
発売日:1992年9月28日
ジャンル:アート・ポップ、プログレッシヴ・ポップ、ワールド・ミュージック、ポップ・ロック、アンビエント・ポップ、ソウル
概要
Peter Gabrielの『Us』は、1992年に発表された通算6作目のスタジオ・アルバムであり、1986年の大成功作『So』の後に作られた、より内省的で、関係性の痛みに深く沈み込んだ重要作である。『So』は「Sledgehammer」「Big Time」「Don’t Give Up」「In Your Eyes」といった楽曲によって、Gabrielを世界的なポップ・スターの位置へ押し上げた作品だった。アート・ロック、ファンク、ソウル、ワールド・ミュージック、社会的テーマを大衆的なポップの形へ融合させた『So』は、1980年代アート・ポップのひとつの頂点といえる。しかし『Us』は、その成功の単純な続編ではない。むしろ、大きな商業的成功の後に、Gabrielが自分自身の内面、人間関係、離婚、親密さ、欲望、罪悪感、癒やしの困難へ向き合った、重く成熟したアルバムである。
タイトルの『Us』は、「私たち」を意味する。この短い言葉は、アルバム全体のテーマを象徴している。ここでの「私たち」とは、恋人同士、夫婦、親子、家族、共同体、そして傷ついた人間同士の関係を指す。しかし、このアルバムにおける「私たち」は、安心できる連帯を示す言葉ではない。むしろ、他者とつながりたいのにうまくつながれないこと、愛しているのに傷つけてしまうこと、理解されたいのに自分の内側を閉ざしてしまうこと、その複雑さを示す言葉である。『So』の「In Your Eyes」が他者の瞳に救いや霊性を見いだす歌だったとすれば、『Us』では、その他者との関係がもっと現実的で、壊れやすく、泥のように重いものとして描かれる。
本作の背景には、Peter Gabriel自身の私生活上の変化がある。彼はこの時期、離婚や親密な関係の破綻を経験しており、アルバム全体には心理療法、自己分析、関係の修復、内面の告白といったテーマが強く反映されている。Gabrielは初期から演劇的なキャラクターや寓話を通じて内面を表現してきたが、『Us』ではその仮面がかなり剥がれ、より直接的に自分自身の弱さを歌っている。もちろん彼の作風らしく、歌詞は象徴的で、多層的で、夢や儀式のイメージを多く含む。しかし、その根底にあるのは非常に個人的な痛みである。
音楽的には、『Us』は『So』の延長線上にありながら、より暗く、湿度が高く、複雑である。Daniel Lanoisが引き続きプロデュースに関わり、深い残響、空間的な音響、低音の重み、楽器の質感を活かしたサウンドが作られている。Manu Katchéのしなやかなドラム、Tony Levinの重厚なベース、David Rhodesのギター、Brian Enoの音響的貢献、さらにSinéad O’Connor、Youssou N’Dour、Shankar、The Dmitri Pokrovsky Ensembleなどの参加によって、アルバムは西洋ロックの枠を超えた広い音響世界を持つ。
『Us』におけるワールド・ミュージックの要素は、単なる装飾ではない。Gabrielは1980年代から非西洋音楽や多様なリズム、声のあり方に強い関心を持ち、WOMADやReal Worldの活動を通じて世界各地の音楽を紹介してきた。本作でも、アフリカ、南アジア、東欧、ゴスペル、ソウルの要素が混ざるが、それらは異国趣味として表面に置かれるのではなく、人間の感情、儀式、癒やし、共同体性を表現するために使われている。『Us』は個人の内面を扱うアルバムであると同時に、その内面をより大きな人類的な声やリズムへ開こうとする作品でもある。
本作の歌詞は、愛と破綻、親密さと距離、欲望と罪悪感、男性性と脆さ、自己防衛と解放を扱う。「Come Talk to Me」では、断絶した相手へ話しかける切実な願いが歌われる。「Love to Be Loved」では、愛することよりも愛されることを求めてしまう自己中心性が暴かれる。「Blood of Eden」では、男女の結びつきと人間の根源的な分裂が神話的に描かれる。「Digging in the Dirt」では、心理療法的に自分の内側の泥を掘り返す作業が歌われる。「Secret World」では、関係が閉ざされた秘密の場所に迷い込む。アルバム全体が、ひとつの長い心理的な旅のように構成されている。
