Einmal war Belsen vortrefflich by Sex Pistols(1977)楽曲解説

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

1. 歌詞の概要

Einmal war Belsen vortrefflichは、Sex Pistolsが1979年に発表したサウンドトラック・アルバムThe Great Rock ‘n’ Roll Swindleに収録された楽曲である。

ただし、この曲は一般的にはBelsen Was a Gasという英語タイトルで知られている。The Great Rock ‘n’ Roll Swindleでは、ドイツ語風のタイトルとしてEinmal Belsen war vortrefflich、あるいはEinmal Belsen war wirklich vortrefflichに近い表記で掲載されたバージョンがあり、表記には揺れがある。

ユーザーが入力したEinmal war Belsen vortrefflichも、その系統のタイトルを指していると考えられる。

この曲を語るとき、まず避けて通れないのは、題材がナチスの強制収容所ベルゲン・ベルゼンであることだ。

ベルゲン・ベルゼンは、第二次世界大戦中に多くの人々が飢餓、病気、虐待の中で命を落とした場所である。アンネ・フランクと姉マルゴーが亡くなった場所としても知られている。

そのような歴史的惨事を、Sex Pistolsはきわめて露悪的で不謹慎な言葉遊びにしている。

この曲は、美しい意味での反戦歌ではない。

犠牲者への丁寧な追悼歌でもない。

むしろ、最悪の言葉をわざと使って、聴き手を不快にさせるための曲である。

歌詞は、ベルゼンをめぐる悪趣味なジョークを中心に構成されている。そこには、ホロコーストの被害者を思いやる視線はほとんどない。むしろ、死者の尊厳や歴史的記憶を踏みにじるような、極端な挑発が前面に出ている。

この曲をそのままラブソングや社会批評のように扱うことはできない。

Sex Pistolsの楽曲の中でも、Belsen Was a Gasは特に問題含みの作品である。John Lydon自身も後年、この曲について、悪趣味で愚かなものだったという趣旨の発言をしている。つまり、バンド自身の歴史の中でも、単なるパンクの挑発として簡単に肯定できる曲ではない。

では、この曲に何があるのか。

それは、パンクが持っていた破壊衝動の最も危険な部分である。

1970年代後半のSex Pistolsは、英国社会の偽善、王室、メディア、労働者階級の閉塞感、若者の怒りを、汚い音と汚い言葉で叩きつけたバンドだった。彼らの音楽は、既存の秩序を壊すことに力を持っていた。

だが、秩序を壊すことと、他者の尊厳を踏みにじることは同じではない。

Belsen Was a Gas、またはEinmal war Belsen vortrefflichは、その境界線を越えてしまった曲として聴くべきである。

この曲は、パンクの自由を示す名曲というより、パンクの暴力性と未熟さを記録した問題作である。

だからこそ、聴くなら批評的に聴く必要がある。

2. 歌詞のバックグラウンド

Belsen Was a Gasは、Sex Pistolsの公式スタジオ・アルバムNever Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistolsには収録されていない。

一般に知られる形で登場したのは、バンド解散後に制作された映画およびサウンドトラックThe Great Rock ‘n’ Roll Swindleである。このアルバムは1979年にリリースされ、Sex Pistolsの物語を、マネージャーのMalcolm McLaren側の視点から半ば茶番のように再構成した作品だった。

The Great Rock ‘n’ Roll Swindleは、純粋なバンドのアルバムというより、映画、詐欺、商品化、悪ふざけ、残骸の寄せ集めである。

Johnny RottenことJohn Lydonはすでにバンドを離れていた。

Sid Viciousは1979年2月に亡くなっている。

Sex Pistolsという名前だけが、スキャンダルと商業の中でまだ動かされていた。

そのため、この時期の作品には、バンド本来のエネルギーと、解散後の搾取的な悪趣味が混ざっている。

Belsen Was a Gasにも複数のバージョンがある。

ひとつは、1978年1月14日のサンフランシスコ、Winterlandでの最後の公演に由来するライブ・バージョンである。もうひとつは、Ronnie Biggsがボーカルを取ったスタジオ風のバージョンである。

