1. 歌詞の概要
「Devil’s Backbone」は、アメリカのフォーク・デュオ**The Civil Wars(ザ・シヴィル・ウォーズ)**が2011年に発表したデビューアルバム『Barton Hollow』のボーナストラックとして収録された楽曲であり、闇と欲望、信仰と禁断の愛がせめぎ合う、南部ゴシックの香り漂うバラードである。
語り手は、悪魔のような男に心を奪われた女性。彼女はその男が「救いようのない存在」であることを知りながらも、自分の魂を懸けてでも彼を愛し、赦してしまう——そんな背徳的で破滅的な愛への欲動が、沈んだように美しい旋律の中で描かれている。
「Oh Lord, what do I do?」というリフレインは、神への問いかけであり、自らの堕落と葛藤の祈りでもある。この歌は単なるラブソングではなく、愛によって自らを破滅へと導いてしまう女性の魂の物語として響く。清らかな旋律の裏に、ぞくりとするような罪の影が潜んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Devil’s Backbone(悪魔の背骨)」というタイトルは、実在する地名としてアメリカ南部に点在する断崖や山道にも通じているが、ここでは人間の奥底に潜む“魔”への欲望や、抗えない引力を象徴している。これは、The Civil Warsが得意とする**“神聖と堕落”、“救済と破滅”という二項対立**のテーマを見事に体現した一曲である。
この曲は、アルバム『Barton Hollow』の中でも特に異質な存在感を放っており、そのシンプルながらも暗い陰影を持つコード進行と、囁くようなヴォーカルは、まるで古い教会の中で禁じられた祈りがささやかれているような雰囲気を醸し出す。
ボーカルのジョイ・ウィリアムズはこの曲を、**愛と罪の狭間で揺れる“女性の声”**として極めて丁寧に歌い上げており、その抑制された表現の中にこそ、感情の激流が流れている。この曲は、まるでゴシック小説の一節のように、聴く者の心に“物語”として残るのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Oh Lord, please forgive me for what I’m about to do”
神よ、これから私がしようとしていることを、どうかお許しください“But the good, the bad, and the ugly won’t make my love less true”
善も悪も、醜ささえも 私の愛の真実を損なうことはできない“I must have lost my mind”
私は正気を失ってしまったのかもしれない“He’s got the Devil’s backbone”
あの人は悪魔の背骨を持ってる“He’s gonna break me in two”
彼は私を 二つに壊してしまうの
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「Devil’s Backbone」が描いているのは、**“愛してはいけないと知っていながら、それでも抗えない心”**の物語である。語り手の女性は、相手が道を踏み外した存在であり、自らを破滅に導くとわかっていながら、彼への想いを止めることができない。ここで語られる愛は、信仰すら揺るがすほどの、深く、破滅的な愛なのだ。
冒頭の「Oh Lord, please forgive me」という祈りは、すでにこの愛が“罪”であることを語っている。そして彼女は、「自分の魂を売ってでも彼のそばにいたい」と語る。これはまさに、愛が“信仰”よりも強くなる瞬間を描いており、そこには徹底的な自己放棄と救いの渇望が混在している。
「He’s got the Devil’s backbone」という表現は、彼が根本的に“救われない”存在であることを示しながらも、語り手がその“悪”に魅了されていることも同時に告白している。この比喩は、相手の中にある魅力と危険性が分かちがたく結びついていることを示しており、聖書的な“誘惑”の象徴としても読み取れる。
この曲の凄みは、愛と信仰が対立するのではなく、愛そのものが信仰に変質してしまうというところにある。語り手は神に赦しを乞うが、その声はどこかすでに諦めを帯びており、愛の業火に焼かれることを“甘受”しているようにすら思える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Take Me to Church by Hozier
愛と信仰、欲望と赦しが交錯する現代的な聖歌。宗教的モチーフを大胆に用いた名曲。 - The Curse by Agnes Obel
運命と予言、喪失を描いた詩的でダークなピアノバラード。 - Love Is Blindness by Jack White(U2カバー)
目隠しされた愛の危うさを、荒々しくも魅惑的に描いた一曲。 - Satan Is Real by The Louvin Brothers
ゴスペル・カントリーの原型とも言える、善と悪を真正面から歌った古典。 -
Devil’s Spoke by Laura Marling
民話的モチーフと現代の情緒が融合した、南部的で神秘的なフォークソング。
6. 禁じられた愛は祈りになる——信仰と堕落の境界で揺れる歌
「Devil’s Backbone」は、美しくも背徳的な恋の姿を、まるで古い讃美歌のような音楽で描き出した、The Civil Warsの中でも最もミステリアスで濃密な一曲である。
それは、ただの“悪い恋”ではない。
信仰よりも強く、善悪を超えて、相手を愛することが人生そのものになってしまったとき、人はどこへ行き着くのか——その問いが、静かに、しかし容赦なく投げかけられている。
この曲が響かせるのは、堕落の中にある神聖さ、破滅の中にある美しさ、そして赦しのない世界での愛の在り方である。聴き終えたあと、心に残るのは、誰にも言えないような、けれど確かに存在してしまった“罪の記憶”。
「Devil’s Backbone」は、愛という名の炎に焼かれながらも、なおそこに祈りを捧げるような、究極の愛のかたちを歌った祈念碑のような楽曲なのだ。
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