『Us』は、『So』ほど即効性のあるヒット曲集ではない。サウンドは重く、曲の多くは内側へ向かい、歌詞も個人的で苦い。そのため、初めて聴く際にはやや暗く、長く、重たい印象を受けるかもしれない。しかし、その重さこそが本作の本質である。大きな成功を収めたアーティストが、成功の光の中ではなく、関係の破綻や自己分析の闇へ降りていった作品として、『Us』はPeter Gabrielのディスコグラフィの中でも非常に重要な位置を占めている。
全曲レビュー
1. Come Talk to Me
オープニング曲「Come Talk to Me」は、『Us』のテーマを最初に強く提示する楽曲である。タイトルは「話しに来てくれ」という意味であり、アルバム全体を貫くコミュニケーションの断絶と、他者への切実な呼びかけを象徴している。誰かとつながりたい、しかし言葉が届かない。その痛みが、この曲の中心にある。
音楽的には、バグパイプのような響きを持つ導入が印象的で、儀式的かつ広大な空間を作る。そこに重いリズム、深いベース、Gabrielの低く切実な声が加わり、曲は徐々に大きく広がっていく。サウンドは『So』のような明快なポップではなく、より湿った土のような重さを持つ。Daniel Lanoisらしい深い残響が、声と楽器の間に大きな距離を作り、その距離自体が曲のテーマになっている。
歌詞では、語り手が相手に向かって、壁を越えて話してほしいと願う。これは恋人、元妻、子ども、家族、あるいは自分自身の内側の閉ざされた部分への呼びかけとも読める。Gabrielの歌詞は個人的な状況から出発しながら、普遍的な関係の問題へ広がる。人は他者と話したいと思いながら、恐れや怒りや傷によって言葉を閉ざしてしまう。
Sinéad O’Connorの声が加わることで、曲は単なる男性の呼びかけではなく、対話の可能性を持つものになる。彼女の声は、遠くから応答する存在のようでもあり、語り手が求める相手の声の幻のようでもある。「Come Talk to Me」は、アルバム全体の入口として非常に重要であり、『Us』が人間関係の痛みをめぐる作品であることを明確に示している。
2. Love to Be Loved
「Love to Be Loved」は、愛されたいという欲求をめぐる非常に自己分析的な楽曲である。タイトルは「愛されることを愛している」と訳せる。これは単なるラヴ・ソングではなく、他者を愛することと、自分が愛されたいという欲望の違いを鋭く見つめる曲である。Gabrielはここで、自分自身の未熟さや依存性を隠さずに描いている。
音楽的には、ゆったりとしたグルーヴと深いベースが曲を支える。派手なサビで解放されるのではなく、内省的なリズムの上で感情が静かに回り続ける。サウンドにはソウルやゴスペル的な温かさもあるが、それは救済として簡単に機能しない。むしろ、自己中心的な欲望を優しく照らし出すような響きである。
歌詞では、語り手が自分は愛することよりも、愛されることを求めていたのではないかと認める。これは非常に痛い認識である。恋愛において、人は相手を愛していると思いながら、実際には相手を通じて自分自身の価値を確認しようとしていることがある。この曲は、その自己愛と愛情の混同を正面から扱う。
「Love to Be Loved」は、『Us』の心理療法的な性格をよく示す楽曲である。Gabrielは他者を責めるのではなく、自分自身の欲望の構造を掘り下げる。その誠実さが、曲に深い説得力を与えている。アルバム全体の中でも、特に成熟した自己批評の歌である。
3. Blood of Eden feat. Sinéad O’Connor
「Blood of Eden」は、『Us』の中でも最も神話的で、美しい楽曲のひとつである。タイトルは「エデンの血」を意味し、男女の関係、人類の始まり、分裂、再統合への願いを象徴している。Sinéad O’Connorとのデュエットにより、曲は男性と女性の声が互いを探し合う儀式のように響く。
