発売日: 2008年6月10日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、サイケデリック・ソウル、アート・ロック
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概要（約1000文字）
『Evil Urges』は、My Morning Jacketが2008年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアの中でもっとも挑発的で、もっとも多面的な作品である。
アメリカ南部の土臭いロックを基盤にしながら、ファンク、ソウル、ディスコ、シンセ・ポップ、フォークといった異なる文脈を一枚に詰め込んだ本作は、当時のインディー・ロック勢が目指していた“ジャンルの壁の解体”を象徴するようなアルバムでもある。
制作を手掛けたのは、前作『Z』に続きジョー・チッカレリ（Joe Chiccarelli）。
ナッシュビルの「Avatar Studios」で録音されたサウンドは、以前のリヴァーブに満ちた曖昧な音像から一転して、よりシャープで前衛的なトーンを帯びている。
Jim James（ジム・ジェームス）のソウルフルなファルセットはアルバム全体を貫く主軸であり、その声はしばしば奇妙でありながら、どこか切実な人間味を帯びている。
タイトル「Evil Urges」（悪しき衝動）が示すように、本作では理性と本能、信仰と欲望、過去と未来といった二項が交錯する。
当時、My Morning Jacketは「南部のロック・バンド」という枠から脱却しようとしていた。
彼らはレトロなギター・ロックの伝統を踏まえつつ、Prince的ファンクやFlaming Lips的サイケデリア、さらにはElectric Light Orchestraのようなポップ・オーケストレーションにまで触手を伸ばしている。
それは同時代のアメリカ音楽における実験精神の象徴であり、インディー・ロックが次なる段階へ移ろうとする過程を記録した作品でもあったのだ。
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全曲レビュー
1曲目：Evil Urges
タイトル曲は、ディスコ風のリズムとファルセット・ヴォーカルによる不穏な幕開け。
ジム・ジェームスは自らの中に潜む衝動を、聖と俗の狭間で戯画的に歌う。
ファンクとサイケデリアがねじれ合う、実験精神の象徴的トラックである。
2曲目：Touch Me I’m Going to Scream Pt.1
ミニマルなシンセとリズムボックスが支配する。
内省的で夢幻的なサウンドスケープが、アルバムのもう一つの側面――電子的な親密さ――を提示する。
3曲目：Highly Suspicious
Prince直系のファンク・チューン。
奇抜なファルセットとコーラスがユーモラスに展開し、異様なテンションの高さが耳を引く。
賛否両論を呼んだが、作品の“大胆さ”を最も象徴する一曲である。
4曲目：I’m Amazed
アルバム中もっともキャッチーなメロディを持つ名曲。
信念と愛への感謝を歌い上げる歌詞が心を打つ。
清らかで、ロックとゴスペルの中間に位置するような普遍性を持つ。
5曲目：Thank You Too!
ややカントリー寄りの温もりある曲調。
「ありがとう」という率直な言葉を通じて、人と人の結びつきを素朴に描く。
6曲目：Sec Walkin
アコースティック・ギターとスチール・ギターが交わる、サザン・ロック的バラード。
フォークの柔らかさと郷愁が滲み出ている。
7曲目：Two Halves
軽快なギター・ポップ。
少年期の記憶や家庭的な温もりをテーマに、バンドの原点的感性を思い出させる。
8曲目：Librarian
穏やかなメロディに乗せて、図書館の静けさと知識への憧れを寓話的に歌う。
ジムの声の繊細なビブラートが心地よい。
9曲目：Look at You
フォーキーでメランコリックな調べ。
恋愛の観察と回想が、どこか距離を置いた視点から描かれている。
10曲目：Aluminum Park
疾走感のあるロック・ナンバー。
ギターのリフが再び前面に出て、バンドの原点であるライブ感が蘇る。
11曲目：Remnants
歪んだギターが炸裂するハード・チューン。
タイトルの通り、過去の断片を拾い上げるようなラフさが魅力だ。
12曲目：Smokin’ from Shootin’
美しいコード進行とゆったりしたテンポ。
自己喪失と回復をめぐる精神的な旅を描く、アルバム後半のハイライト。
13曲目：Touch Me I’m Going to Scream Pt.2
10分近い大作で、Part 1の主題をアンビエント的に再構築。
宇宙的広がりを持つシンセとギターのうねりが、アルバムを幻惑的に締めくくる。
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総評（約1200〜1500文字）