Ronnie Biggsは、1963年の大列車強盗事件で知られる人物で、ブラジルへ逃亡していたことで英国メディアにおける悪名を持っていた。その彼をSex Pistols関連作品に起用すること自体が、The Great Rock ‘n’ Roll Swindle的な悪趣味と話題づくりの一部だった。

この曲の作者については、Sid Viciousが中心的に書いたと語られることが多い。公式クレジット上ではJohn Lydon、Steve Jones、Paul Cook、Sid Viciousらが含まれる形で扱われる場合がある。

重要なのは、この曲がSex Pistolsの代表的な政治的メッセージ曲として生まれたわけではないということだ。

Anarchy in the U.K.やGod Save the Queenには、乱暴ではあっても、時代に対する怒りや社会的な摩擦があった。そこには英国の階級社会や王室、メディア、若者の閉塞感への攻撃が含まれていた。

一方でBelsen Was a Gasは、そうした社会批評としての輪郭が非常に弱い。

むしろ、禁忌を破ること自体が目的になっている。

言ってはいけないことを言う。

不快にさせる。

怒らせる。

笑えない冗談を投げる。

これは、パンクの一側面ではある。

しかし、そのやり方がホロコーストの記憶を使っている以上、単なる若者の悪ふざけとして済ませることはできない。パンクの反抗が、歴史的虐殺の被害者を踏み台にしてしまった瞬間として見なければならない。

1970年代の英国パンクには、ナチス的イメージや禁忌の記号を挑発目的で使う例があった。腕章、鉤十字、軍服、ホロコーストに関する悪趣味な言及。それらはしばしば、親ナチ思想というより、親世代や社会常識への攻撃として使われた。

だが、記号を使う側の意図が挑発だったとしても、受け取る側にとっては傷や差別の再生産になる。

Belsen Was a Gasは、その問題を凝縮している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

この曲はホロコーストを題材にした露悪的で侮辱的な歌詞を含むため、ここでは不必要に詳細な引用は行わない。批評に必要な最小限として、タイトルおよび中心的な表現だけを扱う。

Belsen was a gas

和訳:

ベルゼンは最高だった、という意味を含む悪趣味な言葉遊び

Einmal Belsen war vortrefflich

和訳:

かつてベルゼンは素晴らしかった、というような不自然なドイツ語風の表現

ここで使われているgasという言葉には、二重の意味がある。

英語の俗語として、a gasは楽しいもの、最高なものという意味を持つ。

一方で、ナチスの強制収容所やホロコーストを想起させる文脈では、毒ガスの記憶に結びつく。

この二重性を使った言葉遊びが、この曲の悪趣味な核になっている。

ただし、ベルゲン・ベルゼンはアウシュヴィッツのような絶滅収容所ではなく、ガス室による大量殺戮の中心地ではなかった。そこでは飢餓、病気、虐待、劣悪な環境によって多くの人々が亡くなった。にもかかわらず、この曲はベルゼンという名前とgasという語を結びつけて、ナチス犯罪全体の記憶を雑に扱っている。

ドイツ語風タイトルも同様である。

Einmal Belsen war vortrefflich、あるいは類似表記は、正確なドイツ語として自然なものではなく、むしろナチス的な雰囲気を安易に呼び出すための記号として使われている。

