発売日: 1977年4月
ジャンル: アートポップ、ソフトロック、ポップロック
美しさは裏切りのカーブを描く——“10cc再出発”のサウンドは優しさと寂しさに満ちていた
『Deceptive Bends』は、1977年に発表された10ccの5作目のスタジオ・アルバムであり、ゴドレイ&クレーム脱退後の初作品として特別な位置づけにある。
エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンの二人体制となった本作は、かつての実験精神とアイロニカルな姿勢をやや抑え、よりメロディ重視の「聴かせる」作風へとシフトしている。
アルバムタイトル「Deceptive Bends(=“だまし曲がり”)」には、まさにその音楽性の変化——柔らかさの裏に潜む知性、親しみやすさの奥の緻密さ——が象徴されているようでもある。
音楽的には一見シンプルに聴こえるが、構成の巧妙さや録音技術の緻密さは健在であり、商業的にも成功を収めた。
全曲レビュー
1. Good Morning Judge
ユーモラスな歌詞と軽快なリズムが魅力のロックナンバー。
犯罪者と判事のやりとりを描くという皮肉交じりの物語が、陽気なギターサウンドに乗って滑稽さを際立たせる。
2. The Things We Do for Love
10ccの代表的ラブソングであり、世界的ヒットとなった名曲。
甘美なメロディと温かみのあるハーモニーに、愛の滑稽さと切なさが共存する。グールドマンのメロディメーカーとしての才能が際立つ。
3. Marriage Bureau Rendezvous
結婚相談所での出会いをユーモラスに描いたトラック。
ナレーション風のボーカルとパーカッシブなリズムが特徴で、やや風刺的ながらもどこか温かい。
4. People in Love
落ち着いたトーンで愛の静かな瞬間を綴るバラード。
緻密なストリングス・アレンジと繊細なヴォーカルが美しく響く。メロウでありながら、どこか寂しげな印象も残す。
5. Modern Man Blues
ブルースの形式を下敷きに、現代男性の苦悩を語るナンバー。
シニカルな歌詞とタイトなギターが効いており、従来の10cc的ユーモアが色濃く表れる一曲でもある。
6. Honeymoon with B Troop
ミリタリーと新婚旅行をかけ合わせた奇妙な世界観。
マーチ風のリズムとサウンドエフェクトによって、映画的な展開が繰り広げられる。後期10ccでも際立った実験性を示す一例。
7. I Bought a Flat Guitar Tutor
ナンセンスでメタ的な小品。
コード名を並べたような歌詞にアブストラクトな構成を重ねることで、冗談のようでいて知的な構成美が感じられる。
8. You’ve Got a Cold
風邪をひいた男の情けない日常を描く異色のコミカルソング。
効果音や鼻声の演出がユニークで、かつての10ccのユーモリスティックな伝統をしっかり受け継いでいる。
9. Feel the Benefit
11分超にわたる組曲形式の大作で、本作のハイライト。
3部構成で、静謐なイントロ→アップテンポな中間部→再び壮麗なクライマックスという流れは、かつての「Une Nuit à Paris」に通じる構築力を見せつける。
メロディ、演奏、アレンジのすべてが10ccの成熟を物語る傑作である。
総評
『Deceptive Bends』は、10ccが新体制でどのように「再定義」されうるかを提示した作品である。
ゴドレイ&クレームの前衛性が抜けたことによって、10ccの音楽はより穏やかで親しみやすいものへと移行したが、それでもその下には知的で精緻な構成と演出力が確かに存在している。
特に「The Things We Do for Love」や「Feel the Benefit」に見られるような、感情と技巧の共存は、ポップスにおける理想的なバランスの一例であり、この時期の10ccが決して衰退ではなく、別の輝き方をしていたことを示している。
傷つきながらも人を愛そうとすること、滑稽さを知りながら美しさを信じること。
その“裏切りのカーブ”を描くような音楽の在り方こそ、『Deceptive Bends』の真髄なのだろう。
おすすめアルバム
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Electric Light Orchestra『Out of the Blue』
ポップな親しみやすさと構成の精巧さを兼ね備えた作品。 -
Paul McCartney & Wings『London Town』
ソフトロック的なメロディと都会的感覚が共鳴。 -
Alan Parsons Project『I Robot』
技巧と感情のバランスを追求する70年代後半の名盤。 -
Bee Gees『Main Course』
ソフトロックとディスコを橋渡しした、音の変遷の好例。 -
Prefab Sprout『From Langley Park to Memphis』
緻密なポップ職人芸を継承した80年代の秀作。
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