『Evil Urges』は、My Morning Jacketにとって最も実験的であり、同時に最も人間的な作品である。
サウンド面では、従来のサザン・ロック／カントリー的要素に加えて、ファンクやR&B、シンセ・ポップといった異ジャンルを融合。
Jim Jamesの声を中心に、バンドは“アメリカ音楽の可能性”そのものを拡張してみせた。
特筆すべきは、アルバム全体の「二面性」である。
『Z』で見せたドリーミーなサウンドスケープはここでも健在だが、そこに肉体性と快楽主義が強く結びつく。
「Highly Suspicious」や「Evil Urges」は性的エネルギーを露骨に描きつつも、それを笑いと崇高さの間で処理しており、どこか宗教的な儀式のような熱を帯びている。
一方で「I’m Amazed」「Thank You Too!」「Sec Walkin」などは、愛や信頼、感謝といった普遍的な感情を真摯に描き、アルバムの重心を安定させている。
この両極の同居こそが、『Evil Urges』を単なる奇作ではなく、深みを持った作品へと昇華しているのだ。
2008年という時代は、インディー・ロックがメインストリームの光を浴びる中で、新たな方向を模索していた時期だった。
Arcade Fireが壮大なシンフォニック・ロックを提示し、Radioheadがデジタル配信で新しい聴取体験を切り開いた頃、My Morning Jacketは「ジャンルの越境」をテーマに、自分たちの内面とアメリカ音楽の過去をつなぎ直した。
その挑戦は決して整然としたものではないが、そこにこそ真の冒険が宿る。
制作陣のジョー・チッカレリは、Jim Jamesの多重録音や空間処理を生かしつつ、全体の音響をクリアに整えた。
結果、バンドのダイナミクスがより明確に浮かび上がり、前作よりも生々しいタッチでリスナーに迫る。
ライブ感とスタジオ技巧がせめぎ合う音像は、まさに“人間的な実験音楽”という矛盾を体現している。
本作は賛否を呼んだが、長期的に見ればバンドの表現幅を飛躍的に広げた重要作である。
この後の『Circuital』（2011）で再び有機的な音に回帰する伏線としても機能しており、バンドの歴史を俯瞰する上でも欠かせない章となっている。
聴くたびに新しい層が現れる――そんな多面体のようなアルバムなのだ。
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おすすめアルバム（5枚）
- Z / My Morning Jacket
『Evil Urges』の実験性の原点となる前作。アンビエントとロックの融合。 - Circuital / My Morning Jacket
有機的なサウンドへの回帰。『Evil Urges』の混沌を昇華した後継作。 - In Rainbows / Radiohead
ジャンルの壁を越えた実験と温かみ。音響の自由さが共鳴する。 - Purple Rain / Prince
ファンクとポップ、霊性と官能が交錯する影響源的作品。 - Yoshimi Battles the Pink Robots / The Flaming Lips
サイケとポップの境界を溶かした、同時代的傑作。
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歌詞の深読みと文化的背景
『Evil Urges』というタイトルが示すように、アルバム全体には「衝動」と「救済」という対立軸が貫かれている。
ジム・ジェームスは信仰と欲望、道徳と本能の狭間でもがく人間をユーモラスに、時に真剣に描く。
「Evil Urges」では快楽への葛藤、「I’m Amazed」では愛の奇跡、「Smokin’ from Shootin’」では喪失と再生が歌われる。
どの曲にも、彼のスピリチュアルな視点と現実的な痛みが共存しているのだ。
この内省的でユーモラスな二重構造は、アメリカ文化に根付く“聖と俗”の伝統と深くつながっている。
南部の教会音楽、ソウル、ロックンロールの文脈を継承しながらも、それを現代的なポップの言語で語り直す。
結果、『Evil Urges』は単なるスタイルの混合ではなく、アメリカ音楽そのものの“意識の再構築”を試みたアルバムといえる。
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ビジュアルとアートワーク
ジャケットは幻想的で抽象的な色彩に包まれており、内面世界の混沌と光を象徴している。
アートワーク全体は、ジム・ジェームスが描く“自己と世界の二重写し”を視覚化したもので、音楽と密接に呼応している。
理性と衝動のはざまで揺れるこの作品は、まさに光と影の境界に立つロック・アルバムなのだ。
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