アルバムレビュー:Every Country’s Sun by Mogwai

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2017年9月1日

ジャンル:ポストロック、インストゥルメンタル・ロック、エクスペリメンタル・ロック、シューゲイズ、エレクトロニカ

概要

スコットランド・グラスゴー出身のポストロック・バンド、Mogwaiが2017年に発表した9作目のスタジオ・アルバムが『Every Country’s Sun』である。1990年代後半のポストロック隆盛期に登場したMogwaiは、静と動の極端な対比、長尺のインストゥルメンタル構成、轟音ギターのレイヤー、ミニマルな反復を武器に、ロック・バンドの編成でありながら映画音楽や現代音楽にも通じる音響世界を築いてきた。本作は、そうした彼らの基本的な語法を保ちながら、キャリア中期以降に深まった電子音楽的な質感、コンパクトな構成、サウンドトラック制作で培った空間設計を統合した作品として位置づけられる。

Mogwaiは『Young Team』(1997年)でポストロックの代表格として認知され、『Come On Die Young』(1999年)では不穏な静けさと音響的緊張を突き詰めた。その後、『Rock Action』(2001年)や『Happy Songs for Happy People』(2003年)ではメロディの明確化や電子音の導入を進め、2010年代には『Rave Tapes』(2014年)でシンセサイザーの比重を高めた。『Every Country’s Sun』は、こうした変遷を踏まえたうえで、初期Mogwaiの荒々しいギター・ノイズと、後年の緻密なプロダクションを再接続するアルバムである。

制作面では、初期の重要作を手がけたプロデューサー、デイヴ・フリッドマンとの再タッグが大きな意味を持つ。フリッドマンはThe Flaming LipsやMercury Revとの仕事でも知られ、サイケデリックで奥行きのある音像、歪みを含んだ立体的なミックスに定評がある。本作でも、ギター、ドラム、ベース、シンセサイザーが単に並列されるのではなく、楽曲ごとに焦点を変えながら、音の密度と余白が丁寧に設計されている。Mogwaiの音楽はしばしば「歌詞のないロック」と説明されるが、本作では言葉の欠如そのものがテーマ性を生み、曲名、音色、展開の力によって感情や風景を喚起している。

ポストロックというジャンルは、Tortoise、Slint、Godspeed You! Black Emperor、Talk Talkなどの影響を受けながら、ロックの慣習的な歌メロやヴァース/コーラス構造から離れ、反復、音響、ダイナミクスを重視する方向へ発展した。Mogwaiはその中でも、ハードコアやオルタナティヴ・ロックの轟音を持ち込み、抽象性と肉体性を両立させた存在である。『Every Country’s Sun』は、ポストロックが1990年代の実験精神から、映画、ゲーム、テレビドラマ、アンビエント、電子音楽と接続する現代的な音楽言語へ広がっていったことを示す作品でもある。

全曲レビュー

1. Coolverine

アルバムは「Coolverine」によって静かに幕を開ける。タイトルはアメコミ的な言葉遊びを感じさせるが、楽曲自体は過度に派手ではなく、むしろ抑制されたテンポと透明感のあるギター・フレーズによって、冷たい空気を少しずつ広げていく。反復されるモチーフはミニマルで、そこにドラムとベースが加わることで、ゆっくりと推進力が増していく。

Mogwaiの典型的な「静から動へ」の構成を備えつつも、この曲では爆発的な轟音よりも、層を積み重ねることによる緊張の形成が重視されている。ポストロックにおけるクライマックスは、単なる音量の増大ではなく、聴き手の時間感覚を変化させる過程にある。「Coolverine」はその点で、本作の導入曲としてきわめて機能的であり、アルバム全体の硬質でメランコリックなトーンを提示している。

2. Party in the Dark

「Party in the Dark」は、本作の中でも明確にヴォーカルを前面に出した楽曲である。Mogwaiは基本的にインストゥルメンタル・バンドとして語られることが多いが、キャリアを通じてヴォコーダーや淡い歌声を取り入れてきた。本曲では、シューゲイズやドリームポップに近い浮遊感のあるメロディが中心となり、バンドの別の側面が表れている。

歌詞は暗闇の中の祝祭、あるいは不確かな状況の中で一時的な高揚を見いだすような感覚を示唆する。タイトルの「Party in the Dark」は、喜びと不安が共存するイメージを持ち、明るいポップ・ソングのようでありながら、背後には孤独や閉塞感が漂っている。音楽的には、歪んだギターが壁のように鳴るのではなく、メロディを包み込む柔らかな膜として機能しており、Mogwaiがポストロックの枠を超えて、インディー・ロックやシューゲイズ的な歌ものにも接近できることを示している。