その雑さもまた、曲全体の露悪性を強めている。

歌詞の権利はSex Pistolsの各権利管理者に帰属する。ここでは批評・解説を目的として、短い範囲に限定して引用している。

4. 歌詞の考察

Belsen Was a Gasを考えるとき、まず必要なのは、この曲をかっこいい禁忌破りとして美化しすぎないことである。

Sex Pistolsは、たしかにロック史を変えたバンドだった。

しかし、ロック史を変えたバンドだからといって、すべての曲が正当化されるわけではない。

この曲は、パンクの持つ攻撃性がどこへ向かうべきだったのか、そしてどこで間違ったのかを考えさせる。

パンクは、本来、権力や欺瞞を攻撃する力を持っていた。

王室を笑う。

政府を罵る。

メジャー音楽産業を壊す。

退屈なロックの形式を破壊する。

若者の怒りをそのまま音にする。

その力があったから、Sex Pistolsは重要だった。

だが、Belsen Was a Gasでは、その攻撃の矛先が非常に危うい場所へ向かっている。ナチスの加害性を批判するのではなく、被害者の死を悪趣味な冗談の材料にしているように響くからだ。

ここに、この曲の最大の問題がある。

不快にすること自体は、芸術やパンクの手法としてあり得る。

だが、誰を不快にしているのかが重要である。

権力者を不快にするのか。

抑圧者を不快にするのか。

それとも、歴史的暴力の被害者や、その記憶を抱える人々を不快にするのか。

Belsen Was a Gasは、後者に触れてしまっている。

だから、この曲は反権力の歌として単純には機能しない。

むしろ、反抗のポーズが、弱い立場の人々の記憶を踏みにじる形になってしまった例として聴こえる。

Sex Pistolsの美学には、破壊、悪趣味、嘲笑、詐欺、見世物性があった。Malcolm McLarenの戦略も含め、彼らはスキャンダルを商品化したバンドでもある。God Save the Queenがリリース禁止やチャート操作疑惑をめぐって神話化されたように、Sex Pistolsは騒動そのものを燃料にしていた。

その文脈で見ると、Belsen Was a Gasは、スキャンダルの燃料として最悪の題材を選んだ曲である。

音楽的には、曲は荒々しいパンク・ロックである。

短く、単純で、悪ふざけのように進む。

メロディの美しさや演奏の繊細さで聴かせる曲ではない。

むしろ、雑さそのものが曲の形になっている。

この雑さは、Sex Pistolsらしいとも言える。

彼らの音楽には、洗練とは逆の力があった。上手い演奏よりも、勢いと態度。整った構成よりも、破壊力。だが、この曲ではその雑さが、題材の重さに対してあまりに無責任に聞こえる。

ホロコーストは、雑に扱っていい題材ではない。

そこで起きたことは、ただのショック効果のための素材ではない。

この曲の不快さは、そこにある。

一方で、この曲を完全に無視すれば、パンク史の問題点も見えなくなる。だから、批評的に扱うことには意味がある。

Belsen Was a Gasは、パンクの自由が無限ではないことを示す曲である。

言いたいことを言う自由には、歴史や他者への責任が伴う。

禁忌を破ることが、常に真実を暴くわけではない。

時には、ただ傷を広げるだけの禁忌破りもある。

この曲は、その失敗例として非常に重要である。

また、John Lydonが後年この曲を否定的に語ったことも大きい。彼はSex Pistols時代の多くの挑発を擁護することもある人物だが、この曲に関しては、悪趣味で愚かなものとして距離を置いている。

これは、バンド内部から見ても、この曲が単純に誇れるものではなかったことを示している。

Sid Viciousの存在も、この曲の読まれ方を複雑にしている。

Sidはパンクの象徴として神話化された。

だが、同時に彼は未熟で、破滅的で、暴力と自己破壊に飲み込まれた人物でもあった。

Belsen Was a Gasは、Sid的なパンクの危うさを象徴しているようにも聞こえる。

何でも壊せばいい。

何でも言えばいい。

不快にさせれば勝ち。

自分が燃え尽きてもかまわない。

その態度には、一瞬の強烈な魅力がある。

だが、その先には空虚と暴力しか残らないこともある。

この曲は、まさにその危険な地点にある。

The Great Rock ‘n’ Roll Swindleというアルバム全体も、同じ問題を抱えている。そこには、Sex Pistolsというバンドの本来の怒りが、McLaren的な見世物として消費されていく感覚がある。バンドの死体を使って、さらに商売を続けるような空気がある。

