Djed by Tortoise(1996)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

『Djed(ジェッド)』は、Tortoise(トータス)が1996年にリリースしたセカンド・アルバム『Millions Now Living Will Never Die』のオープニングを飾る20分超の大作であり、ポストロックというジャンルの枠組みを決定づけた象徴的な楽曲でもある。本作はインストゥルメンタルであるため歌詞は存在しないが、構造そのものが言葉以上に多くを語る、“音による思想”とも言うべき作品である。

『Djed』は、曲というよりもむしろ“音響的な旅路”であり、ひとつの作品の中に複数の楽章的展開が内包されている。アンビエント的な導入部から始まり、ダブ、ミニマル、エレクトロニカ、ジャズ、さらにはロックの要素までが緻密に折り重なりながら流動していく。楽器の役割は常に変化し、リズムもメロディも何度も崩壊と再構築を繰り返す。これにより、楽曲は「線」ではなく「場」として存在し、聴くたびに違った景色を見せる。

“Djed”という語は、古代エジプト神話に登場する「不動の柱」や「背骨の象徴」としての意味を持つ。このタイトルが示す通り、楽曲の中心には“一貫した構造軸”が存在するものの、その周囲では常に音が揺れ、変化し、生成と崩壊を繰り返している。それはまるで、都市の中で変わり続ける景色の中に、不変の時間軸だけが存在しているかのようである。

2. 楽曲のバックグラウンド

Tortoiseは1990年代のアメリカにおいて“ポストロック”の代名詞として語られたバンドの一つであり、その音楽性は初期よりロックのフォーマットから意識的に逸脱してきた。『Millions Now Living Will Never Die』というアルバムは、その哲学が明確に結実した作品であり、中でも『Djed』はその核心を成している。

本作の制作にあたり、メンバーたちは従来の「演奏を録音する」というスタイルから、「録音を素材として構築する」というスタジオ主体のアプローチへとシフトした。複数の演奏セッションをデジタルで断片化し、それを編集・再構成することで“意図的な断裂”と“構築美”が共存する音響空間を生み出している。

そのため『Djed』は、バンド演奏というよりも“編集された彫刻”のような楽曲であり、クラウトロック、ミニマルミュージック、ダブ、エレクトロニカ、現代音楽の影響をすべて呑み込みながらも、どのジャンルにも還元されない独自性を放っている。

3. (※本楽曲はインストゥルメンタルのため、歌詞の引用・和訳は省略します)

4. 曲の考察

『Djed』の本質は、「連続する音の中に断絶を感じさせ、断絶の中に連続性を見出す」ことにある。全体として20分以上にわたるこの曲は、複数のセクションに分かれており、それぞれがまったく異なるサウンドスケープを展開する。しかし、それらのパートは決して分離しているのではなく、滑らかに、あるいは突発的に次のフェーズへと繋がっていく。

序盤は穏やかなアンビエント・ジャズ的なテクスチャで始まり、徐々にビートが強調されていくと、ベースとドラムによるグルーヴが前景化する。中盤では電子音とサンプリングが支配的となり、どこかデジタル的な無機質さを帯びるが、その後またアナログな演奏に戻る。終盤に至っては、音の“静寂”や“空白”さえもが一つの表現として成立している。

この構造は、Tortoiseの音楽が「時間芸術」として設計されていることを端的に示している。つまり、『Djed』は再生ボタンを押してから停止ボタンを押すまでの“時間そのもの”を体験させる作品であり、単なる楽曲という枠を超えているのだ。

また、聴き手によって“どこに感情を見出すか”がまったく異なる点もこの曲の魅力である。ある人にとってはミニマルな美学の体現であり、またある人にとってはエモーショナルな爆発の予感、あるいは都市の夜に彷徨うような心象風景でもある。それだけの“解釈の余白”と“構造の自由”を持った作品として、『Djed』は20年以上経った今でも、色あせることのない独創性を保っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Hallogallo” by Neu!
    クラウトロックの祖。反復と推進力による音の旅がTortoiseに通じる。

  • “Music Is Not for Everyone” by Mouse on Mars
    アヴァンギャルドとダンスミュージックを融合させた知的実験音楽。

  • “Les Yper-Sound” by Stereolab
    ポップとミニマルの橋渡し。Tortoise同様、ジャンルをまたぐ自由な創造性。

  • “Untitled (Vaka)” by Sigur Rós
    音の構築と崩壊、静寂と轟音のコントラストが似たような精神性を持つ。

6. “音楽という構造体”の究極形

『Djed』は、Tortoiseが“演奏するバンド”から“構築するアーティスト集団”へと進化したことを象徴する作品であり、1990年代以降のポストロックやエクスペリメンタル・ミュージックに計り知れない影響を与えた。

この曲には歌詞もメロディも明確なテーマもない。あるのは、変化し続ける音、時間の流れ、そしてそれを聴く自分の感覚だけである。だからこそ、この曲は再生するたびに違った印象を与える。耳を傾けるたびに、“自分が今どこにいて、どこへ向かおうとしているのか”を静かに問いかけてくる。

『Djed』とは、音楽の未来を先取りした、まさに“構造としての芸術”であり、今なお更新され続ける“音の地図”である。Tortoiseはこの作品を通じて、音楽がいかに自由で、いかに深く、いかに開かれたメディアであるかを、力強く提示してみせたのだ。

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