音楽的には、静かで抑制されたリズム、深い低音、繊細なギターやシンセサイザーが重なり、荘厳で内密な空間を作る。曲は大きく爆発するのではなく、ゆっくりと円を描くように進む。Gabrielの低く重い声とO’Connorの透明で鋭い声が対比され、男女の声がひとつの完全性を求めながら、完全には重なりきらない感覚を生んでいる。
歌詞では、エデンという神話的な場所が使われる。これは失われた楽園であり、男女が分かれる前の原初的な結合を連想させる。しかし、その結合はすでに失われている。人間は分裂し、相手を求め、再び一つになろうとするが、その試みは常に不完全である。血という言葉は、生命、傷、系譜、罪、身体を同時に示す。
「Blood of Eden」は、恋愛を単なる個人的感情ではなく、人間存在の根本的な分裂と結びつけて描いている。『Us』の中で、関係性の問題が最も神話的なスケールへ広がる曲であり、Gabrielの象徴的な作詞能力が非常に美しく表れた名曲である。
4. Steam
「Steam」は、『Us』の中で最も明快でファンキーな楽曲であり、『So』における「Sledgehammer」や「Big Time」の系譜にある曲である。タイトルの「蒸気」は、性的なエネルギー、熱、圧力、機械的な動き、身体の興奮を象徴している。アルバム全体が重く内省的な中で、この曲は外向的な身体性をもたらす。
音楽的には、ファンク・ロック色が強く、太いリズム、ホーン的なアクセント、鋭いギター、キャッチーなコーラスが特徴である。楽曲は非常にダンサブルで、Gabrielのヴォーカルもコミカルで官能的な表情を見せる。ただし、「Sledgehammer」と比べると、少し重く、陰影が濃い。欲望の楽しさだけでなく、その圧力や過剰さも感じられる。
歌詞では、相手のすべてを知りたい、理解したい、身体的にも精神的にも接触したいという欲望が、蒸気や熱のイメージで表現される。ここには性的なユーモアがあるが、同時に他者を理解しようとする衝動もある。『Us』全体の文脈では、「Steam」は単なる快楽の歌ではなく、他者との距離を熱によって溶かそうとする曲としても読める。
「Steam」は、アルバムの中で大衆的なフックを担う重要曲である。ミュージック・ビデオも含め、Gabrielのポップ・スターとしての側面を示す一方で、欲望とコミュニケーションのテーマはアルバム全体としっかり結びついている。
5. Only Us
「Only Us」は、タイトルが示す通り、「私たちだけ」という親密さ、閉じた関係、外界から切り離された二人の世界をテーマにした楽曲である。アルバム・タイトル『Us』と直接つながる曲であり、「私たち」という言葉が持つ安心と危うさの両面を表している。
音楽的には、低く重いリズムと深い音響空間が特徴である。曲は外向的に広がるというより、内側へ沈み込む。リズムにはワールド・ミュージック的な感覚もあり、声やパーカッションの配置が儀式的な雰囲気を作る。Gabrielの歌唱は、親密な関係の中で語るように抑えられている。
歌詞では、二人だけの世界が描かれる。しかし、「only us」という言葉は、愛の特別さを示す一方で、閉鎖性や孤立も示す。二人だけでいることは幸福かもしれないが、外の世界から切り離されることでもある。関係が深くなるほど、その内部には独自のルールや秘密が生まれる。
「Only Us」は、『Us』というアルバムの核心的な問題を静かに扱っている。他者と深く結びつくことは、救いであると同時に危険でもある。この曲は、その二重性を重いグルーヴの中で描く。
6. Washing of the Water
「Washing of the Water」は、本作の中でも特に静かで祈りに近い楽曲である。タイトルは「水による洗い清め」を意味し、浄化、癒やし、苦しみを流すこと、再生を象徴している。Gabrielの作品では水のイメージが繰り返し現れるが、この曲ではそれが最も直接的に救済の願いと結びついている。
音楽的には、ピアノを中心にしたシンプルな構成で、Gabrielの声が非常に近く響く。大きなバンド・サウンドではなく、ほとんど祈りのような裸の表現である。曲が進むにつれて感情は高まるが、過剰な演出は避けられている。その抑制が、かえって深い感動を生む。
