Everything in Its Right Place by Radiohead(2000)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Everything in Its Right Place(すべてはあるべき場所にある)」は、Radioheadが2000年に発表した4作目のスタジオ・アルバム『Kid A』のオープニングを飾る楽曲であり、同作における音楽的・精神的“宣言”とも言える作品である。

この曲に登場する言葉の数は決して多くない。
むしろ、その反復の中に精神の揺らぎや断絶、世界との断線、そしてそれに対する諦念とも希望ともつかぬ静かな受容が流れている。
「昨日、僕は口を開いた。でも、誰もが聞きたがらなかった」「僕はなぜか、右手を使っているのに左手を感じる」
そんな言葉たちは、論理的意味よりも感覚的・感情的レベルで私たちに作用し、聴く者を“ズレ”や“違和感”の世界へ引き込んでいく。

タイトルが示す「Everything in Its Right Place(すべてが正しい場所にある)」というフレーズ自体が、もはや“そうでないこと”の象徴となっており、秩序を繕いながらも内側では崩壊が進んでいるという皮肉を漂わせる。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲が生まれた背景には、アルバム『OK Computer』の成功を受けた後のツアー疲労、メディアからの過剰な注目、そしてトム・ヨーク自身の燃え尽き症候群的な精神状態がある。

彼はこの時期、ギターに対する興味を失い、ピアノと電子音楽にのめり込むようになっていた。その結果として、『Kid A』では従来のロック的手法から大きく逸脱し、IDMやアンビエント、クラウトロックの影響を色濃く感じさせる作品が生まれることになる。

「Everything in Its Right Place」は、まさにその変化を象徴する楽曲であり、シンセサイザーとヴォコーダーを多用したミニマルで有機的なサウンドが、内的混乱と現実のズレを鮮やかに描き出している。

タイトルの語感は一見ポジティブだが、トム・ヨークはこの言葉を“皮肉”として用いている。
すべてが正しいように見えるが、内実は壊れている。いや、壊れているからこそ、人はそれを「正しい」と言い聞かせようとするのかもしれない。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Radiohead “Everything in Its Right Place”

Everything / Everything / Everything / Everything
すべてが すべてが すべてが すべてが

In its right place / In its right place / In its right place / Right place
あるべき場所に あるべき場所に 正しい場所に

Yesterday I woke up sucking a lemon
昨日、目覚めたとき レモンを吸ってる夢を見てた

There are two colors in my head / What is that you tried to say?
僕の頭には2つの色がある 君は何を言おうとしてたんだっけ?

What was that you tried to say?
君が言おうとしてたのは何だった?

4. 歌詞の考察

この曲の歌詞は、意味というより“感じる”ために書かれている。

「レモンを吸って目覚めた」という不可解なイメージは、不快な夢や覚醒時の違和感、現実の“酸っぱさ”を象徴しているとも考えられるし、ただの身体感覚的な断片として機能しているとも取れる。

「頭の中に2つの色がある」というフレーズも、理性と感情、もしくは現実と幻想といった二元的な対立や混在を示唆しており、“分離”と“混乱”の両方が表現されている。

そして、繰り返される「What was that you tried to say?(君が言おうとしていたのは何だったっけ?)」という問いは、対話の不可能性、意味のすり抜け、言語の限界を感じさせる。この部分は、実際にライブ中にトム・ヨークが観客に対して“何も伝わっていない”と感じた経験から来ているとされる。

つまりこの曲は、言葉が通じない、感覚がズレている、世界が“あるべき場所”にあるようでいて、まったくそうでないという状態の中で、なんとか“正しさ”を自分に言い聞かせる、そんな精神の表面張力のようなものなのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Kid A by Radiohead
    同アルバム収録のタイトル曲。電子的ノイズと崩壊したボーカルが描く、ポスト・ヒューマンな世界。

  • Pyramid Song by Radiohead
    時間と死、輪廻をテーマにしたスローで神秘的なバラード。知覚の曖昧さが共通している。

  • Everything in Its Right Place (Live Remix) by Radiohead
    ライブではジョニー・グリーンウッドのリアルタイムサンプラー操作により、原曲がさらに抽象化される。必聴の異形バージョン。

  • Unison by Björk
    個と世界の調和をめぐる静かで緻密なエレクトロニカ。音の余白と身体性が「Everything…」と響き合う。

6. 音と言葉の“ズレ”がもたらす美しさ

「Everything in Its Right Place」は、Radioheadにとっての“リセット”であり、感情や言葉の不安定さをあえてそのまま音楽に刻みつけた画期的な作品である。

この曲が放つ“違和感の美学”は、聴く者を“理解できない何か”と向き合わせる。だがそのズレの中にこそ、真の感情の揺らぎや、言葉にならない痛み、そして現実世界との距離が潜んでいる。

それはまるで、「すべてが正しい場所にある」と繰り返しながら、実のところ何も信じられなくなった現代人の祈りのようでもある。

この曲を聴くたびに、“正しさ”とは何か、“場所”とはどこなのか、問いかけられているような気がしてならない。
だからこそこの楽曲は、Radioheadの20世紀末から21世紀初頭への“精神的な転移点”として、今もなお色あせず、聴く者の深層を揺さぶり続けている。

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