Dangerous Type by The Cars(1979)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Dangerous Type(デンジャラス・タイプ)」は、The Carsが1979年にリリースした2作目のアルバム『Candy-O』のラストを飾る楽曲である。
そのタイトルが示す通り、「危険なタイプ」の女性をめぐる魅了と警戒、陶酔と覚醒のはざまを描いた内容となっている。

語り手は、彼女が“危険な存在”であることを理解しながらも、抗えずに惹かれてしまう。
彼女の仕草、声、装い、すべてが魅力的でありながら、どこか得体が知れない。
彼女は何者でもなく、何者にもなれる。
そして語り手は、そんな彼女に“すべてを飲み込まれそうになる”感覚に囚われている。

この曲は、愛というより“中毒”に近い情動を描き出しており、その冷たく、退廃的で、都会的な空気感は、The Carsの世界観をもっともよく象徴している一曲といえる。

2. 歌詞のバックグラウンド

Candy-O』は、デビュー作『The Cars』の成功を受けて制作されたアルバムで、よりギターの比重が高く、ラフでセクシュアルなムードが全面に出た作品となっている。
「Dangerous Type」はその最後を締めくくるトラックであり、ポップな曲調が多いアルバムの中において、最も“ダークで内省的”な雰囲気をたたえている。

この曲では、ギタリストのエリオット・イーストンによる鋭いカッティングと、グレッグ・ホークスのミニマルなシンセ、そしてリック・オケイセックの飄々としたボーカルが、絶妙に交差する。
音の構造そのものが、“表面的なクールさ”と“内面的な不安定さ”を反映しており、リスナーはどこか落ち着かない感情の波に巻き込まれていく。

また、“ファム・ファタール(運命の女)”的な女性像は、1970年代末のポストパンク的な文脈や、映画・文学における都市的幻想とも接続しており、その意味でも“時代の香り”を強くまとった作品と言える。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – The Cars “Dangerous Type”

She’s a lot like you / The dangerous type
彼女は君によく似ている
そう、危険なタイプだ

Well, she’s a lot like you / She’s a dangerous type
ああ まるで君そのものだよ
危険な香りがする

You’re everything I hoped for / And you’re everything I fear
君は僕が夢見たすべてであり
同時に 恐れていたすべてでもある

She’s a lot like you / Come on and hold me tight
彼女は君にそっくりなんだ
さあ 僕を強く抱きしめてくれ

4. 歌詞の考察

この曲が描く“彼女”は、実体を持たない存在のようにさえ思える。
彼女は「君」に似ているようで、でもどこか違う。
もしかすると、語り手は“複数の女性像”を重ね合わせながら、自分自身が求めている理想と現実との乖離に混乱しているのかもしれない。

「You’re everything I hoped for / And you’re everything I fear」という一節は、欲望と恐怖が同居する感情の典型例であり、恋愛における依存性や幻想を鋭く突いている。
ここで語られる愛は、温もりではなく“緊張”をともなう。
それは危険なほどに美しく、離れがたく、そして破壊的だ。

さらに、「She’s a lot like you」という繰り返しには、“過去に囚われている語り手”の姿も浮かび上がる。
彼女が“君に似ている”という事実に安堵しながらも、それは裏を返せば“過去を乗り越えられない”という告白でもある。
その心理的ループが、“危険なタイプ”という言葉に込められているのだ。

音楽的にも、緩やかで一定のテンポの中に、ギターの不協和や不穏なシンセが時折顔を出し、まるで穏やかな水面の下で何かが蠢いているような印象を与える。
その不安定さこそが、The Carsの“クールな仮面の裏”を暴く要素となっている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Femme Fatale by The Velvet Underground
    危険で美しい女性像を描いた元祖ファム・ファタール・ソング。モノクロームな憧れが共鳴する。

  • I’m Not in Love by 10cc
    表面上は愛していないと言いながら、執着がにじみ出る名曲。「危険な愛」の内省と響き合う。

  • Tears Run Rings by Marc Almond
    欲望と記憶が交錯するアーバン・ポップ。冷たさと情熱が混在する。

  • Love Will Tear Us Apart by Joy Division
    愛が破壊を内包しているという逆説的テーマ。感情の摩耗と切なさが共通する。

6. “危険な彼女”が映す都市の欲望と幻想

「Dangerous Type」は、The Carsが得意とする“感情の抑制”と“美意識の鋭利さ”が極限まで高められた楽曲であり、単なるラブソングではない。
ここで描かれる“危険な女”は、ひとりの人物というより、“現代の都市が生み出した欲望の象徴”であり、同時に“失われた愛の残像”でもある。

語り手は、それが危険であると知っていながら、なお惹かれてしまう。
その引力は、理屈では割り切れない何か——恋、依存、あるいは自己崩壊の願望すら含んでいるかもしれない。

Candy-O」のラストにこの曲が置かれていることも、象徴的である。
甘いキャンディの奥にある“毒”、あるいは“甘美な終焉”。
それを受け入れるようにして、このアルバムは幕を閉じる。

そしてこの「Dangerous Type」は、今もなお、夜の都市をさまよう誰かの耳元で、ささやいている。
「彼女は危険だ。でも、君は——君こそが、そのタイプなのだ」と。

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