1. 歌詞の概要
「Dare」は、ザ・ウェディング・プレゼント（The Wedding Present）が1989年に発表したセカンド・アルバム『Bizarro』に収録された楽曲で、恋愛における“駆け引きと戸惑い”が剥き出しの感情とともに描かれている一曲である。
この曲で描かれるのは、恋の初期段階――「気持ちはあるけれど、どこまで踏み込んでいいのか迷っている」そんなナイーブでリアルな瞬間だ。語り手は、相手との関係を進めたいという思いを抱えつつ、その一歩が“余計なこと”になってしまうかもしれないという不安に揺れている。
タイトルの「Dare（敢えて）」は、まさにこの心の葛藤の中心にある。
踏み込むことを“挑戦”として捉えながらも、それがもたらすかもしれない拒絶や後悔の可能性に怯えている――この心理の微妙なバランスを、歌詞と演奏の両面で表現しているのが「Dare」なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Bizarro』は、ザ・ウェディング・プレゼントの作風がより成熟し、激情だけでなく“間”や“余白”を音楽に取り込むようになった重要作である。「Dare」はアルバム中でも比較的コンパクトでテンポの良い楽曲だが、感情の濃密さは他のトラックに劣らない。
デイヴィッド・ゲッジ（David Gedge）は、自身の楽曲について「恋愛の最もリアルな部分を音にしたい」と語っており、「Dare」はその哲学の一端を象徴する作品だ。
この曲には“告白直前”の緊張感と、“関係性が壊れるかもしれない恐れ”が強く込められており、リスナーにとっても共感しやすい恋愛の“決定的な空白”が描かれている。
演奏はギターを中心にしており、バンド特有のジャングリーで疾走感のあるアンサンブルが、語り手の焦燥感を強く増幅している。ポップな旋律と裏腹に、歌詞には甘さのない、現実的な“感情の壁”が横たわっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Dare」の印象的な一節を紹介する。引用元：Genius
Oh, I didn’t think you’d ever dare
And now you look at me and you’re not scared
まさか、君が“そんなこと”するなんて思わなかった
今は僕を見つめても、もう怯えていないんだねI can’t believe you dared
君がそんな一歩を踏み出すなんて、信じられない
この“dare（敢えて）”という言葉は、関係性の一線を越えた行動や発言を示しており、それが語り手にとって衝撃的だったことが語られている。
So don’t you try and justify it
言い訳なんてしないでくれ
語り手の中には、相手の意志に対するショックと、まだ気持ちを整理できていない戸惑いがある。
相手が踏み込んだことで、今度は“自分が”どうするべきか試されている。
4. 歌詞の考察
「Dare」は、感情が高まりながらもまだ行動に移しきれない――もしくは、相手の変化に“追いつけない”瞬間を描いている点で、恋愛のごく私的で繊細な局面を鋭く切り取っている。
語り手は、相手が何か“思い切った行動”をしたことに戸惑いを覚えている。その行動が好意的なものであっても、彼はそれを素直に受け止められず、むしろ「なんでそんなことをしたんだ？」というような内面の混乱に沈んでいる。
この感情の揺らぎは、恋愛初期の不確かさや、“傷つくことへの恐れ”を正直に反映したものだ。
人は相手の想いを信じたくても、どこかで「本当に？」と疑ってしまう。
踏み出した一歩が愛情の証であるにもかかわらず、それが逆に壁を生んでしまう。
この心理の複雑さを、ゲッジは淡々と、だが切実に綴っている。
音楽的には、その感情の波がギターの反復とビートの変化に乗せられて、リスナーの胸の内で共鳴する。表面的には爽快に聴こえるが、聴き込むほどに苦みと混乱が滲み出る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- I Know It’s Over by The Smiths
愛されなかったことを知った夜の絶望と、でも諦めきれない心情の名描写。 - Temptation by New Order
恋の高揚と不安定さを、美しい旋律に溶かし込んだアーバン・ラブソング。 - Blue Boy by Orange Juice
明るく軽快な音のなかに、恋の不安と未成熟な情熱が入り混じる逸曲。 - Just Like Heaven by The Cure
恋の夢のような時間と、その儚さを同時に伝える、ポップで哀しい一曲。 -
Tugboat by Galaxie 500
恋における“何もしないこと”の美学を、ゆったりとしたテンポで語る異色の名曲。
6. 恋は“踏み込むこと”でしか進まない。でも、それが一番怖い
「Dare」は、恋愛における最も人間的な瞬間――**“好き”という気持ちはあるのに、行動に移せない／相手の行動が信じきれない”**という心理を、鋭く描いたラブソングである。
この曲において“Dare（敢えて）”は、愛の証でもある。
だがそれは、語り手にとって“防御壁を崩される”という恐怖でもある。
好きだという気持ちと、それをどう扱えばいいかわからない戸惑い。
この“感情の迷子”こそが、恋の本質であり、誰もが通る道なのだろう。
だから「Dare」は痛い。でも、その痛みがあるからこそ、恋は本物になる。
その瞬間を生々しく音に刻み込んだこの曲は、いつまでも記憶に残る“戸惑いのラブソング”なのだ。
コメント