3. Brain Sweeties

「Brain Sweeties」は、淡々としたビートとシンセサイザーの音色が印象的な楽曲である。タイトルからは、脳に作用する甘味、つまり快楽や刺激を思わせるイメージが浮かぶが、曲調は単純な快楽主義ではなく、どこか機械的で冷ややかである。リズムは過度に前に出ることなく、一定の歩幅で進み、ギターや鍵盤のフレーズがその上に配置される。

この曲では、Mogwaiが2010年代に深めてきた電子音楽的なアプローチがよく表れている。エレクトロニカやクラウトロックの反復性を思わせる構造の中で、バンド・サウンドは有機的な熱量というよりも、都市的な無機質さを帯びる。歌詞が存在しないため、曲名と音像から意味を読み取ることになるが、「Brain Sweeties」は現代社会における刺激の消費、情報や快楽が断片的に脳へ流れ込む感覚とも結びつけられる。アルバムの中では、ギターの轟音ではなく、リズムと電子音によって緊張を作る重要なトラックである。

4. Crossing the Road Material

「Crossing the Road Material」は、Mogwaiらしいギター・アンサンブルの美しさが際立つ楽曲である。曲名は日常的で、どこかユーモラスでもあるが、音楽は慎重に展開し、日常の一瞬が大きな心理的風景へ拡張されていくような印象を与える。ポストロックの魅力の一つは、ありふれた行為や風景を、音の積み重ねによって映画的なスケールへ変換する点にある。本曲はまさにその性質を持っている。

ギターはクリーンな響きから始まり、徐々に厚みを増す。ドラムは派手なフィルよりも、安定したグルーヴで全体を支え、ベースは低域に重心を与える。楽曲の展開は大きな断絶を伴わず、緩やかな上昇を描く。歌詞がないにもかかわらず、移動、通過、境界を越える感覚が明確に伝わるのは、音の密度が段階的に変化していくためである。Mogwaiの楽曲におけるドラマ性は、物語を説明することではなく、聴き手に物語を想像させる余地を残す点にある。

5. aka 47

「aka 47」は、タイトルの鋭さに反して、楽曲は抑制されたトーンで進行する。タイトルは兵器や暴力性を連想させるが、音楽的には直接的な攻撃性よりも、不穏な気配や冷たい緊張が前面にある。Mogwaiはしばしば曲名にブラックユーモアや不可解な言葉を用いるが、それによって楽曲の解釈を一方向に固定せず、曖昧な余白を生み出している。

サウンド面では、ギターと電子音が絡み合い、明確なメロディよりも質感が重視される。低域は重く、全体の空気はやや閉塞的である。ポストロックの文脈では、暴力や破壊を直接描写するのではなく、爆発前の圧力や、破壊後に残る空虚さを音響化することが多い。「aka 47」もその系譜にあり、音数を詰め込みすぎず、空間の中に緊張を漂わせることで、聴き手に不安定な感情を喚起する。アルバム中盤において、華やかさではなく影の部分を担う楽曲である。

6. 20 Size

「20 Size」は、比較的コンパクトながら、バンドのダイナミクスが凝縮された楽曲である。序盤からリズムが明確で、ギターの反復が曲全体を牽引する。Mogwaiの音楽では、単純なリフやフレーズが繰り返されることで、時間の経過とともに意味が変化していく。この曲でも、同じようなモチーフが反復されながら、周囲の音が変化することで、聴こえ方が少しずつ変わる。

音楽的には、ポストロックの構築性とオルタナティヴ・ロックの推進力が接近している。過度に長尺化せず、緊張感を保ったまま展開する点は、キャリア後期のMogwaiらしい洗練といえる。歌詞のない楽曲でありながら、タイトルの抽象性によって、サイズ、尺度、成長、圧縮といったイメージが想起される。楽曲そのものも、短い枠の中に大きな音響的スケールを収めており、アルバム全体のバランスを引き締める役割を果たしている。

7. 1000 Foot Face

「1000 Foot Face」は、アルバムの中でも印象的なタイトルを持つ楽曲である。巨大な顔というイメージは、圧倒的な存在感、監視、神話的なスケール、あるいは歪んだ自己像を連想させる。楽曲はそのタイトルにふさわしく、静謐でありながらもどこか異様な空間性を持っている。

