1. 歌詞の概要
「Doin’ Time」は、アメリカ・カリフォルニアのレゲエ・ロックバンドSublimeが1996年にリリースしたアルバム『Sublime』に収録された楽曲であり、グルーヴィでメランコリックなメロディの中に、Bradley Nowellのリアルな私生活と複雑な感情が詰め込まれた一曲である。原曲はサマー・ジャズのスタンダード「Summertime」──ジョージ・ガーシュウィン作曲による『ポーギーとベス』の挿入歌──であり、Sublimeはこれを大胆にリワークし、ヒップホップ、レゲエ、ジャズの要素をクロスオーバーさせて独自の“夏のブルース”を作り上げた。
“Doin’ Time(刑期を過ごす)”というタイトルは、恋愛関係における束縛、あるいは精神的・感情的な抑圧を、監獄生活になぞらえた表現である。歌詞では、語り手が愛する女性との関係に疲弊し、自由を求めながらも彼女に支配されている様子が描かれる。楽しくもあり、苦しくもあるその関係は、まさに“終わりなき服役”のようなものだ。
しかし、この“刑期”という比喩の奥には、実生活でドラッグ、アルコール、精神的な葛藤に苦しんだBradley Nowell自身の人生が色濃く投影されており、曲全体が哀しみと皮肉に満ちた“リアルなラブソング”となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Doin’ Time」の最大の特徴は、1930年代のジャズ・スタンダード「Summertime」のメロディを引用している点にある。原曲の「Summertime, and the livin’ is easy」という有名なフレーズを、「Summertime and the livin’s easy / Bradley’s on the microphone with Ras MG」と改変してスタートするこの楽曲は、単なるカバーではなく、カルチャーや時代を跨いだ“再構築”となっている。
このトラックの制作にはラッパーのGZA(Wu-Tang Clan)やエンジニアのDavid Kahneなど、ジャンルを横断した才能が関わっており、Sublimeにとっても非常に野心的な一曲だった。Bradley Nowellは、レゲエやスカ、パンクといったジャンルだけでなく、ジャズやヒップホップにも深い関心を持っており、この曲は彼の音楽的好奇心が最も美しく結実した作品と言える。
また、この曲がリリースされた時点で、ノウェルはすでにこの世を去っていたため、「Doin’ Time」は彼の“生と死の境界”を彷彿とさせるような、特別な響きを持つ遺作として位置づけられている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Doin’ Time」の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。
“Summertime and the livin’s easy”
夏が来た 暮らしは少し楽になる
“Bradley’s on the microphone with Ras MG”
ブラッドリーがマイクを握る ラズMGと一緒に
“All people in the dance will agree that we’re well qualified to represent the LBC”
このダンスフロアの皆も認める 俺たちはLBC(ロングビーチ)を代表するのにふさわしいってね
“Me and my girl, we got this relationship”
俺とあの子、ちょっとした関係なんだ
“My girl, she’s at the start of the month / I guess it’s better she don’t come around to kick me down”
あの子は周期の始まりらしくてさ 今は俺に怒鳴り込んでこないほうがいいかもな
“I can’t believe she’s snappin’ at me”
信じられないよ また俺に噛み付いてきて
“I’m gonna play with myself while she’s gone”
あの子がいない間に 自分と遊ぶしかないな
歌詞引用元:Genius – Sublime “Doin’ Time”
4. 歌詞の考察
「Doin’ Time」の歌詞は、ユーモアと哀しみ、現実逃避と孤独が渾然一体となった、“Sublimeらしさ”の極致と言える。主人公の男は、恋人との関係に振り回されながらもどこか離れられず、その矛盾を軽やかなメロディと諦めの笑いに包んで歌っている。
恋愛関係の比喩として“服役(doing time)”を用いるセンスは、決して過激でも下品でもなく、むしろ“依存”というテーマに対して非常にリアルで鋭い。これは恋愛に限らず、ドラッグ、音楽、街、生き方──あらゆる“逃げられないもの”に囚われる感覚の象徴でもある。
また、「Summertime」という曲がもともと“黒人の悲しみと希望”を歌った作品であることを踏まえると、その旋律を用いて“白人男性の心の闇”を描き出したこの曲は、ジャンルや文化の壁を超えた深い共鳴と再解釈の証でもある。
Bradley Nowellはこの曲の中で、自分の“いびつな現実”を飾らずに描くことによって、同じように苦しみながらも陽気に生きようとする人々に寄り添った。そこには、“癒し”でも“救い”でもなく、ただ“わかるよ”という共感の感触が宿っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Santeria by Sublime
嫉妬と愛、暴力的妄想と未練が混ざるSublimeらしい逆説的ラブソング。 - Amber by 311
レゲエとロックのクロスオーバーによる、穏やかで感傷的なサウンドが魅力。 - Gin and Juice by Snoop Dogg
西海岸のチルな日常と暴力性が交錯するヒップホップの古典。 - Young Pilgrim by The Shins
メロディアスで内省的なリリックが胸を打つ。感情のゆらぎを感じる人におすすめ。
6. “自由”と“囚われ”の間で揺れる音楽
「Doin’ Time」は、単なる“夏のチルソング”ではない。それは、自由を夢見ながらも現実に縛られ、愛しながらも傷つけてしまう──そんな“どうしようもない人間”の姿を音楽にした作品である。そして、その矛盾を決して重く扱わず、軽快なグルーヴとユーモアで包んでしまうのが、Sublimeの真骨頂だ。
Bradley Nowellが残したこの曲には、彼の人生そのものが凝縮されている。音楽への愛、日常の苦悩、自由へのあこがれ、依存、絶望、そして笑い。そのすべてが、夏の空気のように軽やかに、そしてどこか切なく漂っている。
「Doin’ Time」は、“何かに囚われながら、それでも生きていく”という感覚を、これ以上ないほど心地よく鳴らしてくれる。自由とは何か? 愛とは何か? その答えは、このレイドバックしたサウンドの中に潜んでいる。
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