1. 歌詞の概要
「Dawncolored Horse」は、Fenne Lilyが2020年にリリースしたアルバム『BREACH』の中でも、ひときわ静謐な輝きを放つ楽曲であり、愛することと、愛されること、そしてその中で自分自身を見失わないための静かな祈りを描いている。
タイトルにある「Dawncolored Horse（夜明け色の馬）」は、アメリカの詩人リチャード・ブローティガンの詩『The Horse That Had a Flat Tire』からインスピレーションを受けたものだと言われている。
このイメージは、希望と脆さ、美しさと儚さを象徴しており、楽曲全体に静かでありながらも豊かな感情のレイヤーを与えている。
歌詞は、ごく親密な瞬間に潜む不安や、自分が誰かにとって「十分」であるかどうかという問いを静かに描きながら、最終的には「愛されるために何者かになろうとしなくてもいい」という自己受容へとたどり着く。
「Dawncolored Horse」は、極めて繊細でパーソナルでありながら、聴き手の心に静かに寄り添う優しい楽曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Fenne Lilyは、『BREACH』制作時、自身の孤独や不安、そして自己肯定感との向き合いに苦しんでいたと語っている。
「Dawncolored Horse」は、そんな彼女が、愛の中に自己喪失の危険を見出しながらも、それでもなお「自分でいること」の尊さを見つめ直す過程で生まれた楽曲である。
この曲に込められた感情は、Fenne Lily自身の内省だけでなく、普遍的な人間の欲求──「誰かにとって特別な存在でありたい」という願い──に深く根ざしている。
同時に、彼女はその願いが自己犠牲や自己否定へとつながらないよう、慎重にバランスを取ろうとする。
サウンド面では、シンプルなギターのアルペジオと囁くようなヴォーカルが中心となり、まるで夜明け前の静けさを思わせる空気感を生み出している。
そのミニマルな編成が、リリックの持つ繊細な感情をより一層際立たせているのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Dawncolored Horse」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
“I don’t believe in love at first sight, maybe I do”
一目惚れなんて信じない、いや、もしかしたら信じているのかも“I don’t wanna be the best thing that you ever had”
あなたにとって一番の存在になりたいわけじゃない“I just wanna be enough for you”
ただ、あなたにとって「十分な」存在でありたい“I won’t lose myself to you”
あなたのために、自分を失いたくはない
これらのフレーズは、愛されたいという純粋な願いと、それに飲み込まれず自分を守ろうとする慎ましやかな決意を、静かに、しかし確かな力で表現している。
※歌詞引用元：Genius Lyrics
4. 歌詞の考察
「Dawncolored Horse」の歌詞は、愛の中に潜む自己喪失の危険と、それを乗り越えた先にある本当のつながりを、驚くほど繊細に描き出している。
“I just wanna be enough for you”──この一節には、恋愛における最も根源的な不安が凝縮されている。
それは「特別でありたい」という欲求ではなく、「ありのままの自分で、誰かにとって価値ある存在でありたい」という、もっと素朴で切実な願いだ。
一方で、”I won’t lose myself to you”というラインは、自己を犠牲にしてまで愛されようとはしない、という静かな自己肯定を示している。
このバランス感覚こそが、「Dawncolored Horse」の最大の美しさであり、Fenne Lilyというアーティストの核でもある。
また、冒頭の”I don’t believe in love at first sight, maybe I do”という矛盾した言葉のやりとりは、確信と不安、信じたい気持ちと信じられない気持ちがせめぎ合う、極めて人間的な感情の揺らぎを見事に表現している。
「Dawncolored Horse」は、愛することに伴う不安や脆さを否定するのではなく、むしろそれを大切な感情の一部として受け入れる優しさを持った楽曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Garden Song by Phoebe Bridgers
未来への小さな希望と、過去の痛みを静かに抱きしめるインディーポップ。 - Scott Street by Phoebe Bridgers
関係性の変化と孤独を、淡々と、しかし深く描いた楽曲。 - Stay High by Brittany Howard
愛と喜びをテーマにしながらも、心の空白にそっと触れるソウルフルな一曲。 - Archie, Marry Me by Alvvays
恋愛の理想と現実のギャップを、軽やかなメロディに乗せて描いたインディーポップ。 -
Your Best American Girl by Mitski
文化的なギャップと自己認識をテーマに、愛の中に潜む孤独を描いた名曲。
これらの楽曲も、「Dawncolored Horse」と同じく、愛と自己、そして不安の繊細なバランスを見事に描き出している。
6. “愛されるために、変わらなくていい”──Fenne Lilyが描く自己受容の物語
「Dawncolored Horse」は、愛することの中で生まれる不安や揺らぎを否定せず、それでもなお「ありのままの自分でいい」と静かに教えてくれる楽曲である。
誰かにとって特別でありたいと思うのは自然なこと。
けれど、特別であるために自分を変える必要はない。
Fenne Lilyは、この曲を通して、そんなシンプルだけど忘れがちな真実を、そっと優しく伝えてくれる。
聴き終えたあと、私たちはきっと、誰かを愛することが怖くなったとしても、
それでも自分自身を大切にしたまま、また誰かに心を開こうと思えるはずだ。
「Dawncolored Horse」は、そんな小さな勇気を、夜明けの光のようにそっと灯してくれる一曲なのである。
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