この曲では、メロディは前面に出すぎず、音の層が霧のように広がる。テンポは抑制され、ドラムやベースは全体の輪郭を支える役割に徹している。Mogwaiがサウンドトラック制作で培った映像的な音作りがよく表れており、具体的な場面を説明せずとも、巨大な構造物や広大な風景を想像させる。ポストロックはしばしば「映画的」と評されるが、その映画性は単に壮大なメロディを鳴らすことではなく、聴き手の視覚的想像力を刺激する音響設計にある。「1000 Foot Face」は、そうしたMogwaiの長所が静かに発揮された楽曲である。

8. Don’t Believe the Fife

「Don’t Believe the Fife」は、タイトルからしてMogwai特有の言葉遊びと地域性が感じられる。Fifeはスコットランドの地名としても解釈でき、また「Don’t Believe the Hype」という表現をもじったようにも見える。Mogwaiはスコットランドのバンドでありながら、地域性を直接的な民俗音楽として表現するのではなく、ユーモアや距離感を通じて作品に刻み込んできた。本曲のタイトルも、その姿勢を象徴している。

音楽的には、徐々に高まる緊張と重厚なギター・サウンドが特徴である。序盤は比較的静かに進むが、次第に音が厚くなり、轟音へと向かっていく。これは初期Mogwaiを代表するダイナミクスの手法に近いが、本作では音の配置がより整理され、単なる爆発ではなく、構築されたクライマックスとして機能している。歌詞がないため、タイトルの皮肉や不信感が音の展開と結びつき、何かが膨張していく感覚、あるいは噂や幻想が巨大化していく過程を思わせる。アルバム後半へ向けた重要な起点となる曲である。

9. Battered at a Scramble

「Battered at a Scramble」は、より荒々しいロック的な質感を持った楽曲である。タイトルは混乱、衝突、打撃を思わせ、曲調にもそのニュアンスが反映されている。Mogwaiの音楽には、静寂や繊細な音響美だけでなく、パンクやハードコアに通じる身体的な激しさが常に存在してきた。この曲では、その粗さが比較的前面に出ている。

ギターは歪みを帯び、ドラムは力強く、曲全体に切迫感がある。ただし、単純なロック・アンセムとして突き進むのではなく、フレーズの反復や音の重なりによって、混沌が構造化されている点がMogwaiらしい。タイトルの「Scramble」は混戦や急発進を意味し、サウンドもまた、整理されきらないエネルギーが渦巻くように展開する。アルバムの中では、内省的な楽曲群に対して強い運動性を与え、終盤の緊張感を高める役割を担っている。

10. Old Poisons

「Old Poisons」は、タイトルの通り、古い毒、過去から残る有害な記憶や感情を思わせる楽曲である。音楽的には重く、暗く、攻撃的な側面が強い。Mogwaiの轟音表現は、単なる音圧の快楽ではなく、抑圧された感情や社会的な不穏さを抽象的に表す手段として機能する。この曲でも、ギターの歪みとリズムの重さが、蓄積された毒性のように迫ってくる。

本曲は、アルバム終盤の中でも特にロック色が強く、初期作品の荒々しさを想起させる。ただし、音像は現代的に整理されており、各楽器の輪郭が明確である。過去の毒というテーマは、個人的な記憶だけでなく、社会や歴史に残る負の遺産としても解釈できる。歌詞がないからこそ、聴き手はその毒の正体を自由に想像できる。Mogwaiのインストゥルメンタル表現の強みは、具体的なメッセージを提示するのではなく、感情の圧力そのものを音として提示できる点にある。

11. Every Country’s Sun

アルバムの最後を飾るタイトル曲「Every Country’s Sun」は、本作のテーマを象徴する壮大なクロージング・トラックである。タイトルは「すべての国の太陽」と訳せるが、その言葉は希望にも、皮肉にも、普遍的な自然現象にも聞こえる。国境や政治的区分を超えて太陽は存在するが、人間社会はそこに境界を引き、対立を生み出す。このタイトルには、そうした普遍性と分断の対比が含まれているように受け取れる。

楽曲は静かに始まり、時間をかけて巨大な音響へと成長していく。Mogwaiの王道ともいえる構成だが、ここでのクライマックスは単なる回帰ではなく、アルバム全体を締めくくる到達点として重みを持つ。ギターのレイヤーは厚く、ドラムは大きなうねりを生み、シンセサイザーは空間の奥行きを広げる。終盤に向けて音が膨張していく過程は、太陽が地平線から昇るというよりも、世界全体を覆う光と熱が増していくようなスケールを持つ。

