1. 歌詞の概要
「Doledrum（ドールドラム）」は、The La’s（ザ・ラーズ）が1990年にリリースした唯一のアルバム『The La’s』に収録された楽曲のひとつで、社会の閉塞感や若者の倦怠、自由の喪失といったテーマを、独自のユーモアと韻律感覚で描いた風刺的なナンバーである。
タイトルの「Doledrum」は、実際には存在しない造語だが、おそらく“doldrums（無風状態、憂鬱）”と“dole（失業手当）”を掛け合わせた言葉遊びに由来しており、イギリスの若者文化における社会的停滞やモラルの低下、あるいは“何者にもなれない”という無力感が背景にあると考えられる。
楽曲では、そのような退屈で救いのない現実を、にやりと笑いながら切り取る。
しかし、その笑いはどこか乾いており、明るく軽やかなメロディとは裏腹に、深い孤独や怒りが漂っている。
それはまさにThe La’sの持つ“ポップであること”と“痛みを描くこと”の見事な両立であり、聴く者に痛快さと静かな同情を同時に与える。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Doledrum」は、The La’sのフロントマン、リー・メイヴァース（Lee Mavers）によって書かれた楽曲で、彼の歌詞に特徴的な“言葉の捩れ”と“抽象的な社会批判”が見事に表れている。
タイトルにある「dole」とは、イギリスで「失業手当」や「福祉給付」を指す言葉であり、80年代以降のサッチャー政権下で若者たちに広がった社会的無力感や、階級意識の崩壊、労働への価値観の変化などを連想させる。
この曲は、ただの皮肉や愚痴に終始するのではなく、むしろその“状態”を一種の様式美として受け入れているかのような奇妙なスタンスを持っている。
つまり「Doledrum」は、“抜け出せない日常の閉塞”を悲劇としてではなく、ある種のリズムとして歌い上げているのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Doledrum」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
“He’s in the doledrum / He’s in the doledrum”
「彼は“ドールドラム”の中にいるんだ / そう、まさにそこに」
“Living off the state / And he’s lying in the bed he’s made”
「国家の庇護に頼って暮らしながら / 自分で作ったベッドに寝転んでいる」
“Can’t escape the rhythm of the slum”
「スラム街のリズムからは逃れられない」
“He’s got a pocket full of nothing / And a heart full of doubt”
「ポケットには何もなくて / 心には疑念だけが詰まってる」
歌詞全文はこちらで確認可能：
The La’s – Doledrum Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Doledrum」は、明確に何かを批判したり、変革を促したりする歌ではない。
むしろそれは、“自分の置かれた場所に対する静かな観察”を歌っている。
歌詞に登場する主人公は、仕事も未来もなく、制度の中でやり過ごしているが、それを劇的に語ろうとはしない。
その倦怠と脱力の描写がむしろリアルであり、多くのリスナーにとっての“現実”として響く。
特に「Can’t escape the rhythm of the slum（スラムのリズムから逃れられない）」という一節は強烈で、それは貧困の連鎖や社会構造に組み込まれた人生の閉塞を、たった一行で表している。
「ポケットには何もないが、心には疑念がある」というラインも、金銭的な貧しさよりもむしろ精神の漂流を暗示しており、リー・メイヴァースの言葉選びのセンスが光る瞬間である。
また、「He’s lying in the bed he’s made」というフレーズは、“自業自得”という意味合いを持つが、ここではむしろ“他にどこにも行けない現実”の諦念として響く。
それは批判ではなく、観察であり、共感でもある。
音楽的には軽快なテンポとアコースティックギターの跳ねるリズムが印象的で、その明るさが逆に歌詞の持つ陰影を引き立てている。
まるで“笑いながら泣いている”ような感情のねじれが、この曲全体に漂っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dead End Street by The Kinks
労働者階級の日常と諦観を風刺的に描いた、ブリティッシュ・ポップの名作。 - Common People by Pulp
“庶民”という概念にひそむ階級意識とその滑稽さを描いた社会派ポップ。 - Everyday Is Like Sunday by Morrissey
退屈な郊外生活の抑圧と孤独を、美しくも皮肉に描いたソロ代表曲。 - Life of Surprises by Prefab Sprout
幸福の錯覚と平凡な人生への違和感をテーマにした、穏やかな哲学的ポップ。 -
Man Don’t Give a Fuck by Super Furry Animals
政治的冷笑と怒りを、ポップなビートで覆い隠した一種のアンチアンセム。
6. “無風のなかで、静かに笑うこと”
「Doledrum」は、“抜け出せない毎日”を誇張も美化もせず、そのままの形で提示した曲である。
だが、そこには明確な感情の震えがある。それは怒りかもしれないし、諦めかもしれない。
あるいは、“そんな人生もまた自分の一部だ”という静かな承認かもしれない。
この曲を聴くとき、リスナーは自分自身の“閉塞”を思い出す。
そのとき、「Doledrum」は決して励まさない。でも、黙ってそばにいてくれる。
「Doledrum」は、言葉では救えない時代に、“そのままでいい”とそっと耳元でささやいてくれる、小さくも誠実な共犯者のような歌である。
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