発売日: 1981年4月14日
ジャンル: ポストパンク、ゴシックロック、ダークウェイヴ
「信仰」は絶望の中に佇む——The Cureが沈黙と闇で描いた葬送の音楽
1981年、The Cureは3作目となるアルバムFaithを発表した。
前作Seventeen Secondsで提示したミニマルで冷たいサウンドをさらに推し進め、本作では“音楽としての喪失感”が徹底されている。
Faithというタイトルは皮肉のようでもあり、静かな祈りのようでもある。
実際、アルバム全体を通して響くのは「神」や「宗教」の明示ではなく、不在の感情、死者との距離、そして希望のかすかな残響だ。
リーダーのロバート・スミスは本作の制作時期、祖父の死やメンバーの脱退など、個人的な喪失を経験しており、その影響がアルバム全体の空気に深く染み込んでいる。
ベース主導のリフ、空間の広がりを生かしたプロダクション、そしてスミスの儚げな声——それらが、聴き手をじわじわと沈めていく。
全曲レビュー:
1. The Holy Hour
静かなイントロから、徐々に深みに沈み込んでいくような導入。
「聖なる時間」というタイトルが逆説的に響く。
神聖さと虚無、その二つを同時に映し出すような演奏が印象的。
2. Primary
アルバム中で最もリズミカルなナンバー。
ベースとギターがユニゾンで動く特徴的なフレーズが、緊張感を生み出す。
「子供時代」と「成熟」の対比が、色の比喩(primary=原色)で語られる。
3. Other Voices
「他人の声」というタイトル通り、疎外と孤独をテーマにしたナンバー。
冷たいリズムと無感情な語りが、スミスの内的孤立を象徴する。
4. All Cats Are Grey
ピアノとシンセによる重厚なアンビエンスが美しい、アルバム随一の耽美曲。
「すべての猫は灰色」という言葉は、光のない場所では何も見分けがつかないという暗喩。
死と沈黙を、極限まで抑制された音像で描いている。
5. The Funeral Party
まさに“葬儀”を音にしたような、静かな絶望感に満ちたトラック。
メロディはどこか幻想的で、夢と死のあわいを彷徨うよう。
The Cureの美学が極まった楽曲のひとつ。
6. Doubt
本作の中で異色の疾走感を持つ一曲。
タイトル通り「疑念」をテーマに、突き刺さるようなリフと切迫したビートが印象的。
それでも、光には決して辿り着かない。
7. The Drowning Man
スーザン・クーパーの小説『The Dark is Rising』にインスパイアされた幻想的な歌詞。
水に沈んでいく意識を表すような揺らめきと、無力感に満ちた音像。
8. Faith
タイトル曲にして、本作の主題を凝縮した9分近い大作。
一音一音の間に余白と沈黙が広がり、聴く者を“何かを信じることの痛み”へと導いていく。
「私が信じていたものは、すでに崩れていた」と語るラストのラインが、あまりにも静かで残酷。
総評:
Faithは、The Cureにとって“言葉よりも沈黙の方が雄弁である”という命題を音楽で証明した作品である。
このアルバムでは、エモーションは叫ばれず、涙は流されず、代わりに空気、余白、低音、時間の伸縮といった要素によって静かに伝えられる。
それは聴く者にとっても、能動的に“沈んでいくこと”を求められる体験であり、BGMにはなり得ない、徹底してパーソナルな儀式のようでもある。
“信仰”とは、何かを信じることではなく、何も信じられなくなった後に残る意志なのかもしれない。
この作品は、喪失の時代を生きる全ての人に向けた、静かなレクイエムである。
おすすめアルバム:
-
Joy Division / Closer
死と絶望を美学として昇華した、ポストパンクの極北。 -
Cocteau Twins / Garlands
夢と闇が交錯する、初期ゴシック・サウンドの名盤。 -
This Mortal Coil / It’ll End in Tears
哀しみとノイズの交錯点に生まれた耽美なコンピレーション。 -
Dead Can Dance / Within the Realm of a Dying Sun
荘厳なサウンドで描かれる、神秘と死の音楽。 -
Bauhaus / Mask
ダークウェイヴの骨格を定義した、不穏で華麗な作品。
コメント