1. 歌詞の概要
「Dead Horse」は、イギリス・リーズ出身のポストパンク・バンド、Yard Actが2022年に発表したデビュー・アルバム『The Overload』に収録された楽曲であり、その中でも特にアイロニカルかつ政治的な言説を強く打ち出した一曲である。タイトルの「Dead Horse（死んだ馬）」は、英語の慣用句「flogging a dead horse（意味のないことを繰り返す）」を元にしており、無駄な議論、無意味な論争、もしくはすでに終わった事柄に固執する政治的・社会的態度を風刺している。
この楽曲では、政治家やメディア、そしてそれに振り回されながらも何も変えられずに疲弊していく大衆の姿が、怒りと皮肉を交えた語り口で描かれる。Yard Actのボーカル、James Smithによる“喋るような”ボーカル・スタイルは健在で、まるで現代の落語やストリート・ポエトリーのように、語りの中から社会の歪みを浮き彫りにしていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Dead Horse」は、Brexit後の英国、パンデミックを経た不信と不安、そして政権交代のたびに繰り返される“改革”の空虚さを背景に書かれた。イギリスでは政治家たちのスキャンダルや責任逃れ、あるいはポピュリズムの台頭が繰り返され、庶民はその波に翻弄されるばかり——そんな虚無感に満ちた政治状況が、この曲の根底にはある。
Yard Actはこの曲を通して、政治そのものへの批判だけでなく、それを消費する国民の“習慣”にも冷笑を投げかける。つまり、ただ怒るだけ、文句を言うだけで変わらないことを知りながら、どこかそれすらも「エンタメ」として享受している社会の姿を描いているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
We’re just beating a dead horse
And it’s starting to smell
俺たちはただ“死んだ馬”を叩き続けてる
そろそろ臭ってきたぜ
You can call it tradition
I call it a spell
それを「伝統」と呼んでもいいけど
俺に言わせりゃ、ただの呪いだ
The new boss is not like the old boss
They look the same, but they’re not
「新しい上司は前と違う」って？
顔は同じだけど、違うんだとさ
They’ve got a slightly better watch
And a much worse attitude
ちょっといい時計をしてるだけで
態度は前よりずっと悪い
歌詞引用元：Genius – Yard Act “Dead Horse”
4. 歌詞の考察
この曲の核心にあるのは、“変わらないことを変わったふりで飾り立てる政治”に対する強烈な皮肉だ。冒頭の「We’re just beating a dead horse（死んだ馬を叩き続けている）」という比喩は、それ自体がイギリス社会の政治的慣性、または進歩と見せかけた無為の象徴として機能している。
「The new boss is not like the old boss」というフレーズは、The Whoの名曲「Won’t Get Fooled Again（また騙されない）」の有名なライン「Meet the new boss / Same as the old boss（新しい上司に会った／前と同じだ）」をひねったものでもあり、Yard Actの知的な引用と皮肉の効いたユーモアが光る一節である。つまり、表面上は変化して見えるが、本質は何一つ変わっていないという事実を、少し笑いを交えて提示しているのだ。
さらに、「You can call it tradition / I call it a spell（伝統って言ってもいいけど、呪いだよな）」というラインでは、保守的な価値観の中にある非合理性や惰性を断罪している。これは、伝統に名を借りた思考停止——変化を拒むことで得られる“安心”への中毒——を皮肉る表現でもある。
このように、「Dead Horse」は単なる政権批判に留まらず、変化を望みながらも変わらない選択を繰り返してしまう大衆心理をも照らし出す。それは怒りでもあり、諦念でもあり、どこかで「もうどうでもいい」という虚無的笑いへと昇華されている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- No Respect Rev by Sleaford Mods
現代社会の欺瞞と階級闘争を、怒りとアイロニーでぶつける“喋るパンク”。 - Boys in the Better Land by Fontaines D.C.
成功や自由といった言葉の空虚さを叫びのように吐き出す、ポストパンク詩のような楽曲。 - Modern World by Wolf Parade
資本主義と都市生活の不安を、緻密なアレンジと感情的な歌唱で描いたアートロックの名作。 -
Government Center by Jonathan Richman & The Modern Lovers
政治機構の空虚さをシンプルな構成と童話のような語り口で風刺した先駆的楽曲。 -
Fixer Upper by Yard Act
初期の代表作。階級・エゴ・マスキュリニティをデフォルメして描いたポップで鋭い一曲。
6. 無意味を語り、皮肉で“共犯関係”を暴く歌
「Dead Horse」は、怒鳴り声をあげることなく、ギターをかき鳴らすこともなく、ただ語ることで時代を切り裂いていくYard Actらしい楽曲だ。その語りの中には、現代社会が陥っている「象徴の消費」と「変化の演出」が埋め込まれている。怒りを共有するのではなく、皮肉を通じて共犯関係をあぶり出す——それがこの曲の本質だ。
この曲が持つ強度は、社会風刺の先にある“感情の温度感”にある。それは「絶望」ではなく、「笑い飛ばすことしか残っていない状況」への冷静な観察だ。だからこそ、「Dead Horse」はただ風刺的なだけでなく、聴く者の“日常”に深く突き刺さってくる。私たちが繰り返す無意味な行為、その滑稽さと痛みを、Yard Actはとても冷静に、しかし鋭く語ってみせるのだ。
Yard Actの「Dead Horse」は、過去にしがみつくことの無意味さと、それでも同じことを繰り返す社会の哀しさを、語りと音楽によって浮き彫りにする現代風刺の傑作である。笑いながら、どこか痛くなる。それは、今を生きる我々にとっての「現実」そのものなのだ。
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