
発売日: 2018年5月4日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ、インディー・ポップ
概要
『Dove』は、Bellyが23年ぶりに発表した再結成後初のスタジオ・アルバムであり、1995年の『King』以来となる待望の復帰作である。
本作は、90年代に『Star』や『King』で注目されたオルタナティヴ・ロック/ドリームポップ・バンドの“再生”というだけでなく、時代を経たからこそ生まれた成熟、静けさ、そして内なる火のようなものを湛えた作品として、高く評価された。
中心人物ターニャ・ドネリーの変わらぬ詩情豊かなリリックと、バンドメンバーとの信頼感に満ちた演奏が、Bellyの音楽にしかない“夢の続き”を描き出している。
20年以上の沈黙を破って鳴らされたこの音楽は、決して過去への懐古ではない。
むしろ、『Dove』は「今のわたしたちにとって音楽がどう生きるのか?」という問いへの、優しく強い回答なのだ。
全曲レビュー
1. Mine
アルバム冒頭を飾る、どこか不穏で緊張感のあるイントロ。
「これは私のもの」と繰り返すヴォーカルには、自我の再定義と、他者との関係の曖昧さが滲む。
2. Shiny One
先行シングルとして話題を呼んだ楽曲。
Bellyらしいドリーミーな浮遊感の中に、成熟したポップセンスと柔らかな闇が共存する。
「光を放つ者」であると同時に、傷を抱えた存在としての“Shiny One”という言葉が印象的。
3. Girl
力強くフェミニンな楽曲。
「少女」として語られる存在が、自立と脆さを同時に持つことを祝福しているようでもある。
サウンドはシンプルながら、リリックの深みが際立つ。
4. Faceless
エレクトロニクスを取り入れた変則的なアレンジが特徴。
“顔のない存在”というタイトルは、自己と他者の境界の溶解を示唆しており、現代性を帯びた不安が表現されている。
5. Suffer the Fools
メランコリックなギターフレーズと、寛容と諦めをないまぜにしたタイトルが印象的。
“愚か者を受け入れる”という一見逆説的なフレーズが、成熟した視座を感じさせる。
6. Stars Align
もっとも幻想的で叙情的なトラックのひとつ。
星が並ぶ、という天体現象を人生の選択や奇跡に重ねた歌詞は、かつての『Star』を想起させるセルフ・オマージュのようでもある。
7. Heartstrings
感情のひだを丁寧に描いたバラード。
“心の弦”という繊細な比喩が、ターニャの言葉とメロディに優しく溶け込む。
8. Artifact
最も構成が実験的なナンバー。
“遺物”=時間の中に残された何か、というテーマが、記憶と再生、変化と不変といったBellyの復帰作のコンセプトとも深く連動している。
9. Human Child
ターニャが繰り返し扱ってきた“人間の子ども”という存在の無垢さと危うさ。
自己や娘、あるいはリスナーを包み込むような愛に満ちた作品。
10. Army of Clay
終盤に配置された、呪術的なリズムとミニマルなアレンジが印象的な一曲。
「粘土でできた軍隊」という詩的なイメージが、人間の儚さとしなやかさを同時に語っている。
11. Starryeyed
アルバムのラストを飾る、美しくもほろ苦い終幕。
“星を見る目をした”という形容が、ロマンチックでありながらどこか現実を受け入れたような諦念も感じさせる。
総評
『Dove』は、90年代のオルタナティヴ・ドリームを更新し、21世紀における“再生の音”として成立した稀有なアルバムである。
Bellyはここで、もはや怒りや混沌を武器にせず、代わりに沈黙や余白、そして「語りかける声の強さ」に全幅の信頼を寄せている。
このアルバムを聴く体験は、かつての夢の続きをたどることでもあり、同時に「今」を丁寧に受け止める儀式のようでもある。
『Dove』=“鳩”というタイトルが象徴するのは、戦いを終えたあとの静かな祈り、そして生き続けるという選択なのだろう。
おすすめアルバム
- Throwing Muses / Sun Racket
ターニャの出発点であるバンドの近年作。語りと怒りが静かに同居する。 - Kristin Hersh / Possible Dust Clouds
Bellyと並ぶ女性オルタナの核。荒々しさと詩的感性の同居が共鳴。 - Cat Power / Wanderer
静けさの中に魂の重みが宿る、成熟したインディー・フォーク。 - Mazzy Star / Seasons of Your Day
長い沈黙ののちに届けられた夢のような音楽という点で強くリンクする。 - Aimee Mann / Mental Illness
人生と感情の複雑さをメロディに包んだ、“大人のための歌”の傑作。
ファンや評論家の反応
クラウドファンディングで制作されたこのアルバムは、コアファンの熱量と支援によって実現したものであり、そのプロセス自体がBellyというバンドの“コミュニティ的本質”を象徴している。
リリース後はPitchforkをはじめとする音楽メディアで温かな評価を受け、「23年のブランクを感じさせない完成度」「静かな奇跡」として支持された。
かつて“夢見ること”の代名詞だったBellyは、『Dove』によって“夢の続きを生きる”という新たな表現の地平に到達したのだ。
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