentryの語りに深く共鳴する。

10. Wedding Bell Blues

ラウラ・ニーロの名曲をカバーし、結婚と恋愛にまつわる女性の焦燥と皮肉を表現。
情熱と哀しみが同時に滲むヴォーカルが秀逸。


総評

Fancy』は、Bobbie Gentryが自らのキャリアを賭けて作り上げた、“女性の生存と語り”に満ちた最もパワフルな作品である。
自身のペンによるタイトル曲「Fancy」に代表されるように、このアルバムは性の商品化、貧困、自己決定、再生といった主題に真正面から向き合っている。

音楽的にはカントリー、ソウル、スワンプ、ポップと多彩ながら、すべてが“女性の声”を中心に組み立てられている点で一貫している。
Gentryの表現は決して過激ではなく、むしろ静かな確信とユーモアをもって語られる。
それゆえに、この作品は今なお響き続ける“フェミニズム以前のフェミニズム”とも呼べるのかもしれない。


おすすめアルバム

  • Dusty Springfield – Dusty in Memphis
    女性の語りとソウルの融合。『Fancy』の音楽的姉妹作。
  • Bobbie Gentry & Glen Campbell – Bobbie Gentry and Glen Campbell
    『Fancy』以前のGentryを知るうえでの名盤。デュエットの柔らかさも魅力。
  • Nina Simone – To Love Somebody
    社会的主題と女性の声が交錯する名作。
  • Aretha Franklin – Spirit in the Dark
    同時代における女性ソウルの魂。『He Made a Woman Out of Me』と呼応。
  • Bobbie Gentry – Ode to Billie Joe
    原点でありながら、『Fancy』の核心に通じる“語られざる物語”がある。

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