Belsen Was a Gasは、そのアルバムにふさわしいほど不快な曲である。

それは褒め言葉ではない。

むしろ、この曲がThe Great Rock ‘n’ Roll Swindleという作品の腐敗した空気を象徴しているという意味である。

聴きどころがあるとすれば、それは曲の完成度ではなく、パンクの負の遺産がむき出しになっている点だろう。

Sex Pistolsは、ロックを救ったとも言われる。

同時に、ロックの最も幼稚で暴力的な衝動もさらけ出した。

Belsen Was a Gasは、その後者の側にある。

この曲を聴くことは、パンクを単純に美化しないためにも必要かもしれない。

パンクは正義の音楽ではなかった。

いつも弱者の味方だったわけでもない。

怒りは時に間違った方向へ飛ぶ。

反抗は時にただの残酷さになる。

そのことを、この曲は嫌な形で思い出させる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲

Sex Pistolsの中でも、冷戦、壁、軍事的なイメージ、旅行気分と政治的閉塞が混ざった楽曲である。Belsen Was a Gasのような露悪的な禁忌性ではなく、より明確に戦後ヨーロッパの不穏さをパンクとして鳴らしている。攻撃性とテーマ性のバランスを考えるうえで重要な曲だ。

  • Bodies by Sex Pistols

中絶を題材にした、Sex Pistolsの中でも最も過激で不快感の強い曲のひとつである。Belsen Was a Gasと同じく、身体、暴力、嫌悪を前面に出すが、こちらにはより明確な恐怖と混乱がある。Sex Pistolsの露悪性が、どのように音楽的緊張へ変わるかを考えるうえで避けられない曲である。

Sex Pistolsの挑発が最も効果的に社会へ突き刺さった代表曲である。王室と国家への攻撃という明確な対象があり、Belsen Was a Gasのように被害者の記憶を踏みにじる方向ではなく、権威への攻撃として機能している。パンクの挑発が成功した例として聴くべき曲だ。

The Clashの初期パンクを代表する曲で、社会的不満と若者の暴発をストレートに鳴らしている。Sex Pistolsのニヒリズムとは違い、The Clashには政治的な方向性がある。パンクの怒りが、単なる悪趣味ではなく社会的メッセージへ向かう可能性を知るために重要である。

  • Alternative Ulster by Stiff Little Fingers

北アイルランド紛争の空気の中から生まれたパンク・アンセムである。怒りや苛立ちを持ちながらも、現実の政治状況と若者の生活が結びついている。Belsen Was a Gasの無責任な禁忌破りとは対照的に、パンクが現実の苦しみをどう音にできるかを示す曲だ。

6. パンクの限界線として聴くべき問題作

Einmal war Belsen vortrefflich、あるいはBelsen Was a Gasは、Sex Pistolsの曲の中でも特に扱いにくい。

かっこいいとは簡単に言えない。

笑えるとも言えない。

歴史的に重要ではあるが、名曲として称賛するのも違う。

この曲は、問題作である。

そして、その問題性を消さずに聴く必要がある。

Sex Pistolsは、ロックの歴史に大きな傷と衝撃を残したバンドだった。彼らの登場によって、ロックは技術や完成度だけではなく、態度、怒り、醜さ、社会との摩擦を取り戻した。

その功績は大きい。

だが、Belsen Was a Gasは、その態度がどこまで行けばただの残酷さになるのかを示している。

禁忌を破ることは、いつも勇気ではない。

時には、想像力の欠如でしかない。

不快なことを言うことは、いつも真実を語ることではない。

時には、他人の痛みに鈍感なだけである。

この曲には、その鈍感さがある。

ベルゲン・ベルゼンという名前は、単なるショックワードではない。そこには実際に亡くなった人々がいる。家族を奪われた人々がいる。歴史の記憶がある。そこに対して、Sex Pistolsはあまりに乱暴な言葉を投げている。

