Don’t Give Up by Peter Gabriel(1986)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Don’t Give Up」は、ピーター・ガブリエルが1986年に発表したアルバム『So』に収録された楽曲で、ケイト・ブッシュとの感動的なデュエットによって知られる名曲です。そのタイトルの通り「諦めないで」という力強いメッセージが込められており、失意や絶望に直面したときに人を優しく包み込むような包容力と癒しに満ちた作品です。

歌詞は、経済的な困窮や社会からの疎外感に苦しむ男性の視点で語られ、彼の苦悩に寄り添いながら「あなたにはまだ価値がある」「ひとりじゃない」と静かに励ます女性の声が交互に現れます。この構成が、個人の内的な孤独と他者からの支えという対比を明確に浮き彫りにし、リスナーに深い共感と慰めをもたらします。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲は、1980年代半ばにアメリカで社会問題となっていた失業率の上昇と、経済格差の拡大を背景に制作されました。ピーター・ガブリエルは、写真家Dorothea Lange(ドロシア・ラング)による大恐慌時代のアメリカの記録写真集に影響を受けており、特に貧困や疎外された人々の表情からインスピレーションを得たと語っています。

元々はアメリカ人シンガーのドリー・パートンとのデュエットを構想していましたが、最終的に共演相手として選ばれたのがケイト・ブッシュでした。彼女の儚くも慈愛に満ちた歌声は、この楽曲に欠かせない要素となり、絶望の底にいる人を優しく抱きしめるような対話として完成しています。

音楽的には、静謐でミニマルなサウンドをベースにしながら、シンセサイザーやエレクトリックピアノの揺らぎが心情の機微を表現し、リズムの少なさが逆に緊張感と静けさを生み出しています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Don’t Give Up」の印象的な歌詞を一部抜粋し、和訳を添えます。引用元は Genius Lyrics です。

“In this proud land we grew up strong / We were wanted all along”
この誇り高い国で僕たちは強く育ち、常に必要とされていた

“I can’t take anymore / I’m not alone”
もう耐えられない、でも僕はひとりじゃない

“Don’t give up / ‘Cause you have friends”
諦めないで、あなたには友がいるから

“Don’t give up / You’re not beaten yet”
諦めないで、あなたはまだ負けてなんかいない

“Don’t give up / I know you can make it good”
諦めないで、きっとあなたなら乗り越えられる

“Rest your head / You worry too much”
頭を休めて、あなたは考えすぎている

4. 歌詞の考察

「Don’t Give Up」は、その構成自体がメッセージを体現しています。ピーター・ガブリエルのヴォーカルが人生に敗北感を感じている男性の絶望を吐露する一方で、ケイト・ブッシュが繰り返し「Don’t give up(諦めないで)」と語りかける。この交互のやりとりが、まさに“内なる絶望”と“外からの希望”の対話となっており、非常に象徴的です。

この曲の中で描かれる「敗北」は、単に経済的な困窮や失業だけにとどまりません。社会的地位、自尊心、アイデンティティの崩壊といった、誰もが人生の中で直面し得る問題に通じています。ガブリエルの声はあくまで淡々としており、その静けさがむしろ深い痛みを伝えます。そして、ケイト・ブッシュの声は母性的で、愛する者を無条件に受け入れるような温かさに満ちています。

注目すべきは、励ましの言葉に「がんばれ」や「前向きに」といった強い口調が一切ないことです。「あなたには友がいる」「今は休んで」といった言葉がそっと差し出されるように歌われることで、押し付けではない“共にある”という優しさが伝わってくるのです。

また、終盤では「I am a man whose dreams have all deserted / I’ve changed my face, I’ve changed my name」と歌われ、すべてを失ったような感覚が語られますが、それに続く「But I was taught to fight, taught to win」という一節は、過去の誇りと希望をかすかに繋ぎとめており、その切実さが胸を打ちます。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Mercy Street” by Peter Gabriel
    『So』収録。抑圧された心情と再生を描く内省的な一曲で、「Don’t Give Up」と感情の質が近い。
  • “Running Up That Hill” by Kate Bush
    切実な願いと感情の複雑さを美しく表現した名曲。ケイトの声の力を堪能できる。
  • Everybody Hurts” by R.E.M.
    人生に疲れた人への優しいメッセージが込められた、1990年代の代表的なバラード。
  • Fix You” by Coldplay
    大切な人を慰めたいという思いを、光とともに描き出したモダンな応答曲。
  • Bridge Over Troubled Water” by Simon & Garfunkel
    困難の中にある人を支える、永遠の名バラード。

6. 時代を超えて響く「声」の連帯

「Don’t Give Up」は、1980年代の経済状況や社会不安を背景にしながらも、個人の絶望と再生の物語として、時代や国境を超えて多くの人々の心に届いてきました。それは、ガブリエルとブッシュという二人のアーティストが、声を通して「連帯」と「共感」の可能性を体現したからです。

この曲は、励ましとは何か、支えとはどうあるべきかを改めて考えさせてくれます。「頑張れ」と言われるより、「今は休んで」と言ってくれる声の方が、人を立ち直らせることもある。この曲は、そんな“優しさの強さ”を教えてくれる作品です。

リリースから何十年が経った今でも、個人が追い詰められる社会の中で、あるいは人生に躓いた瞬間に、「Don’t Give Up」の静かな力が必要とされています。これは音楽の持つヒーリングパワーを証明する、歴史的な一曲です。

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