この曲には歌詞がないが、タイトルが示すイメージは非常に強い。2010年代後半という時代背景を考えると、国際的な分断、ナショナリズム、社会不安といった問題が世界的に顕在化していた時期であり、「Every Country’s Sun」という言葉は、そうした時代の空気の中で、国ごとに異なる現実を照らす同じ太陽という象徴として響く。アルバムの最後にこの曲が置かれることで、本作は個々の楽曲の集合ではなく、世界を俯瞰するようなスケールを持つ作品として完結する。

総評

『Every Country’s Sun』は、Mogwaiのキャリアにおいて、初期の轟音ポストロックと中期以降の電子音楽的洗練を統合した重要作である。『Young Team』のような若々しい破壊衝動だけに依存するのではなく、『Rave Tapes』以降のシンセサイザーを中心とした冷たい質感や、サウンドトラック制作を経て獲得した映像的な空間設計を取り込み、より成熟したアルバムとして成立している。

本作の特徴は、極端な実験性よりも、Mogwaiというバンドの語法を高い完成度で再構成している点にある。静かな反復、徐々に厚みを増すアレンジ、轟音のクライマックス、シューゲイズ的な浮遊感、エレクトロニカ的な冷たさ、そして時折現れる歌もののメロディ。これらの要素が、アルバム全体を通じてバランスよく配置されている。特に「Coolverine」「Don’t Believe the Fife」「Every Country’s Sun」では、Mogwaiらしいスケール感が明確に示され、「Party in the Dark」ではメロディアスな側面が親しみやすい形で表れている。

歌詞の少ない作品でありながら、テーマ性は希薄ではない。むしろ曲名、音色、構成によって、現代社会の不安、都市的な孤独、暴力の気配、国境を越える普遍性といったイメージが浮かび上がる。日本のリスナーにとっても、本作はポストロック入門として聴きやすい一方で、アルバム単位で音の流れを追うことで深い理解が得られる作品である。ロックの歌詞やメロディだけでなく、音そのものが感情や物語を生み出すことを体感したいリスナーに適している。

Mogwaiは、Explosions in the Skyのような叙情的ポストロック、Godspeed You! Black Emperorのような政治的・終末的スケール、Tortoiseのようなジャズや電子音楽との融合とは異なり、よりロック・バンドとしての肉体性と音響的抽象性を両立させてきた。『Every Country’s Sun』は、その独自性が2010年代の文脈で更新された作品であり、ポストロックが単なる1990年代のジャンルではなく、現在進行形で変化し続ける表現形式であることを示している。

おすすめアルバム

1. Mogwai – Young Team(1997年)

Mogwaiのデビュー作であり、ポストロック史における重要作。静寂から轟音へと雪崩れ込むダイナミクス、長尺の構成、荒々しいギター・ノイズが特徴である。『Every Country’s Sun』で聴けるスケール感の原点を知るうえで欠かせない作品。

2. Mogwai – Happy Songs for Happy People(2003年)

電子音やメロディの比重が増し、Mogwaiの内省的な側面が強く表れたアルバム。轟音だけでなく、繊細な音響設計や淡い感情表現を重視しており、『Every Country’s Sun』の静的な美しさに惹かれたリスナーに適している。

3. Godspeed You! Black Emperor – Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven(2000年)

カナダのポストロック集団による大作。長尺の組曲形式、フィールド録音、政治的・終末的なムードが特徴で、ポストロックの壮大な可能性を示した作品である。Mogwaiよりも劇的で黙示録的な音像を持つ。

4. Explosions in the Sky – The Earth Is Not a Cold Dead Place(2003年)

アメリカのポストロックを代表する一枚。クリーン・ギターのアルペジオと感情的なクライマックスを中心に、叙情的で開放感のあるサウンドを展開する。Mogwaiの暗さや重さとは異なるが、インストゥルメンタル・ロックの表現力を理解するうえで有効な作品。

5. Tortoise – Millions Now Living Will Never Die(1996年)

ポストロックという概念を広く定着させた重要作の一つ。ジャズ、ダブ、クラウトロック、ミニマル・ミュージック、電子音楽を横断する知的なアンサンブルが特徴である。Mogwaiのギター中心のアプローチとは異なるが、ロック以後のバンド音楽の可能性を知るうえで関連性が高い。

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