歌詞では、川や水に自分を運んでほしい、痛みを洗い流してほしいという願いが歌われる。これは宗教的な洗礼にも、心理的な浄化にも読める。関係の破綻や内面の混乱を経た語り手が、自力では抜け出せない苦しみを水に委ねようとしている。
「Washing of the Water」は、『Us』の中で最も純粋な救済への願いを示す曲である。しかし、その救済は簡単には訪れない。だからこそ、この曲の祈りは切実である。Gabrielのバラードの中でも、特に深い精神性を持つ名曲である。
7. Digging in the Dirt
「Digging in the Dirt」は、『Us』の心理療法的なテーマを最も直接的に表す楽曲である。タイトルは「泥を掘る」「土を掘り返す」という意味であり、自分の内側に埋まった怒り、恐怖、記憶、暴力性、トラウマを掘り起こす行為を象徴している。これは本作の中でも特に暗く、強烈な曲である。
音楽的には、重いグルーヴ、不穏なギター、低く押し寄せるリズムが曲を支える。サウンドは非常に肉体的で、まるで本当に土を掘るような動作感がある。Gabrielのヴォーカルは、抑えた低音から爆発的な叫びへ変化し、内面の暴力性が表面化する過程を表現している。
歌詞では、自分の中にあるものを掘り返すことが語られる。それはきれいな自己発見ではない。泥の中には、怒り、羞恥、嫉妬、恐れ、性的な混乱、子どもの頃の傷があるかもしれない。Gabrielはここで、自己理解を美しい癒やしとしてではなく、汚く苦しい作業として描いている。
「Digging in the Dirt」は、『Us』の最も重要な楽曲のひとつである。心理的な内省を、抽象的な言葉ではなく、土を掘る身体的なイメージとして音楽化している点が非常にGabrielらしい。自分を知ることは、泥の中に手を入れることでもある。その不快さを避けないところに、この曲の力がある。
8. Fourteen Black Paintings
「Fourteen Black Paintings」は、非常に重く、儀式的で、政治的・精神的な空気を持つ楽曲である。タイトルは「14枚の黒い絵」を意味し、具体的には抽象表現主義の画家Mark Rothkoの暗い絵画群を連想させる。黒い絵は、沈黙、死、祈り、絶望、深い内省の場として機能する。
音楽的には、非常にミニマルで、重い反復が中心である。メロディは抑制され、言葉も少ない。曲全体が一種の瞑想、あるいは暗い礼拝のように響く。派手な展開を避けることで、聴き手は音の中の空白や重さに向き合うことになる。
歌詞では、人間が変わることの難しさ、しかし変化の必要性が示される。反復される言葉には、個人を超えた社会的・倫理的な響きがある。Gabrielの政治的な関心はここでは直接的なスローガンではなく、黒い絵画のような抽象的な場を通じて表現されている。
「Fourteen Black Paintings」は、アルバムの中で最も地味に聞こえるかもしれないが、作品全体の精神的な重心を深める曲である。関係性の痛みを扱う『Us』の中で、この曲は個人の痛みをより大きな人間の変化の問題へ開いている。
9. Kiss That Frog
「Kiss That Frog」は、アルバム後半に現れる、ファンク色と童話的なユーモアを持つ楽曲である。タイトルは「そのカエルにキスをしろ」という意味で、カエルにキスすると王子になるという童話的モチーフを、性的かつコミカルに変形している。『Us』の重い内省の中で、この曲は身体的で遊び心のある側面を担う。
音楽的には、軽快なファンク・グルーヴ、跳ねるリズム、明るいサウンドが特徴である。Gabrielはここで、欲望や変身をユーモラスに扱う。サウンドはポップで聴きやすいが、歌詞には性的な暗示や変身願望が含まれており、単なる冗談では終わらない。
歌詞では、醜いもの、低いもの、ぬめったものにキスすることで、何かが変わるという童話的構造が使われる。これは性的な誘いであると同時に、他者の不完全さを受け入れること、自分の中の動物的な部分に触れることの比喩でもある。『Us』全体が関係の困難を扱う中で、この曲はその困難をユーモアと身体性で突破しようとする。
