発売日: 2001年6月19日
ジャンル: エレクトロニカ、エクスペリメンタル、アンビエント、IDM
- 十二支が踊り、電子音が祈る——“スーフィアンの祈祷電子音楽”という異形の試み
- 全曲レビュー:
- 1. Year of the Asthmatic Cat
- 2. Year of the Monkey
- 3. Year of the Rat
- 4. Year of the Ox
- 5. Year of the Boar
- 6. Year of the Tiger
- 7. Year of the Dragon
- 8. Enjoy Your Rabbit
- 9. Year of the Snake
- 10. Year of the Horse
- 11. Year of the Sheep
- 12. Year of the Rooster
- 13. Year of the Dog
- 14. Year of the Pig
- 15. Year of Our Lord
- 総評:
- おすすめアルバム:
十二支が踊り、電子音が祈る——“スーフィアンの祈祷電子音楽”という異形の試み
Sufjan Stevensの2作目Enjoy Your Rabbitは、
アコースティックやフォークの要素を一切排し、
全編インストゥルメンタルのエレクトロニカ作品として構築された異端作である。
前作A Sun Cameで示された民族音楽的多様性やスピリチュアルな視線は、
本作では電子音とサンプルの断片化によって“記号化”された祈りとして再構築されている。
コンセプトは中国の干支(十二支)に基づく“動物の年”をテーマにした音のカレンダー。
干支に「ラビット(兎)」があること、そして「享受せよ(Enjoy)」というタイトルの皮肉——
本作は、文化の翻訳と抽象化を通して、音楽が“異文化と時間”をどう記述しうるかという試みでもある。
全曲レビュー:
1. Year of the Asthmatic Cat
喘息持ちの猫。
ノイズ混じりのグリッチ・ループとシンセの旋律が重なる、
スーフィアンらしい“生き物への優しいユーモア”が漂う序章。
2. Year of the Monkey
IDM的リズムと断続的なメロディが交差する、もっとも複雑な構成の一曲。
“猿”という知性と混乱の象徴を、ポリリズムで描写。
3. Year of the Rat
低音が主導するダークな雰囲気。
都市の片隅に潜む“ラット”のイメージが、反復と歪みで再現される。
4. Year of the Ox
重厚なシンセベースとスローなテンポ。
“労働”と“静かなる力”を感じさせる、まるで音による風土記。
5. Year of the Boar
歪んだノイズの壁と断続的なリズム。
荒々しくもどこか牧歌的な対比が面白い。
6. Year of the Tiger
鋭く跳ねるような音像。
獰猛さと優雅さの共存を、ドラムマシンとストリングス・シンセが表現する。
7. Year of the Dragon
最も“神話的”な音像。
幻想的なパッドとエフェクトが、伝説と現実の境界を曖昧にする。
8. Enjoy Your Rabbit
タイトル曲。
テンポが速く、メカニカルで不穏なメロディ。
“ラビット”の可愛さではなく、時間・性・反復の象徴としての兎を描く。
9. Year of the Snake
滑らかで静かなトーン。
シンセが絡み合う中、冷たくも有機的な“うねり”が表現される。
10. Year of the Horse
軽やかで風のようなトラック。
コードの展開に乗って、どこか映画的な“旅情”が感じられる。
11. Year of the Sheep
ミニマルで穏やかなトーン。
音の反復が“群れ”を思わせる、静かな安心感を持った一曲。
12. Year of the Rooster
朝焼けのように開けたパーカッションと、細かなビート。
暁とともに鳴き声を上げる鶏のように、音が徐々に明るさを帯びる。
13. Year of the Dog
忠実さと哀愁を兼ね備えた、物語性あるメロディ。
犬という存在が持つ“他者へのまなざし”が音に溶け込んでいる。
14. Year of the Pig
牧歌的でユーモラス。
シンセが奏でるメロディは、どこか子どもっぽい無邪気さを含む。
15. Year of Our Lord
干支のテーマを超え、信仰と時間の終点にたどり着く。
荘厳なシンセ、揺らぐような音の層。
“我らの主の年”というタイトルが示すように、
個人的宗教観がサウンドに滲み出る終曲。
総評:
Enjoy Your Rabbitは、Sufjan Stevensのディスコグラフィの中でも最も異色かつ抽象的な作品である。
ここにあるのは、歌でも詩でもなく、“コードと信仰と記号”の音響的再構築だ。
それは一種の現代音楽でもあり、個人の宗教的ドキュメントでもあり、
同時に、ポップミュージックという形式からの“逃避”であり“回帰”でもある。
後年、この作品は弦楽四重奏アレンジによるRun Rabbit Runとしても再構築され、
スーフィアンが音楽を“再解釈し続ける作家”であることを裏付けた。
おすすめアルバム:
-
Aphex Twin / Selected Ambient Works Volume II
音と空間、記憶の抽象。非言語的な感情世界を描いた先駆的名盤。 -
Steve Reich / Music for 18 Musicians
反復とミニマリズムを通して“時間”を音にした現代音楽の金字塔。 -
Four Tet / Rounds
フォークと電子音を融合させたエレクトロニカの傑作。 -
Oneohtrix Point Never / Replica
サンプリングと断片化による新しい“物語なき風景”の構築。 -
Sufjan Stevens / Run Rabbit Run
本作をクラシックアンサンブルで再解釈した“もう一つの答え”。
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