その乱暴さを、パンクだからで済ませることはできない。

ただし、この曲を完全に封印すればいいとも思わない。

むしろ、聴くなら、これはパンクの限界線として聴くべきだ。

何を壊すべきだったのか。

何を壊してはいけなかったのか。

怒りは誰に向けるべきだったのか。

反抗はどこで加害に変わるのか。

Belsen Was a Gasは、その問いを突きつける。

Sex Pistolsの優れた曲には、攻撃対象がはっきりしているものがある。

God Save the Queenは王室と国家の神話を攻撃した。

Anarchy in the U.K.は社会秩序そのものへの拒否を叫んだ。

EMIは音楽業界への怒りをぶつけた。

それらは、乱暴であっても、上に向けて石を投げていた。

しかし、Belsen Was a Gasは違う。

ここでは、歴史的被害の記憶が悪趣味なネタとして使われている。

そのため、曲の攻撃性は権力に向かわず、倫理的に崩れてしまっている。

そこが決定的だ。

音楽的にも、この曲はSex Pistolsの最上級の演奏やソングライティングを示すものではない。粗いパンクとしての勢いはあるが、曲としての核心はほぼ挑発に依存している。挑発を取り除いたときに残る音楽的な強度は、Never Mind the Bollocksの代表曲には及ばない。

つまり、この曲は音楽的名作というより、歴史的な汚点としての存在感が大きい。

それでも、この曲について考える価値はある。

なぜなら、パンクをきれいな物語にしすぎないためだ。

後年、パンクはしばしば若者の自由や反体制の象徴として語られる。たしかにそれは正しい部分もある。だが、パンクには幼稚さ、女性嫌悪、人種差別的な記号遊び、暴力、自己破壊、歴史への無知も含まれていた。

Belsen Was a Gasは、その暗部を隠しようもなく見せている。

この曲は、パンクの光ではない。

パンクの影である。

そして、影を見ないまま光だけを語ると、歴史は都合よく編集されてしまう。

だから、この曲を聴くなら、笑いながら消費するのではなく、嫌な気持ちになることも含めて受け止めるべきだと思う。嫌悪感は、この曲への正しい反応のひとつである。

むしろ、何も感じずに面白がるほうが危うい。

Sex Pistolsは、社会に向かって中指を立てた。

その中指は、時に権力を揺さぶった。

だが、時に無関係な痛みを傷つけた。

Belsen Was a Gasは、その後者である。

この曲を語ることは、Sex Pistolsを否定することではない。

むしろ、彼らを神話から引きずり下ろして、矛盾した存在として見ることだ。

Sex Pistolsは重要だった。

しかし、常に正しかったわけではない。

パンクは必要だった。

しかし、何でも許されるわけではなかった。

Einmal war Belsen vortrefflichというドイツ語風タイトルの歪さは、そのまま曲の歪さでもある。雑な言葉、雑な歴史理解、雑な挑発。それが短いパンク・ソングとして残ってしまった。

その事実は消えない。

だからこそ、この曲は、称賛よりも警告として聴くべきである。

ロックが禁忌を扱うとき、何が問われるのか。

怒りと悪趣味の境界はどこにあるのか。

反抗のためなら、どんな題材でも使っていいのか。

その問いを、この曲は不快な形で残している。

Belsen Was a Gasは、楽しく聴く曲ではない。

パンクの危険な魅力と、その限界を同時に示す曲である。

そして、その限界を見つめることもまた、音楽史を誠実に聴くということなのだ。

参照元

  • Belsen Was a Gas – Wikipedia
  • The Great Rock ‘n’ Roll Swindle – Wikipedia
  • Sex Pistols – Einmal War Belsen Bortrefflich / Apple Music
  • Sex Pistols – Einmal War Belsen Bortrefflich / Spotify
  • Einmal Belsen war wirklich vortrefflich / SecondHandSongs
  • Listen: Newly Unearthed Demo Version of the Sex Pistols’ Belsen Was a Gas / Pitchfork
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