「Kiss That Frog」は、深刻なアルバムの中にある軽さの曲である。しかし、その軽さは不要なものではない。人間関係には、深刻な対話だけでなく、遊び、身体、滑稽さも必要である。Gabrielはその点をよく理解している。
10. Secret World
アルバムを締めくくる「Secret World」は、『Us』の総まとめとして非常に重要な楽曲である。タイトルは「秘密の世界」を意味し、恋人同士、夫婦、親密な関係の内部にだけ存在する閉ざされた空間を示している。外からは見えない二人だけの世界。しかし、その世界はやがて崩れ、秘密のまま残る。
音楽的には、静かな始まりから徐々に大きく広がる構成を持つ。リズム、コーラス、楽器の重なりが少しずつ増え、最後には感情が解放されるようなスケールに達する。Gabrielはここで、アルバム全体に散らばっていた親密さ、断絶、記憶、欲望、癒やしへの願いを、一つの大きな曲へまとめている。
歌詞では、関係の中にあった秘密の場所が回想される。それは愛の場所であり、逃避の場所であり、同時に現実から切り離された不安定な場所でもあった。人は関係の中に独自の世界を作るが、その世界は外の現実や時間によって壊れていく。壊れた後も、その秘密の世界は記憶として残り続ける。
「Secret World」は、『Us』の終曲として非常にふさわしい。アルバムは「話してほしい」という呼びかけから始まり、最後に「秘密の世界」の記憶へたどり着く。完全な和解や解決はない。しかし、そこには関係の複雑さを受け入れようとする成熟した視線がある。Peter Gabrielの長尺曲の中でも、特に感情的な完成度が高い楽曲である。
総評
『Us』は、Peter Gabrielのディスコグラフィの中でも最も個人的で、心理的に深いアルバムのひとつである。『So』のような明快なヒット性はやや後退しているが、その代わりに、人間関係の痛み、親密さの困難、自己分析の苦しさ、癒やしへの願いが濃密に描かれている。これは、成功の後に作られた華やかなポップ・アルバムではなく、成功の影で崩れた関係と自己を見つめ直すための作品である。
本作の中心にあるのは、「他者と本当に向き合うことは可能なのか」という問いである。「Come Talk to Me」では、閉ざされた相手へ言葉を届けようとする。「Love to Be Loved」では、自分が愛するよりも愛されることを求めていたと認める。「Blood of Eden」では、男女の分裂と再統合への願いが神話的に描かれる。「Only Us」では、二人だけの世界の親密さと危うさが示される。「Secret World」では、その親密な世界が記憶の中に閉じ込められる。アルバム全体が、関係の始まりから破綻、分析、記憶へ向かう流れを持っている。
音楽的には、『Us』は非常に豊かな作品である。Daniel Lanoisのプロダクションによって、音には深い空間と湿度が与えられている。『So』の明快で輝きのあるサウンドに比べると、『Us』はもっと暗く、低く、重い。ドラムは地面を叩くように響き、ベースは深く沈み、ギターやシンセサイザーは霧のように広がる。この音の質感が、アルバムの心理的な重さと強く結びついている。
ワールド・ミュージック的な要素も、本作では非常に自然に溶け込んでいる。Youssou N’Dourのようなアフリカの声、東欧的な声楽、南アジア的な弦の響き、ゴスペルやソウルの感覚が、曲ごとの感情に合わせて配置されている。Gabrielは、世界各地の音楽を単に珍しい音として使うのではなく、人間の声やリズムが持つ根源的な力を取り入れている。そのため、『Us』は非常に個人的なアルバムでありながら、同時に個人の内面を超えた広がりを持つ。
Gabrielのヴォーカルは、本作で特に成熟している。『So』ではポップ・スターとしての明快さもあったが、『Us』ではより傷つき、疲れ、低く、時に祈るように響く。「Washing of the Water」や「Blood of Eden」では彼の声の脆さが非常に重要であり、「Digging in the Dirt」では内側の怒りと不安が生々しく表れる。彼はここで、強い男性の声ではなく、自分の弱さを見せる男性の声を使っている。これは、1990年代初頭のロックにおける男性性の変化とも重なる。
『Us』はまた、心理療法のアルバムでもある。特に「Digging in the Dirt」は、自分の中の泥を掘り返すという比喩によって、自己分析の不快さを非常に身体的に表現している。自己理解は美しい悟りではなく、汚れた作業である。自分の中にある怒り、欲望、恐怖、幼児性、依存を認めなければならない。Gabrielはその過程を避けずに音楽化している。この点で、本作は非常に誠実なアルバムである。
一方で、本作には重さゆえの聴きにくさもある。『So』のような即効性のある楽曲を期待すると、『Us』は長く、暗く、感情的に重すぎると感じられるかもしれない。「Steam」や「Kiss That Frog」のような外向的な曲もあるが、アルバム全体の基調は内省的である。しかし、その重さは欠点ではなく、本作のテーマに必然的なものである。人間関係の破綻や自己分析を扱う作品が、軽く聴き流せるものである必要はない。
『Us』は、1990年代初頭という時代にもよく合っている。1980年代の巨大なポップ・サウンドや成功主義の後、1990年代にはより内省的で、傷ついた感情を表現する音楽が広がっていった。グランジ、オルタナティヴ・ロック、シンガーソングライターの内省、ワールド・ミュージックの浸透。Gabrielの『Us』は、それらとは別の文脈にありながら、時代の心理的な暗さと深く響き合っている。
日本のリスナーにとって『Us』は、『So』の次に聴くことでPeter Gabrielの深い側面を理解できる重要な作品である。ヒット曲の親しみやすさよりも、アルバム全体の流れ、音の深さ、歌詞の心理的な重みを味わう作品である。Kate Bush、Tears for Fears、David Sylvian、Talk Talk後期、U2のDaniel Lanois期、あるいはワールド・ミュージックとアート・ポップの融合に関心があるリスナーには、非常に聴き応えがある。
『Us』は、他者とつながることの難しさを描いたアルバムである。愛はある。しかし、言葉は届かない。欲望はある。しかし、相手を傷つける。救いを求める。しかし、水はすぐには洗い流してくれない。秘密の世界は美しいが、永遠ではない。Peter Gabrielはこの作品で、人間関係の理想ではなく、その壊れやすい現実を深く掘り下げた。『So』が彼のポップ・スターとしての頂点だとすれば、『Us』は彼の内面的な成熟を示す重厚な傑作である。
おすすめアルバム
1. Peter Gabriel – So
『Us』の前作であり、Peter Gabriel最大の商業的成功作。「Sledgehammer」「Don’t Give Up」「In Your Eyes」を収録し、アート・ポップ、ファンク、ワールド・ミュージック、社会的テーマを大衆的な形で結びつけた名盤である。『Us』の音楽的前提を理解するために欠かせない。
2. Peter Gabriel – Peter Gabriel (Security)
1982年発表の作品で、非西洋的なリズム、サンプラー、暗いアート・ロック的音響が強く表れている。『Us』におけるワールド・ミュージック的要素や、身体的なリズム感覚の背景を理解する上で重要なアルバムである。
3. Daniel Lanois – For the Beauty of Wynona
『Us』のプロデューサーでもあるDaniel Lanoisのソロ作品。深い残響、湿ったギター、内省的な歌、空間的な音響が特徴であり、『Us』のサウンド面に惹かれるリスナーには関連性が高い。
4. Kate Bush – The Sensual World
身体性、官能、文学性、女性の内面を扱ったKate Bushの成熟作。『Us』と同様に、1980年代末から1990年代初頭にかけてのアート・ポップが、親密さや身体、関係性の複雑さをどう表現したかを知る上で重要である。
5. U2 – Achtung Baby
1991年発表のU2の転換作。愛、裏切り、欲望、信仰、自己解体を、Daniel LanoisとBrian Enoによる深い音響と共に描いた作品である。『Us』とは音楽性が異なるが、大きな成功の後に自己を壊し、関係性の闇へ向かったアルバムとして強く響き合う。

コメント